第四章 ③

「へえ? そりゃまた照れるね。で──オバサン同士のばたかいで、この俺の、どんな偉業がたたえられてたのよ?」

「もちろんアンタじゃないわよ」


 ですよね! 分かってたけどな! 文頭に『もちろん』が付いたことによって、俺の心にドス黒い親への不信感が芽生えたわ!? ケッ、老後を覚悟しておくんだな!


「ふ、ふーん……とするときりか……」


 がんめんをひくつかせながらつぶやくと、お袋は『よくぞ聞いてくれました!』みたいな満面の笑顔えがおになった。一言も聞いてないけどな。

 ハイハイ、不出来な息子むすこで悪うございましたね。自慢の娘のお話をどうぞー。


「あの子ねー、昨日きのうの部活動で、なんだか凄いろく出して、今度おっきな大会に出るらしいのよー。おとなりの奥さんが、娘さんから聞いたって」

「へーえ、あいつ部活なんざやってたんだ?」

「なぁに? おにいちゃんのくせに知らなかったのー? 陸上部よ、陸上部──ったく、あんたらほんっと仲悪いもんねえ……」

「ほっとけや」


 おいおい……かんべんしろよ。……見てくれよくて? 学業ゆうしゆうで? スポーツまで万能?

 アホか。いいかげんにしろ。漫画とかでよくある、過剰に長所だらけのキャラ設定聞いてる気になってきたわ。

 だがこれで事実だから困る……。

 いるとこにゃーいるんだよなあ~、こーゆうミュータントみたいな生き物。


「でもアイツ、部活やってる時間あんの? 勉強とか遊びとかさ──ほかにやることいろいろあんだろうによ」

「そこはもちろん、文武両道、ちゃんと両立させてるわよー。そうしなきゃおとうさんだって認めないでしょ? あんたは知らないだろうけど、あの子、雑誌のモデルだってやってるのよー」

「ふーん」


 ま、そりゃそうか。

 あの堅物がモデル活動なんて『ちゃらそう』なもんを、そうかんたんに許すとは思えん。

 いまにして思えば、髪染めんのにしたって、ガキのくせに化粧すんのにしたってそうだ。


「あの子、お父さんと約束してるのよ。ワガママさせてもらう代わりに、その分、ちゃんとするってね」

「はー、ちゃんとねえ……」


 適当にあいづちを打つおれ

 お袋はむふふとみを漏らした。


「おかげでぇ……ご近所で、すっごい評判いいのよお、あの子。外ではあいそういいし、あいさつだってしっかりするし──その上あたしに似てかわいいでしょ?」

「えー?」


 俺は思いっきりまゆをひそめたが、お袋はガン無視して話を続行。

 人の話聞かないところはソックリだなこの親娘おやこ


「もーお年寄りにも大人気! あたしもハナ高々なのよねー! すんごいうらやましがられるもん」

「でもそれって結局全部、おやとの交換条件の材料なんだろ? めちゃくちゃ不純などうじゃねえ?」

「不純な動機よー? いいじゃない別に、だまってれば同じことでしょ? それに、きりすごいってことには変わりないんだから」


 ふたもねえな。大丈夫かこの母親? だがまあ、一理ある。

 桐乃は自分のワガママ通すために、がんって──たいした結果を残しているわけだからな。

 そこは認めなくちゃならんだろうよ。やろうと思ったって、なかなかできるこっちゃねえ。

 少なくとも、俺にゃ無理だ。


「ふうん……」


 しっかし最近、なにやら桐乃の話が出るたびに、凄い凄い言ったり言われたりしてる気がすんなあ。みんなが乏しいんじゃねえの? 俺が言うとひがみにしか聞こえんけどさ。

 まあなぁ……。ずっと妹のことなんざきようなかったし、いままで俺が、桐乃のことを知らなさすぎたってのもあるんだろうよ。にしたってたいがいじゃねえの……なんだってんだ。

 正直、凡人の兄貴としては、妹ばかりが凄い凄いとめそやされるのはおもしろくない。自分のダメさをきよう調ちようされているような気分になる。情けねえ話だがな。

 俺が複雑な表情で考え込んでいると、お袋が意表をくようなことを言ってきた。


「そういえば最近あの子、表情がイキイキしてるのよねー。ま、あたしにしか分からないくらいの変化だから、だーれも気付かないだろうけど」

「はぁ?」


 俺がまゆをひそめると、お袋は、さらにとつぴようもない台詞せりふを吐いた。


「きっとアレよ……男ね! きようすけ、あんた何か知らない?」

「お、男?」

「そう、男ができたに違いないわ。だからあんなに笑顔えがおきらめいているのよ!」


 ねーよ。あんなのと付き合える男が、そうそういてたまるか。いたら俺はそいつのことを、ゴッドと呼んでたたえてやる。

 だが、お袋はそうは思っていないらしく、鼻息荒くして追及してきた。


「で、知らない? 心あたりでもいーからさー」

「知るか。おれきりが仲悪いの、知ってるだろ?」


 俺が当たり前のように答えると、お袋はへの字口で流し見てきた。


「ほんっと、使えない子ねえ! あんたもちょっとはしっかりしなさいよ──妹は出来がいいんだからさあ! 血統は悪くないはずなのよお」

「ケッ。あいにく母親に似たもんでな──凡人の俺は、せいぜい地道に勉強しますわ」


 台詞ぜりふを残して、俺はその場を後にした。ノブに手をかけ、がちゃりと扉を開ける。

 ──桐乃の表情がイキイキしてる、ねえ……。

 ……心当たりは、あるっちゃあるよ。まさかとは思うけど……もしかしたら。

 ビックリぎようてんしゆを見せられたり、さんざんとうされたり、エロゲーやらされたり、オフ会に連れて行かれたり、アキバをり回されたり──からまわりばっかだった俺への人生そうだんが、ちっとは役に立ったのかもな。

 ははっ、ガラでもねー。なに言っちゃってんだか。アホらしい。


 数日後の夜、俺は『妹と恋しよっ♪』を、ついにコンプリートした。

 正直言って、大変つらく苦しい作業だったぜ……。

 あのな、つまんないとか、そういうレベルじゃねえんだ。

 このゲームに何度、精神をかいされかけたことやら……もはや数え切れん……。

 リアル妹がいる身分で、妹を攻略するゲームをプレイするという重圧に耐え、よくぞここまでたどり着いたもんだ。われながら感心するよ。いやっ……ほんと、スゲ──うれしい……!

 感無量だ。ゲーム自体の感想はさておき、とてつもない達成感がある。


「……っ……ぅぅっ……」


 なんだコレ、猛烈にテンションが上がっていく……。

 胸の内から……あつい感情がき上がってくる……。

 だってさ! も──これで、明日あしたからいやいやエロゲーやらなくてもいいんだと思うと……! 俺! 嬉しくて嬉しくて! ばんざい! いますぐ大声で叫びたいっ! 

 ヒャッハー! これでもう二度と、あのあくどものツラを拝むこともねえぜ!

『おにいちゃん…………いいよ?』とかささやかれて、血涙を流すこともねえぜ!


「ヒイヤァァァァッホォォォォォ──────────ウ!!」


 近年まれに見るほどの鹿ハシャギを見せる俺。このワクワク感は自分でも止められねえ!

 そしてついに……

 桐乃から借りたノートパソコンに、ENDのクレジットが表示された。


「はぁ──────」


 勉強机に座っていたおれは、思いっきり背筋をのばして息をはく。


「…………ふぅ」


 そうすると……達成感のいんが、じわじわと、なんとも言えないきよかんに変わり……俺の胸をきりきりとめ付ける。さっきまでのハイテンションが、ぐわ──っと急下降していく。

 初めて知ったが、ギャルゲーを全クリした直後のむなしさは異常だ。

 だめだこれ、どうにもならん。なんだろうな、この、悟りを開いたけんじやのような気持ち。

 ふぅ……なんで俺は数秒前まで、あんなにい上がっていたのだろう……。


「さて、ゲーム返しに行くか」


 俺は、めいきようすいの心で立ち上がった。自分のから出て、妹の部屋のドアをノックする。

刊行シリーズ

俺の妹がこんなに可愛いわけがない(17) 加奈子ifの書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(16) 黒猫if 下の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(15) 黒猫if 上の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(14) あやせif 下の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(13) あやせif 上の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(12)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(11)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(10)の書影
アニメ『俺の妹』がこんなに丸裸なわけがないの書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(9)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(8)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(7)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(6)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(5)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(4)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(3)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(2)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがないの書影