第四章 ②

 プイっとそっぽを向いてしまう。おれは目をぱちくりさせて聞いた。


「……なんで怒ってんだ? 珍しい」

「ふーんだ。きょうちゃんが、ニブいだけだもん」


 ぷりぷりお怒りになりながら、眼鏡をごしごしいている

 眼鏡をかけてから、改めて問うてくる。


「……それより、なに見てたの?」

「ああ。ホレ、あっち」


 俺が指差した方角を、麻奈実は向いた。そこはちょっとした広場になっていて、よくガキどもがサッカーやら草野球やらして遊んでいる場所だ。いまはワゴンが二台止まっている。

 で──


「あれって……なにやってるの? どらまか何かの、さつえい?」

「たぶんな。でもドラマじゃねーだろ。ほら、あれってテレビカメラじゃなくね? フラッシュたいてるしよ──ありゃあ、写真ってんだ」


 うま根性を発揮した俺たちは、ワゴンの方へと近付いていった。

 歩道から、芝生しばふの広場を眺める。そこでは数名のスタッフが作業をしており、ライトみたいなざい調ちようせいしたり、モデルらしきの女の子としやべったりしている。


「ふぁっしょん雑誌の撮影……かな?」

「ちなみにおまえ、そういうの読んでんの?」

「あはは……あんまり。洋服買うときは、お店で店員さんとお話ししながら決めるし……」


 だよな。ま、ともあれ俺も、アレはファッション雑誌の撮影だと思う。

 夕暮れを背景にした写真を撮っているらしい。なにやら洒落しやれたカッコした女の子たちが、いろいろポーズ決めながら、ぱしゃぱしゃフラッシュ浴びていた。ことあるごとにスタッフからのオーダーが入って、表情やポーズを上手じようずに切り替えている。ただ笑って、ポーズ決めて──そんな生やさしいものではなさそうだった。現場にはきびしい雰囲気が漂っている。

 当たり前の話だが、モデルってのも、やっぱりかんたんな仕事ではないのだろう。

 二人ふたりくらいがそうやって写真を撮られているのだが、そのほかにもパッと見てモデルだろうと分かる女の子たちが、幾人か待機していた。


「うわー……見て見てきょうちゃん。あの子、すっごいかわい~」

「あー……そーね。かわいーね」

「あれれ? 反応うすい?」


 あのなあ……別に俺たち付き合ってるわけじゃねーけどさ。一応、女の子を連れてるときに、俺は『うおっ、あのスッゲーかわいいじゃん!』とかそーゆうことはやらねえから。

 おまえだってイヤじゃねえの? ……イヤじゃないんだろうな、たぶん。自分が若い女だというにんしきがいまひとつうすいもんなあ、おまえ。はぁ……なんでかおれは複雑な気分だよ。


「あ、ほら、あの茶髪のなんて、もーすっごいかっこいいし、かわいーっ」


 大はしゃぎしちゃってまあ……。別に有名な芸能人ってわけでもねーのによ。

 ほんとミーハーなやつ。

 ふん。『おまえの方がかわいいよ』とでも、よっぽど言ってやろうかと思ったね。

 どんな顔すっかな? 俺は意地の悪いみを浮かべる。と、そこでがベタめしている女の子に、俺のせんは自然と吸い付けられた。

 ふーん。あの茶髪の娘、たしかにスゲー見てくれはいいな。

 脚は長げーわ、背はすらっと高いわ、でもって顔も──


きりじゃねえか!?」

「ええ──っ!?」


 俺と麻奈実は、ビックリぎようてんしちまった。特に、事情をまるきり知らなかった麻奈実のきようがくは、大きかったらしい。何度もまばたきしながら、桐乃と俺を見比べている。


「え、ええと……桐乃……ちゃんって……妹さんだよね? きょうちゃんの……」

「……ああ、まあ、そのようだな……たぶん」

「え、えぇ……た、たぶんてなにっ?」


 いやっ、俺もおどろいてるんだって……。

 そういや言ってたなアイツ……あたしモデルやってるのとか、何とか……。

 疑っていたわけじゃねーけど、ピンとこなかったんだよな。こうして直接見るまではさ。

 ──本当だったのか。

 俺は改めて、まじまじと茶髪のモデルを見つめた。

 に座って、スタッフと打ち合わせをしているようだ。


「………へえ」


 大人おとなに混じって、堂々とまあ……しっかり仕事してんじゃん……あいつ。

 どうやら俺は、妹への認識を改めなけりゃならないようだ。

 あいつのことを、ずいぶんとなめていた。あなどっていた。

 俺は、モデルっつったって、しょせん中学生のガキのお遊びみたいなもんだと思っていたんだな。おだてられて、調ちようこいて、ぱしゃぱしゃ写真られてるようなイメージ。

 だが──

 いま桐乃は、写真を撮られているモデルを眺めながら、見たこともないくらい真剣な顔で話し込んでいる。その間も、メイクさんが手早く服の乱れをととのえたり、髪をセットしたり──。

 フラッシュ浴びているモデルの周りは、はなやかな雰囲気だけど。

 おそらく出番を待っているんだろう桐乃の周りは、ぴりぴりと空気が張りつめていた。


「…………はぁ。……なんか、すごいねー」

「……そう──だな」


 おれは、さつえい現場ってのは、もっとした、いい加減なもんだとばかり考えていた。

 そうじゃなかった。俺はチラっと見ただけだ、偉そうなことは言えねーけどさ。決して少なくないカネもらって、写真らせてるわけだよ。そりゃ、そんな甘いモンじゃねえってのな。


「……ほんと、すごいや。……住んでる世界が違うっていうか……」

「ああ」


 そんなに何度も言われなくたって、知ってるよ。あいつはすごいヤツで、一般人の俺らとは、別世界の人間なんだってさ。最近いつしよに出かけたりしてたから、ちょっと忘れてただけだ。

 くそ、何でかしらんが、イラつく。


「どうせ俺とは似てねーよ。昔っからアイツは、見てくれだけはいいからな」

「そんなにけんそんしなくてもいいのに。だって、すっごい頭もいいって聞いてるよ?」

「は? なに言ってんのオマエ?」


 ダセぇ。ちょっと八つ当たりっぽい調ちようになっちまった。俺は後悔した──が、は受けれるように微笑ほほえんだ。『気にするな』と言われているような気分になる。


「うちの弟、妹さんと同じ学年なの。学校は違うけど。でね、この前、共同テストっていうのがあったんだって。それで──県のせいせきゆうしゆうしやのランキングに、載ってたって言ってたよ」

だれが?」

「だからぁ、きょうちゃんの、妹さん。きりちゃん」


 いつしゆん、何を言われたのか分からなかった。俺は、数秒、その言葉を脳内ではんすうして──


「ま、マジで!? え? 学内じゃなくて──県? 県っつったいま?」

「そう。県で、四番とか、五番とか。詳しい順位はうろ覚えなんだけど──そうなんだって」


 あいつ、そんなに成績よかったのかよ!? ぜんぜん知らなかった──って、まあ、いままで自分の妹に関心なんざなかったし、ほとんどしやべったことなかったからな……。

 知らなくて当たり前なんだろうけど……にしてもおどろいた。

 同級生のコギャルどもときゃらきゃら遊んで。あんなに真剣に、モデル活動やって。

 何時間も語れるほど子供向けのアニメにねつちゆうして。ばりっばりエロゲーやって──

 でもって、ばっちり勉強もやってたって?

 は──……正直、びびったわ。

 俺の妹は、思っていたよりもずーっと……とんでもないヤツだったのかもしれん。

 いろんな意味でな。


 数日がった。俺が学校から帰宅すると、リビングで、どうやら買い物帰りらしいお袋とそうぐうした。お袋はれいぞうにブツを詰め込みながら、ふんふーん♪ とじようげんで鼻歌を歌っている。

 なんかいいことでもあったのかね? おれは麦茶片手に聞いてみる。


「どうしたお袋──ずいぶんとごげんじゃん? そろそろ医師の診断が必要な時期?」

「あらきようすけ。おかあさん別にラリってるわけじゃないから、大丈夫よ? うふふ、ちょっとね──いま、おとなりの奥さんにめられちゃって。『おたくのお子さんすごいわね』って」

刊行シリーズ

俺の妹がこんなに可愛いわけがない(17) 加奈子ifの書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(16) 黒猫if 下の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(15) 黒猫if 上の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(14) あやせif 下の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(13) あやせif 上の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(12)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(11)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(10)の書影
アニメ『俺の妹』がこんなに丸裸なわけがないの書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(9)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(8)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(7)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(6)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(5)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(4)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(3)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(2)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがないの書影