第四章 ①

 例のオフ会があった日から一晩が明けて、いまは翌日のほう

 いつものようにおれは、と肩を並べて帰途を歩いていた。


「で、最近は、くまのまくらをぎゅーってして眠ってるの。すっごく気持ちいいんだよー?」

「ふーん」


 眼鏡めがねおさなみが語ってくれるババくさいのんびりトークを、いかにもダルそ~な生返事で聞き流していると、ふと心配そうな声で聞かれた。


「……ねぇきょうちゃん? 今日きよう、勉強、お休みする?」

「いや、いつもどおりおまえとしよかんに行くつもりだったけど……なんでんなこと聞くんだ?」


 ろくに話聞いてないのがバレたのか? でもそんなのいつものことだしなぁ……。

 それに怒ったなら怒ったで、コイツは、ぷんぷんっとか分かりやすく口走るだろうし。

 じゃあテストが近いわけでもねーのに、週に三度も四度も勉強に付き合わせたのが悪かったのか? ……いやー……それもなんか違うような……。

 などと、うろんなひとみで考えていると、麻奈実はものげに目を伏せた。


「だってきょうちゃん……。朝からずーっと、すごく疲れてるみたいだから……」

「ああ、それなー」


 そりゃそうだろ。なにせ昨日きのうは俺の人生でも、まれに見るハードな一日だったからな。

 精神的にへいしてんのよ。あのあとも、帰りの電車できりさんざんとうされたかんなー。

 あのボケ、なーにが『サイアク! 今日はほんっと大失敗だった! チッ……そーいえばオフ会に行けなんて言ったのだれだっけ?』だよ……。たしかにオフ会でハブられたり、延々と黒猫とけんしっぱなしじゃああったけどさ。

 結構楽しそうだったじゃねーか。どんだけ素直じゃないんだよアイツは。

 そりゃ多少なら、かわいいもんじゃねーのって思うよ? でもさー、となりのシートで一時間半ずーっと舌打ち連射してんだぜアイツ? もはや憎たらしさしか残らないっつの。


「はぁ……」


 俺は本日何度目かになる、重いため息をついた。肩をがっくりさせながら、言う。


「まぁ……いろいろあってなー。確かに、今日は勉強やる気分じゃねーや。もー疲れちまって」

「そっかぁ……残念だけど。……それじゃあ仕方ないね……」


 俺とそっくり同じポーズで、がっくりする麻奈実。こいつはいつも、俺がげんよくしているときはいつしよに笑ってくれるし、落ち込んでいるときは、一緒になってしょんぼりしてくれる。

 毎度毎度ご苦労なこった。いちいち他人に共感しちまうんだから、このおひとしめ。

 ま、ありがたいっちゃ、ありがたいけどさ。いまさら礼なんて言わねーぞ?


「ああ。だから今日は、ぱーっと遊びに行こうぜ?」

「えっ……?」


 意表をかれたように、俺に向き直る麻奈実。眼鏡の奥で、つぶらな瞳をぱちくりさせている。


「これから二人ふたりで、気晴らしに遊びに行こうっつってんだけど? イヤだったか?」

「う、ううんっ。ぜ、ぜんぜんっ、イヤじゃないよっ」


 はブンブン首を横に振った。落ち着けって、飼い主を出迎える子犬みてえなやつだな。


「そか。じゃ、おまえ、どっか行きたいとこあるか? なんだったらとなり町まで出てもいいし……いま、なんか映画とかやってたっけ?」

「う、うーん」


 せわしなく眼鏡めがねの位置をととのえながら、考え込む麻奈実。まあじっくり考えてくれや。

 一方、おれさいの中身を思い出しながら、『この際、からにしちゃってもいいだろ』という気になっていた。たまには世話になっているおさなみに、おごってやるのも悪くない。

 かんちがいして欲しくないから言っておくが、あくまで俺のためだかんな?

 このゆるいのとくっちやべっていりゃあ、多少は疲れも取れんだろ──ってわけ。


「ど、どこでもいいの?」

「おう。──どんと来い」

「それじゃーえんりよなく言うね?」


 麻奈実は、ゆるゆるの笑顔えがおで、こう提案した。


「中央公園がいいなぁ」

「……一分の迷いもなく、せんたくの中で一番地味なところを選びやがったな? 『どこでもいいの?』って前振りしといてそこなのかよ……」


 せっかくおごってやる気になってたんだから、そこはわがまま言っとけよ……。


「え、えー? なんで怒ってるの……? どこでもいいって言ったじゃない」


 などと口をとがらせる麻奈実。そりゃ言ったけどさ……ったく、昨日きのうのオタク三人衆とのギャップがすごすぎるわ。昨日、俺が同じ台詞せりふ言ってたら、間違いなくむしり取られてたね。


「ま、いいや。せめて飲み物かなんかおごってやんよ」

「わ、ありがと。……それなら、お茶がいいかなぁ。あったかいの」

「はいはい、いつものな。ホットなぁ……もう春も終わるってのに、売ってんのか……?」


 ほんっと……金のかからないやつだな。

 どうしておまえは、たった百二十円で、そんな幸せそうな笑顔を浮かべられるんだ。


 そんなわけで徒歩十五分と少々。俺たちはとなり町の中央公園にやってきた。

 この辺のかんこうマップに載るくらいには有名で、かなり広い。

 ふんすいやらベンチやら、池やら橋やらえんやらがあるいこいの場という感じ。

 りようかんにもなっている洒落じやれた洋館が、見所っちゃあ見所かな。

 しきをぐるっと囲うように並木道があって、お年寄りやら家族連れがよく散歩している。

 春になるとさくらがばーっと咲いて、絶好の花見場所になる。

 今日きようは少々肌寒いくらいなので、季節外れのホットりよくちやも、それほど悪かあないはずだ。


「ほれよ、いつものやつ」

「ありがと。いただきまぁす」


 ぷしゅっ。コンビニで買ったホットの緑茶を、ビニールから取り出し、フタを開けてから渡してやった。ベンチに座っているは、アツアツのお茶を受け取るや、ハンカチで包んで、大事そうに抱える。おれが半分ほど茶を飲み干して、となりを見ると、まだ同じポーズでいる。


「どうかしたか? 別に火傷やけどするほどあつくねぇぞ?」

「え? えへへぇ……なんでもない」


 と……か、お茶を胸に抱きかかえて、にやけている麻奈実。

 意味が分からん。俺はもう一口茶を飲んで、ふぅ……と息をつく。

 茶がうめえ。身体からだしんから温まってくる。


「……んー……なーんか、いいよねー……こういうの。……ずーっと、千年くらいこうしていてもいいくらい」

「……そりゃ、いくらなんでも、気ぃ長すぎだろ。おまえの前世はぜったいぼんさいだな」

「それでもいーよ? きょうちゃんがお世話してくれるならね?」


 そうやって。俺たちはしばらく、くだらねー話をしながら、ベンチで日向ひなたぼっこをしていた。

 いつだって、となりに麻奈実がいるだけで、田舎いなかえんがわでくつろいでいる気分になる。


「あ~あ……眠くなってきた……」


 ここで昼寝したら気持ちよさそうだ。まくらがあればいいんだが……なんて思っていると、肩をつんつん突っつかれた。


「きょ、きょーちゃんっ」

「……あ? なに?」


 俺が寝ぼけまなこで振り向くと、麻奈実は、何やら両手を左右に広げており──

 きんちようおもちで、恥じらうようにほおを染めて、こうささやいた。


「ど、どうぞっ?」


 ………………なに言っとんだこいつ?

 何が『どうぞ』なのかサッパリなので、俺はいぶかしげに首をかしげる。

 と、そこで麻奈実の肩越しに、俺はとあるモノを見付けた。

 お? あれって、もしかして──俺は思わず身体を横にずらし、目をらした。


「……きょうちゃん」

「お、ワリ。で、なんだっけ?」


 再び麻奈実にせんを戻すと、じーっとうわづかいで見つめられた。

 な、なんか麻奈実から無言のプレッシャーが……

 怒り心頭みたいな感じで、顔が耳まで赤くなってるし、それに、


「…………眼鏡めがねくもってるぞ?」

「もおっ……きょうちゃんのばか」

刊行シリーズ

俺の妹がこんなに可愛いわけがない(17) 加奈子ifの書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(16) 黒猫if 下の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(15) 黒猫if 上の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(14) あやせif 下の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(13) あやせif 上の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(12)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(11)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(10)の書影
アニメ『俺の妹』がこんなに丸裸なわけがないの書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(9)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(8)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(7)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(6)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(5)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(4)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(3)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(2)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがないの書影