それからしばらくして。マックを出た俺たちは、沙織が予定を立てたとおり、秋葉原で軽く買い物をした。この事件(あえて事件という単語を使わせてもらう!)については、非常に長くなるし、思い出したくもないので割愛する。というかさ! 分かんだろ!? この面子でアキバ巡りなんてしたら、どんなことになるのかくらい! ちょっと想像してみてくれよ!
……した? したな? OK、その想像に、俺が被る被害を150%ほど上乗せすると、おそらくかなり事実に近いモンができあがるはずだ。
ったく……よくぞ逃げ出さなかったもんだぜ。我ながら偉いと思うよ。
ちなみに桐乃と黒猫は、その間中も、ずーっと口汚く罵り合っていた。しかも大体オタクネタが絡んでくんだよな。アニメから始まって、ゲームやら、漫画やら──カップリングがどーたらこーたら、作画がうんたら、DVDの値段が云々──よくもまー罵詈雑言のネタが尽きねえもんだと感心しちまったよ。
夕方になって、二次会を解散した直後のいまだってそうだ。あの二人は一応別れの挨拶もすませたってのに、依然として喧々囂々、邪気眼VS魔法少女をやっている。
「ふふふ、きりりん氏と黒猫氏は、すっかり意気投合したようですなあ」
「アンタには、どうしてアレがそう見えるんだ? 眼鏡の度が合ってないんじゃねえの?」
と、口では言ったが……分かってるよ。
桐乃と黒猫の口喧嘩を眺めながら、俺は、口の端をほんの少しだけ持ち上げた。
よかったな、桐乃。そんなバカでかい声で、遠慮なしに趣味の話ができるやつ、見付かったじゃん。おまえは絶対、『そんなことない』って否定すんだろうけどよ──
それって友達っていうんだぜ?
「……さて」
俺と沙織は、アニオタどもの抗争に巻き込まれないよう、ちょっと離れて立っている。
秋葉原ワシントンホテル脇の歩道。横断歩道がすぐ目の前にある。
──こいつには桐乃の兄貴として、言っておかなきゃならん台詞があるよな。
俺はできるだけの誠意を込めて、沙織に頭を下げた。
「ありがとうな」
「……はて? お礼を言われるようなことを、何かいたしましたかな?」
?マークを頭上に浮かべ、口元をωにして首を傾げる沙織。
こいつめ、分かってるクセによ。だが、これ以上言葉を重ねても、無粋になるだけだ。
言うべきことは言った。俺の気持ちは伝わったと、信じるしかない。俺は微笑した。
「アンタ、やっぱいいやつだよ。桐乃も、俺も、運がよかったと思うぜ」
「……なんのことだか分かりませぬが──ふふ、拙者はそれほどできた人間ではござらんよ? 拙者はいつも、自分がやりたいと思うことを自分勝手にやっているだけに過ぎませぬゆえ。……それでもそう思われるのであれば、それはおそらく、京介氏自身が『いいやつ』であるからでありましょう。他人は鏡というではありませんか?」
そこまで言って、沙織は背のポスターを、ビームサーベルのように抜きはなった。
夕日を受けて煌めくポスター。突き付けられた切っ先をすがめ見ながら、俺は肩をすくめる。
「ふん、勝手に言ってろ」
「そういたしましょう」
沙織は、にかーっと笑んで、俺に背を向けた。きっと素顔のこいつは、よっぽど表情豊かな女なんだろう。そう思わせるに足る、魅力的な笑みだった。
ぐるぐる眼鏡にバンダナ巻いて。チェックのシャツはズボンにイン。
とんだキモオタファッションだ。ダサいにもほどがあるって格好さ。
沙織は、ぶん、とサーベルを横に振って、背中のリュックに納刀する。
「では、また、いずれ必ずお会いしましょうぞ──ニン」
信号が青に変わる。黄昏に染まる秋葉原駅。
さっそうと歩み去っていく大きな背中は、誰に憚ることもなく、堂々としたもんだった。
俺も負けずに胸を張って、桐乃のもとへと歩いていく。