第三章 ⑧

 クソ。なんで俺が、一人ひとりで突っ込みを担当しなくちゃなんねーんだ?

 幾らなんでも、だんだんさばききれなくなってきたぜ……。

 俺はここに突っ込みのたんれんをしにきたわけじゃねーんだけどなあ。


「もういいからだれか早く質問してやれ」


 脱力して助けを求めると、反応したのは、意外にも黒猫だった。


「……じゃあ『誰もが聞きたかったであろうこと』を私が代表して、沙織さん、あなたに聞いてあげる。──そのキモオタな調ちようふくそうはいったい何?」


 俺もそれはすごく聞きたかった! 内心でかつさいをあげるものの、素だという答えが返ってきたらどうしよう。妹を連れて変態から逃走すべきだろうか?

 俺のねんは、しかし、幸いにもに終わってくれた。沙織から返ってきた答えはこうだ。


「いやはは、お恥ずかしい。──拙者、実はオフ会の幹事など務めるのは初めてだったもので──少しでも皆から好かれようと、気合を入れてリーダーに相応ふさわしいキャラを作ってみたのです。……ですからせつしや普段ふだんはもう少し、大人おとなしい女の子なのですよ?」


 いや、なのですよて。まじっすか? 服装だけじゃなくて調ちようも、キャラ作りのいつかん

 ええと……突っ込みどころはホント無数にあるんだが……とりあえずその『普段は大人しい女の子なの』という自己主張は到底信じられんな。それはたぶん、自分で思ってるだけだろ。

 聞いたとうの黒猫も、赤い眼をぱちくりさせておどろいている。


「……気合を入れるとどうしてそうなってしまうのか、理解できないわ。……フッ、まぁ、誰かさんみたいにかんちがいしたブランド物で完全そうしてきた挙げ句、からまわりしてけられるよりはマシなんでしょうけれどね?」

「なにソレ? ムカツク……自分だって人のこと言えないじゃん。なにその無駄に気合入ったゴスロリドレス!? いくらアキバだっていったって、オフ会でそんなかつこうしてくるバカがいるとは思わなかったなぁ!」

「……なんですって?」


 再びメンチを切り合う桐乃&黒猫。この二人ふたりはもう放っとこう。いちいち止めんの疲れたわ。

 ところで……俺はあることに気が付いた。

 流行のブランドもので、バッチリかわいく決めてきた桐乃。

 超本格的なコスプレをしてきた黒猫。

 キモオタファッションに身を包んだおり

 三者三様。服装も性格もてんでんバラバラの三人だが、こいつらには共通しているところがある。それは……三人が三人とも、オフ会がくいくようにというねがいを込めて、それぞれ気合入れたファッションを決めてきたんだろうってところだ。


「ふむ……」


 きりと黒猫のよく分からんののしり合いを聞きながら、この数時間のことをはんすうしてみる。

 今日きようおれは桐乃以外のオタク連中に初めて触れたわけだが……正直なところ、想像していたのとは大分違っていたんだよな。ここでいうオタクというのは、狭義の意味でのオタク、つまりゲームやアニメ──いわゆるサブカルチャーにけいとうしているやつらのことだ。

 当たり前のことを言うが、それは『大好きなしゆを持っている』という、ただそれだけのことなんだよな。そう、それだけのことなのさ。R&Bが好き、バスケが好き、ミステリーが好き、書道が好き──そういうのと何にも変わらねえ。

 だが、俺は、いままでそうは思ってなかった。オタクってのは、なんだかこう、そういうのとは違うもんなんだと特別視していたフシがある。よく知りもしねえくせにだ。

 いまも俺のわきで桐乃と黒猫が、ベラベラベラベラけんごしで、たぶんアニメの話をしているけどさ。それってカラオケボックスの一室で、女子高生どもが、夢中であこがれのカリスマアイドルの話してるのと、どう違う? 洒落しやれたカフェのかたすみで、セレブが恋愛小説の話してるのと、どう違うんだろうな?

 たぶんだけど……たいした違いはないと思うんだよ、俺は。違うかな?

 けんていがあるから、おおっぴらにしゆを明かせないと桐乃は言っていた。

 それも分かる。昨日きのうまでの俺が抱いていたイメージを思い返してみれば、世間ってのがいかにオタクへのへんけんで満ちているかはいちもくりようぜんってもんだ。特に中高生の間ではな。

 ……しかも、全部が全部、偏見ってわけでもねーしな……。

 だってって、変じゃん? 少なくとも『普通』じゃねーよ。偏見持ってた俺が、あえて言うけども。見くびってたわ! 想像以上に変だよおまえら!

 いやまぁ。俺の知っているオタクって、まだ三人しかいないからさ、こいつらを基準にしちゃいかんよという向きもあるかもしれん。正しいオタク像からは、かけはなれてるのかもしれん。

 だから、あくまでこれから言うのは、現時点での俺が抱いた、に満ちた感想だ。

 オタクってさ──そんな捨てたもんじゃなくね? 変だけど。

 俺は、いかにもオタクなカッコした、ぐるぐる眼鏡めがねのデカ女を見やる。

 例えばこいつなんか……桐乃とたいして年も違わないのに、ずいぶんと気配りのできる気の良いやつじゃんか。なんかもー、すべてにおいて変テコだけどさ! ちゃんとみんなが楽しめるよう、リーダーの務めをはたしているのはれーと思うよ。

 捨てたもんじゃないってのは、何もこいつに限った話じゃねえ。

 今日きようの出来事をもう一回思い出してみれば、よーく分かる。

 オフ会やってた、さっきのメイドきつにしろ。祭りみてーだった、あの大通りにしろ。

 でもってこの二次会にしろだ。きりがハブられててかわいそうだった件以外で、おれにゃ、悪いイメージはまったくないんだよな。だって楽しそうなんだもんよ。

 同じモンを好きなやつらで集まって、さわいで、遊んで──

 混ざれないのが、悔しくなってくるくれえだよ。

 けんていが気になる? 偏見がおっかない? よーし、それじゃあオマエもこっちに来いよ。さあ俺らといつしよに、大騒ぎして遊ぼうぜ──そんなふうに手を差しのべられているような気がするんだな。かって? いや、それはよく分かんねーけれども。

 いて言やあ、から、だ。われながら、なんのこっちゃちゅー話だけどさ。

 だからは、望んでここにいるんじゃねえかな?

 仲間を捜してここに来た、桐乃みてーに。

 だってちょっと見てみろよ、この桐乃と黒猫のギャーギャーうるせー言い争い。

 出会ったその日に、こんだけ本気で深いけんができるって、それはそれでスゲーと思わないか? で、さ。それって……こいつら二人ふたりの間に、強く通じ合う『大切なもの』があるってことだと思うんだ。

 まあはたから見てるぶんにゃ、それは、人によっては、変テコに見えることもあるんだろう。

 でも、それは、絶対、悪いもんじゃあない。そうかんたんに見下したり、捨てていいようなもんじゃあない。たとえどんなに妙ちきりんに見えようと、だ。


「……っふ……よくもまあ、べらべらと好き放題さえずってくれたものね……人間ぜいが……。いいでしょう、外へ出なさいなビッチ。真の恐怖というものを、じっくりとその身に刻んであげる。来世で後悔するがいいわ」

「うっさい! いい加減にしてよね、このじやがん電波女っ!」

「……じゃっ、邪気眼……ででで電波女ですって……? ク、クククク……ついに言ってはならないことを言ってしまったわね……。あ~あ。かわいそうに、どうなってもしらないわよ……後悔してももう手遅れ。もはやこの負の想念は、私自身にすら止められはしない……」

「バッカじゃないの!? アンタさー、生きてて恥ずかしくならないワケ? もう死ねば?」


 ……前言てつかいしてもいいっすか?

 オタクってやっぱりさぁ……いいやつらばっかじゃねえな。

刊行シリーズ

俺の妹がこんなに可愛いわけがない(17) 加奈子ifの書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(16) 黒猫if 下の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(15) 黒猫if 上の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(14) あやせif 下の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(13) あやせif 上の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(12)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(11)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(10)の書影
アニメ『俺の妹』がこんなに丸裸なわけがないの書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(9)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(8)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(7)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(6)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(5)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(4)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(3)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(2)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがないの書影