クソ。なんで俺が、一人で突っ込みを担当しなくちゃなんねーんだ?
幾らなんでも、だんだん捌ききれなくなってきたぜ……。
俺はここに突っ込みの鍛錬をしにきたわけじゃねーんだけどなあ。
「もういいから誰か早く質問してやれ」
脱力して助けを求めると、反応したのは、意外にも黒猫だった。
「……じゃあ『誰もが聞きたかったであろうこと』を私が代表して、沙織さん、あなたに聞いてあげる。──そのキモオタな口調と服装はいったい何?」
俺もそれは凄く聞きたかった! 内心で喝采をあげるものの、素だという答えが返ってきたらどうしよう。妹を連れて変態から逃走すべきだろうか?
俺の懸念は、しかし、幸いにも無駄に終わってくれた。沙織から返ってきた答えはこうだ。
「いやはは、お恥ずかしい。──拙者、実はオフ会の幹事など務めるのは初めてだったもので──少しでも皆から好かれようと、気合を入れてリーダーに相応しいキャラを作ってみたのです。……ですから拙者、普段はもう少し、大人しい女の子なのですよ?」
いや、なのですよて。まじっすか? 服装だけじゃなくて口調も、キャラ作りの一環?
ええと……突っ込みどころはホント無数にあるんだが……とりあえずその『普段は大人しい女の子なの』という自己主張は到底信じられんな。それはたぶん、自分で思ってるだけだろ。
聞いたとうの黒猫も、赤い眼をぱちくりさせて驚いている。
「……気合を入れるとどうしてそうなってしまうのか、理解できないわ。……フッ、まぁ、誰かさんみたいに勘違いしたブランド物で完全武装してきた挙げ句、空回りして避けられるよりはマシなんでしょうけれどね?」
「なにソレ? ムカツク……自分だって人のこと言えないじゃん。なにその無駄に気合入ったゴスロリドレス!? いくらアキバだっていったって、オフ会でそんな格好してくるバカがいるとは思わなかったなぁ!」
「……なんですって?」
再びメンチを切り合う桐乃&黒猫。この二人はもう放っとこう。いちいち止めんの疲れたわ。
ところで……俺はあることに気が付いた。
流行のブランドもので、バッチリかわいく決めてきた桐乃。
超本格的なコスプレをしてきた黒猫。
キモオタファッションに身を包んだ沙織。
三者三様。服装も性格もてんでんバラバラの三人だが、こいつらには共通しているところがある。それは……三人が三人とも、オフ会が上手くいくようにという願いを込めて、それぞれ気合入れたファッションを決めてきたんだろうってところだ。
「ふむ……」
桐乃と黒猫のよく分からん罵り合いを聞きながら、この数時間のことを反芻してみる。
今日、俺は桐乃以外のオタク連中に初めて触れたわけだが……正直なところ、想像していたのとは大分違っていたんだよな。ここでいうオタクというのは、狭義の意味でのオタク、つまりゲームやアニメ──いわゆるサブカルチャーに傾倒しているやつらのことだ。
当たり前のことを言うが、それは『大好きな趣味を持っている』という、ただそれだけのことなんだよな。そう、それだけのことなのさ。R&Bが好き、バスケが好き、ミステリーが好き、書道が好き──そういうのと何にも変わらねえ。
だが、俺は、いままでそうは思ってなかった。オタクってのは、なんだかこう、そういうのとは違うもんなんだと特別視していたフシがある。よく知りもしねえくせにだ。
いまも俺の脇で桐乃と黒猫が、ベラベラベラベラ喧嘩ごしで、たぶんアニメの話をしているけどさ。それってカラオケボックスの一室で、女子高生どもが、夢中で憧れのカリスマアイドルの話してるのと、どう違う? 洒落たカフェの片隅で、セレブが恋愛小説の話してるのと、どう違うんだろうな?
たぶんだけど……たいした違いはないと思うんだよ、俺は。違うかな?
世間体があるから、おおっぴらに趣味を明かせないと桐乃は言っていた。
それも分かる。昨日までの俺が抱いていたイメージを思い返してみれば、世間ってのがいかにオタクへの偏見で満ちているかは一目瞭然ってもんだ。特に中高生の間ではな。
……しかも、全部が全部、偏見ってわけでもねーしな……。
だってこいつらって、変じゃん? 少なくとも『普通』じゃねーよ。偏見持ってた俺が、あえて言うけども。見くびってたわ! 想像以上に変だよおまえら!
いやまぁ。俺の知っているオタクって、まだ三人しかいないからさ、こいつらを基準にしちゃいかんよという向きもあるかもしれん。正しいオタク像からは、かけ離れてるのかもしれん。
だから、あくまでこれから言うのは、現時点での俺が抱いた、偏見に満ちた感想だ。
オタクってさ──そんな捨てたもんじゃなくね? 変だけど。
俺は、いかにもオタクなカッコした、ぐるぐる眼鏡のデカ女を見やる。
例えばこいつなんか……桐乃とたいして年も違わないのに、ずいぶんと気配りのできる気の良いやつじゃんか。なんかもー、すべてにおいて変テコだけどさ! ちゃんとみんなが楽しめるよう、リーダーの務めをはたしているのは偉れーと思うよ。
捨てたもんじゃないってのは、何もこいつに限った話じゃねえ。
今日の出来事をもう一回思い出してみれば、よーく分かる。
オフ会やってた、さっきのメイド喫茶にしろ。祭りみてーだった、あの大通りにしろ。
でもってこの二次会にしろだ。桐乃がハブられててかわいそうだった件以外で、俺にゃ、悪いイメージはまったくないんだよな。だって楽しそうなんだもんよ。
同じモンを好きなやつらで集まって、騒いで、遊んで──
混ざれないのが、悔しくなってくるくれえだよ。
世間体が気になる? 偏見がおっかない? よーし、それじゃあオマエもこっちに来いよ。さあ俺らと一緒に、大騒ぎして遊ぼうぜ──そんなふうに手を差しのべられているような気がするんだな。誰からかって? いや、それはよく分かんねーけれども。
強いて言やあ、みんなから、だ。我ながら、なんのこっちゃちゅー話だけどさ。
だからこいつらは、望んでここにいるんじゃねえかな?
仲間を捜してここに来た、桐乃みてーに。
だってちょっと見てみろよ、この桐乃と黒猫のギャーギャーうるせー言い争い。
出会ったその日に、こんだけ本気で深い喧嘩ができるって、それはそれでスゲーと思わないか? で、さ。それって……こいつら二人の間に、強く通じ合う『大切なもの』があるってことだと思うんだ。
まあ傍から見てるぶんにゃ、それは、人によっては、変テコに見えることもあるんだろう。
でも、それは、絶対、悪いもんじゃあない。そう簡単に見下したり、捨てていいようなもんじゃあない。たとえどんなに妙ちきりんに見えようと、だ。
「……っふ……よくもまあ、べらべらと好き放題さえずってくれたものね……人間風情が……。いいでしょう、外へ出なさいなビッチ。真の恐怖というものを、じっくりとその身に刻んであげる。来世で後悔するがいいわ」
「うっさい! いい加減にしてよね、この邪気眼電波女っ!」
「……じゃっ、邪気眼……ででで電波女ですって……? ク、クククク……ついに言ってはならないことを言ってしまったわね……。あ~あ。かわいそうに、どうなってもしらないわよ……後悔してももう手遅れ。もはやこの負の想念は、私自身にすら止められはしない……」
「バッカじゃないの!? アンタさー、生きてて恥ずかしくならないワケ? もう死ねば?」
……前言撤回してもいいっすか?
オタクってやっぱりさぁ……いいやつらばっかじゃねえな。