……バカ桐乃。なにやってんだおまえ! せっかく沙織が気を遣って『一番聞きやすいこと』を聞かずにおいてくれたんじゃねーか! 聞けよ!? 服のことをさ!?
「………………」
だが俺の願いは通じなかったらしく、桐乃はぎゅっと縮こまって俯いてしまう。
こりゃアレかもな。さっきハブられたのがトラウマになりかけてんだ。なもんだから……
どうしたもんか……。俺は、ぽりぽりと頰をかきながら、黒猫に適当な質問を投げかける。
「好きな食べ物は?」
「魚。……はい、これでいいのかしら?」
いやいや義務を果たし終えたみたいな感じで呟く黒猫。
……く……どうやらこの女も、年上への敬意が足りんようだな……くそう。
「さて。次は、きりりん氏が自己紹介をする番ですぞ」
「あ、あたし……? うん……え、えっと……きりりんです」
固くなっている桐乃は、改めて名乗ったものの、きゅっと俯いてしまう。
場のテンションが下がるのは許さないとばかりに、いいタイミングで沙織が声を張り上げる。
「それではきりりん氏への質問ターイム! 黒猫氏、どうぞっ!」
「あなたどうして、そんな浮いた格好をしているの? 渋谷で合コンとかならまだ話は分かるのだけれど、アキバでオフ会やるのに、そのファッションはありえないと思うわ」
ずばっと聞きにくいことを聞くなあ、このゴスロリ!?
トラウマになりかけてんだから、それは聞いてくれんなよ!
確かに服のこと聞けって念じたけど、アンタに言ったんじゃねえから!
「むっ……」
しょぼくれてた桐乃も、さすがにカチンときたらしく、黒猫に反論した。
「悪かったわね……しょうがないじゃん、コレがあたしらしい服なんだもん。だ、だいたい自分だって……」
「……自分だって? 何かしら? 言ってごらんなさい?」
せせら嗤うように囁く黒猫。うおお、ものスゲ────見下されてる感じがする。
「うぐ……」
桐乃のこめかみで、ビキビキと血管が浮かび上がった。……うわ、我慢してる我慢してる。
短気なはずの我が妹は、普段ならばありえないほどの自制心を発揮して、すぅはぁと深呼吸。
内心ではキレているはずだが、とりあえず怒りを表に出すことはなかった。
でもちょっとした刺激で爆発するぞ、コレ。心配だなあ……。
このやばい空気をなだめてくれることを期待して、ちらっと沙織の顔を見ると……
『はて? いかがいたしましたかな?』みたいなオトボケ顔で、かわいく首を傾げやがった。
どうやらこいつは、何もせず静観するつもりらしい。……ったく、どういうつもりだ?
火薬のにおいを漂わせたまま、桐乃と黒猫の会話は続く。
「やっぱさっきのパスなし。あたしからも質問させて。──そのドレスって、何のコスプレ? 水銀燈……じゃないよね?」
「ああこれ? 水銀燈じゃないわよ、全然違う、どこに目をつけているの? ……マスケラに出てくる『夜魔の女王』……まさか、知らない?」
知らねえ。まさかと驚かれても知らないもんは知らねえ。桐乃も知らなかったようだ。
「ふぅん? 名前は聞いたことあるような気がするけど……アニメだっけ?」
「ええ。『maschera~堕天した獣の慟哭~』──ストーリー・作画ともに今期最高峰のアクションアニメよ。毎週木曜日の夕方にやっているから、ぜひとも観て頂戴」
「あ、それって、あの──メルルの裏番組じゃない? 確かオサレ系邪気眼厨二病アニメとか言われてるやつ」
ぷちっ。いま、俺には、ドクロマークのスイッチが押される幻影が見えたね。
「────聞き捨てならないことを言うのね、あなた。メルルって、まさか『星くず☆うぃっちメルル』のことかしら? ──ハ、バトル系魔法少女なんて、いまさら流行らないのよ。あんなのは超低脳のお子様と、萌えさえあれば満足する大きなお友達くらいしか観ない駄作。だいたいね、視聴率的にはそっちが裏番組でしょう? くだらない妄言はやめなさい」
「視聴率? なにソレ? いい? あたしが観てる番組が『表』で──それ以外が裏番組なの。コレ世界のしきたりだから覚えておいてね? だいたいアンタ、その言い草だとメルル観てもいないでしょ。つーか一期のラストバトル観てたら、絶対そんなふざけた口きけるはずないからね! あーかわいそ! アレを観てないなんて! 死ぬほど燃える挿入歌に合わせてメチャクチャぬるぬる動くってーの! キッズアニメなめんな!」
「あなたこそ口を慎みなさい。なにが厨二病アニメよ。私はね、その漢字三文字で形成される単語が死ぬほど嫌いだわ。ちょっとそういう要素が入っているというだけで、作品の本質を見ようともせずにその単語を濫用しては批判する蒙昧どももね。あなたもそんな豚どもの一匹なのかしら?」
なにコレ? なんでいきなり喧嘩が始まっちゃってんの?
「待ーて待て待て待て待て! 二人とも立ち上がんないで座れ! 落ち着けって! たかがアニメじゃねえか、な?」
「「たかがアニメ?」」
ぐりんと二人揃ってこっちを向く桐乃&黒猫。
「……し、失言でした!」
いかん、マジになったアニオタはおっかねえ。助けを求めて沙織を見ると、このぐるぐる眼鏡、我関せずみたいな態度でオレンジジュースを啜っていやがった。俺はこそっと耳打ちする。
「……何とかしてくれよ、オイ」
「二人ともこんなに打ち解けてきて──フフ、意外と相性がよかったのかもしれませんな?」
「どこに目ェつけてんだおまえ!?」
誰も止めないもんだから、もちろん口喧嘩は続行されてしまう。
「ふん……あなた、どうやらずいぶんといい性格をしているようね? そんなだから、オフ会で誰からも相手にされないのよ。自覚あるのかしら?」
「どっちが? あたし見てたんだからね、アンタがずーっと一人ぼっちで携帯いじってたの。暗すぎ! はん、あれじゃー誰も話しかけてこないって」
「うるさいわね……。突然朝目新聞のネタ画像が見たくなったのよ……」
仁王立ちで睨み合う女二人。どっちも美人なんだけど……なんという低レベルな言い争い。
ぶっちゃけ、どっちもどっちだろ。ったくよ~……どうして美人ってのはこう、性格に問題があるヤツばっかなんだ? おまえらのせいで、俺の美人への偏見がどんどん強まっていくじゃねーか。やっぱ普通が一番だよな……なんか無性に幼馴染みの顔が見たくなってきたわ。
そんなふうに俺が現実逃避していると、醜い口喧嘩が中断されたスキを衝いて、沙織が割り込んだ。
「さて。議論も一段落したようですし、そろそろ次に移りましょう。次は──ええと、拙者のターンですな」
沙織のよく通る声が響くや、場の注目が彼女に集まる。にっ、と口角を吊り上げて笑む。
「では改めて。拙者は〝沙織・バジーナ〟と申すものでござる。『オタクっ娘あつまれー』コミュの管理人を務めております。プロフィールページにも書いてはありますが、年は十五──中学三年生ですな。確か黒猫氏とは同い年であったはず」
さりげなく話題を振る沙織であったが、黒猫はノーリアクション。ガン無視。
ふーん。こいつら、桐乃のいっこ上なのか。……黒猫はまぁ、そんなもんだろうと予想は付いていたけどさ。沙織……これで……俺より年下なのか……。
俺は信じられないという心持ちで、沙織の全身を眺め回した。
「ちなみに拙者、スリーサイズは上から、88、60、」
「それは言わんでいい」
「フッ、なんと藤原紀香と同じでござる」
「人の話を聞けよ! 誇らしげに言ってんじゃねえ!」