第三章 ⑦

 ……バカ桐乃。なにやってんだおまえ! せっかく沙織が気をつかって『一番聞きやすいこと』を聞かずにおいてくれたんじゃねーか! 聞けよ!? 服のことをさ!?


「………………」


 だが俺のねがいは通じなかったらしく、桐乃はぎゅっとちぢこまってうつむいてしまう。

 こりゃアレかもな。さっきハブられたのがトラウマになりかけてんだ。なもんだから……

 どうしたもんか……。俺は、ぽりぽりとほおをかきながら、黒猫に適当な質問を投げかける。


「好きな食べ物は?」

「魚。……はい、これでいいのかしら?」


 いやいや義務を果たし終えたみたいな感じでつぶやく黒猫。

 ……く……どうやらこの女も、年上への敬意が足りんようだな……くそう。


「さて。次は、きりりん氏が自己紹介をする番ですぞ」

「あ、あたし……? うん……え、えっと……きりりんです」


 固くなっているきりは、改めて名乗ったものの、きゅっとうつむいてしまう。

 場のテンションが下がるのは許さないとばかりに、いいタイミングでおりが声を張り上げる。


「それではきりりん氏への質問ターイム! 黒猫氏、どうぞっ!」

「あなたどうして、そんな浮いたかつこうをしているの? しぶで合コンとかならまだ話は分かるのだけれど、アキバでオフ会やるのに、そのファッションはありえないと思うわ」


 ずばっと聞きにくいことを聞くなあ、このゴスロリ!?

 トラウマになりかけてんだから、それは聞いてくれんなよ!

 たしかに服のこと聞けって念じたけど、アンタに言ったんじゃねえから!


「むっ……」


 しょぼくれてた桐乃も、さすがにカチンときたらしく、黒猫にはんろんした。


「悪かったわね……しょうがないじゃん、コレがあたしらしい服なんだもん。だ、だいたい自分だって……」

「……自分だって? 何かしら? 言ってごらんなさい?」


 せせらわらうようにささやく黒猫。うおお、ものスゲ────見下されてる感じがする。


「うぐ……」


 桐乃のこめかみで、ビキビキと血管が浮かび上がった。……うわ、我慢してる我慢してる。

 短気なはずのが妹は、普段ふだんならばありえないほどの自制心を発揮して、すぅはぁと深呼吸。

 内心ではキレているはずだが、とりあえず怒りを表に出すことはなかった。

 でもちょっとしたげきばくはつするぞ、コレ。心配だなあ……。

 このやばい空気をなだめてくれることを期待して、ちらっと沙織の顔を見ると……

『はて? いかがいたしましたかな?』みたいなオトボケ顔で、かわいく首をかしげやがった。

 どうやらこいつは、何もせずせいかんするつもりらしい。……ったく、どういうつもりだ?

 火薬のにおいを漂わせたまま、桐乃と黒猫の会話は続く。


「やっぱさっきのパスなし。あたしからも質問させて。──そのドレスって、何のコスプレ? すいぎんとう……じゃないよね?」

「ああこれ? 水銀燈じゃないわよ、全然違う、どこに目をつけているの? ……マスケラに出てくる『夜魔の女王クイーン・オブ・ナイトメア』……まさか、知らない?」


 知らねえ。まさかとおどろかれても知らないもんは知らねえ。桐乃も知らなかったようだ。


「ふぅん? 名前は聞いたことあるような気がするけど……アニメだっけ?」

「ええ。『maschera~てんしたけものどうこく~』──ストーリー・作画ともに今期最高峰のアクションアニメよ。毎週もくようの夕方にやっているから、ぜひともちようだい

「あ、それって、あの──メルルの裏番組じゃない? たしかオサレ系じやがんちゆうびようアニメとか言われてるやつ」


 ぷちっ。いま、おれには、ドクロマークのスイッチが押されるげんえいが見えたね。


「────聞き捨てならないことを言うのね、あなた。メルルって、まさか『星くず☆うぃっちメルル』のことかしら? ──ハ、バトル系ほう少女なんて、いまさららないのよ。あんなのは超低脳のお子様と、えさえあれば満足する大きなお友達くらいしかないさく。だいたいね、ちようりつてきにはそっちが裏番組でしょう? くだらないもうげんはやめなさい」

「視聴率? なにソレ? いい? あたしが観てる番組が『表』で──それ以外が裏番組なの。コレ世界のしきたりだから覚えておいてね? だいたいアンタ、その言い草だとメルル観てもいないでしょ。つーか一期のラストバトル観てたら、絶対そんなふざけた口きけるはずないからね! あーかわいそ! アレを観てないなんて! 死ぬほどえる挿入歌に合わせてメチャクチャぬるぬる動くってーの! キッズアニメなめんな!」

「あなたこそ口をつつしみなさい。なにが厨二病アニメよ。私はね、その漢字三文字で形成される単語が死ぬほど嫌いだわ。ちょっとそういう要素が入っているというだけで、作品の本質を見ようともせずにその単語をらんようしては批判するもうまいどももね。あなたもそんな豚どもの一匹なのかしら?」


 なにコレ? なんでいきなりけんが始まっちゃってんの?


「待ーて待て待て待て待て! 二人ふたりとも立ち上がんないで座れ! 落ち着けって! たかがアニメじゃねえか、な?」

「「?」」


 ぐりんと二人そろってこっちを向くきり&黒猫。


「……し、失言でした!」


 いかん、マジになったアニオタはおっかねえ。助けを求めておりを見ると、このぐるぐる眼鏡めがねわれ関せずみたいな態度でオレンジジュースをすすっていやがった。おれはこそっと耳打ちする。


「……何とかしてくれよ、オイ」

「二人ともこんなに打ち解けてきて──フフ、意外とあいしようがよかったのかもしれませんな?」

「どこに目ェつけてんだおまえ!?」


 だれも止めないもんだから、もちろん口喧嘩は続行されてしまう。


「ふん……あなた、どうやらずいぶんといい性格をしているようね? そんなだから、オフ会で誰からも相手にされないのよ。自覚あるのかしら?」

「どっちが? あたし見てたんだからね、アンタがずーっと一人ひとりぼっちでけいたいいじってたの。暗すぎ! はん、あれじゃー誰も話しかけてこないって」

「うるさいわね……。突然あさ新聞のネタ画像が見たくなったのよ……」


 おうちでにらみ合う女二人。どっちも美人なんだけど……なんという低レベルな言い争い。

 ぶっちゃけ、どっちもどっちだろ。ったくよ~……どうして美人ってのはこう、性格に問題があるヤツばっかなんだ? おまえらのせいで、俺の美人へのへんけんがどんどん強まっていくじゃねーか。やっぱ普通が一番だよな……なんかしようおさなみの顔が見たくなってきたわ。

 そんなふうに俺が現実とうしていると、みにくい口喧嘩が中断されたスキをいて、沙織が割り込んだ。


「さて。ろんも一段落したようですし、そろそろ次に移りましょう。次は──ええと、せつしやのターンですな」


 沙織のよく通る声がひびくや、場の注目が彼女に集まる。にっ、と口角をり上げてむ。


「では改めて。拙者は〝沙織・バジーナ〟と申すものでござる。『オタクっあつまれー』コミュの管理人を務めております。プロフィールページにも書いてはありますが、年は十五──中学三年生ですな。たしか黒猫氏とは同い年であったはず」


 さりげなく話題を振る沙織であったが、黒猫はノーリアクション。ガン無視。

 ふーん。こいつら、きりのいっこ上なのか。……黒猫はまぁ、そんなもんだろうと予想は付いていたけどさ。おり……これで……おれより年下なのか……。

 俺は信じられないという心持ちで、沙織の全身を眺め回した。


「ちなみに拙者、スリーサイズは上から、88、60、」

「それは言わんでいい」

「フッ、なんとふじわらのりと同じでござる」

「人の話を聞けよ! 誇らしげに言ってんじゃねえ!」

刊行シリーズ

俺の妹がこんなに可愛いわけがない(17) 加奈子ifの書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(16) 黒猫if 下の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(15) 黒猫if 上の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(14) あやせif 下の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(13) あやせif 上の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(12)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(11)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(10)の書影
アニメ『俺の妹』がこんなに丸裸なわけがないの書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(9)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(8)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(7)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(6)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(5)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(4)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(3)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(2)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがないの書影