第三章 ⑥

 このこのっとひじでつっつくおり。ゴスロリ女は超無表情。初登場時からピクリとも表情が変わらないのが不気味すぎる。

 しかしなるほど、さっき沙織が猛ダッシュしたのはそれか。

 ……やっぱりな。だんだんこの沙織とやらの考えが分かってきたぜ……きり、そしてこのゴスロリ女。なんでわざわざこの二人ふたりを選んでさそったのか、その理由がうすうすな……。

 おそらくこの二次会は、コミュニティの管理人である沙織が『さっきのオフ会であぶれちゃってたやつらを誘って、ちゃんと楽しんでもらおう』というしゆかいさいしたものなんだろう。

 だからほかに人がいねーんだ。

 ──『先ほどせつしやがあんまりお話できなかった方と、もっと仲良くなりたい』ね。

 い言い方だ。ふーん。見かけによらず、さりげない気配りのできるやつなんじゃん。

 もしかすると、『なんでおれが桐乃に付いてきていたのか』いっさい聞かず、さらっと『特別ゲスト』としてれてくれたのも、俺たちの事情を薄々察してくれているのかもな。

 だとすっと……はは……見かけどおり、度量のでかいやつじゃねえの。


「ちゅー……」


 まだけいかいが解けていないらしく、もくもくとコーラをすすっている桐乃。

 こいつは全然気付いてないみたいだが……〝黒猫〟は気付いているみたいだな。

 初対面でいきなりげんそうにしているのは、だからなのかもしれん。

 まぁ……ありがたい反面、相手のづかいを察してしまうと、どうしても情けをかけられているような気分になるわな。それはまぁ、いかんともしがたい。

 黒猫の心中は複雑だろう。実のところ、俺だってちっとは複雑な気分さ。

 でもさぁおまえら、俺が管理人だったら、わざわざあぶれたやつらに声なんてかけねーぞ?

 初めていった会合の空気にめなかったヤツは、どうせ次の会にゃ来ないだろうし、沙織としてはそれでもよかったはずなんだよ。

 だから俺はこう思う。この変な格好しているデカ女は、いいやつなんだって。


「ところで管理人さんなどと他人ぎような呼び方はやめて、えんりよなく〝沙織〟とお呼びくだされ黒猫氏。せっかくこうして集まったのですから、れいこうで楽しくいきましょうぞ」

「その図体で〝沙織〟だなんて、よくもまあ名乗れたものね、図々しい」


 このゴスロリ、相手から無礼講って言葉が出たしゆんかん、なんてこと言いやがる。


「やや、そんなことを言われたのは初めてですなあ」

「それはそうでしょう。あなたがネット上で演じてた『せいなおじようさま』なら、あのハンドルネームでイメージぴったりだったのだから。……でも実物はコレでしょう? 幾らなんでもというものよ。出オチにしたってタチが悪いわ。──悪いことは言わないから、今後は〝アンドレ〟とでも名乗っておきなさいな。それなら間違いないわ。……それに、その妙な調ちようかつこう──『ニン』ってあなたね……」

「何年前のキモオタだよって感じ」


 ボソッ。借りてきた猫のようにちぢこまっているきりからも危険な本音が飛び出した。


「お、おまえら!? れいこうっつーのは、毒舌フリーって意味じゃねえ!」


 いやたしかにおれもそう思ったけども! それは言っちゃだろ!?

 せっかくあぶれちゃったおまえらをさそってくれた管理人さんに、なんつーひどい仕打ちをしてんの!? この恩知らずどもが!

 特に桐乃! 大人おとなしくしてると思ったら第一声でそれかよ!? してあやまれや!

 そっぽ向いてコーラ飲んでいんじゃねえ!

 ところがボロクソ言われたとうのおりは、けろっとしたもんだった。


「まあまあ、きようすけ氏、そうカッカせず。せつしやのために怒ってくれたのにはかんしやいたしますが──フッ、あいにくこの程度の毒舌など、この身にとってはそよ風のようなもの。むしろ心地ここちよい。ですからまぁ、お気になさらず、京介氏もどんどんののしってくれて構いませんぞ?」

「アンタのことは、すげえいいやつだと思いかけてたんだけどな、俺。──最後の方に余計な言葉がついたことによって、よく分からなくなってきたわ!」


 どんだけ毒舌に耐性があんだよ。

 俺がぬるせんを送っていると、沙織は指を一本立てて身を乗り出した。


「──とまぁ、打ち解けてきたところで。皆のもの、改めて自己紹介というのはいかがかっ?」

「いまのやり取りで『打ち解けてきた』と判断するのは正直どうかと思うが……」


 悪くない提案ではあるよな。しかし沙織の発言で、場はしんと静まり返ってしまう。


「…………」


 いや、おまえら一言くらい反応しようぜ? 気まずいだろうが。

 仕方なく俺は、率先してこううながした。


「いいんじゃねえか? なあ」

「…………」


 やっぱり返事がこない。どうやら黒猫と桐乃は、まどってしまっているようだ。

 黒猫は、どう見てもこういうのはガラじゃなさそうだし……桐乃はさっきの失敗がこたえているんだろう。ふむ。となると、ばくぜんと自己紹介しろって言われても、気が引けちまうか……。

 部外者が口挟むのは、あんまよくねーんだけど……やむをえん。俺は、こう提案した。


「じゃあ、自己紹介する人に順番で『質問』をしていく形式にするってのはどうだ? その方が話しやすいだろ。あ、もちろんパスありな? で、どんどんローテーションしていくわけ」

「ふむ、ナイスアイデア、さすが京介氏。──ではさっそく、黒猫氏への質問タイムからいきましょうぞ!」

「……勝手に仕切ってくれるわね」


 ジロリとめ付けてきた黒猫を、おりは「まあまあ」とおおぎようぐさでなだめる。

 すると黒猫は、ホットコーヒーに「ふぅ……」と息を吹きかけ、ゆっくりと一口飲んでから、どうでもいいかのようにこうつぶやいた。


「まぁいいわ。……で、もう名乗ったはずだけれど。私はあと、何を話せばいいのかしら?」

「ええと、ではさっそく。せつしやからの質問は……そうですなあ」


 てっきり『一番聞きやすいこと』を尋ねるかと思ったのだが、沙織はそうしなかった。


「『最近、一番あせったしゆんかんは?』というのはどうですかなっ?」

「……自己紹介のための質問ではないの? どうして、そんなバラエティ番組のゲストへの質問みたいな……」


 まったく同感だ。このでかぶつの発言は、さっぱり読めん……。しかし黒猫は「まあいいわ」とさらりと流した。まあいいのか、えらいクールっすね。

 そんなふうにして、会話の流れは、だんだんとスムーズに流れ始めた。


「ふん、『最近、一番あせった瞬間は?』だったわね……それなら……」


 黒猫はしばし無表情で思案していたが、やがてたんたんとした調ちようで呟いた。


「ニコニコ動画にとう稿こうするために、ネコ耳とシッポをつけてウッーウッーウマウマを踊っているところを妹にもくげきされたときがそうね。……フ、あのときは、さすがの私もあせったわ」


 ニコニコうんたらとやらは知らんが、アンタが見た目に反してまったくクールじゃないのはよく分かった。あと台詞せりふの半分くらいは解読不能なんで、突っ込むことすらできない。


「ははは黒猫氏は意外とオチャメさんですなあ。妹さんがいらっしゃる?」

「ええ。なモノを見る目で、口半開きになっていたわ」


 そうだろうよ。ちょうどいまの俺みたいな感じだろ? スゲー気持ち分かるわ。

 で、それからしばらく黒猫の妹についての会話がかわされていたんだが、その間、きりは一言もしやべっていない。相変わらずきんちようしてるみたいだなコイツ。

 と、沙織がいいタイミングで桐乃に話を振ってくれた。


「次は、きりりん氏の番ですな。黒猫氏への質問をどうぞ!」

「え、あ、あたし? ……え、えーとぉ」


 いきなり沙織に指差され、目をぱちくりさせる桐乃。


「と、特に……ない……かな? ……パスで」

刊行シリーズ

俺の妹がこんなに可愛いわけがない(17) 加奈子ifの書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(16) 黒猫if 下の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(15) 黒猫if 上の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(14) あやせif 下の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(13) あやせif 上の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(12)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(11)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(10)の書影
アニメ『俺の妹』がこんなに丸裸なわけがないの書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(9)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(8)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(7)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(6)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(5)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(4)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(3)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(2)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがないの書影