「きりりん氏、ところでこちらの男性は? 勘違いでなければ、さきほど店内でお見かけしたような気が──ああなるほど」
沙織は一人で勝手に得心して、
「彼氏でござるな?」
「「違ぁ──う!?」」
同時に反論する俺&桐乃。よりにもよってなんつー勘違いしてやがる!?
「はて、違うとおっしゃる? いや失敬──しかし拙者、そちらの彼氏は先ほど、店内でずーっときりりん氏を凝視していたようにお見受けしましたぞ? てっきりアレは愛のまなざしであろうと得心しておったのですが」
「なわけないじゃん!? やめてよも──っ! 想像しただけでキモっ!?」
むっかつくなこの妹様はよ……否定するにしたって、他にもっと言いようがあるだろ。
そう思いながら俺は補足する。
「俺は高坂京介ってもんで、こいつのれっきとした兄だっての。勘違いすんな」
「ほほう。なるほどなるほど、きりりん氏の……似てない兄妹ですな」
ほっとけや。
ふむふむと頷いた沙織は、俺に向かって軽く会釈をした。
「それでは改めて。すでに御存知であろうかと思いますが、我輩は〝沙織・バジーナ〟と名乗っておるものでござる。〝沙織〟とお呼びくだされ。ニン」
「……こりゃどーもご丁寧に……」
ニンて。ほんっと、いかにもオタクっぽいなあんた! あと一人称変わってんぞ?
心の中で突っ込みつつ、俺は会釈を返した。
「ではでは、京介氏──京介氏とお呼びしても構いませんな──京介氏もご一緒にどうです?」
「どうですて……その二次会とやらのことか?」
「もちろん! いかがかっ?」
うお、いきなり顔近づけんなって。びっくりするだろが。
俺が怯んで一歩さがると、代わりに桐乃が口を開いた。ちょっぴり不安そうな口調で、
「えっと、それって……他にもたくさん人が来るの?」
つまり行きたくねーんだな、こいつ。理由は分かるよ。行ったってまた除け者にされるんじゃあ面白くねーもんな。
桐乃の場合、他んトコじゃちやほやされてばかりいたもんだから、余計にきっついんだろう。
しかし沙織は「いやいや」と大袈裟な身振りで首を振った。片手の指を四本立てて言う。
「きりりん氏と京介氏を合わせて四人です。先ほど拙者があんまりお話できなかった方と、もっと仲良くなりたいと思ってお誘いした次第で。ですからまぁ、二次会といってもささやかなものですな。マックとかでちょっとお喋りでもして、それから一緒に買い物でもどうかなと」
「ふ、ふーん……」
詳細を聞いた桐乃は、明らかに心動かされた様子で、考え込み始めた。
そういうことなら自分が除け者にされることもないだろうし、行ってもいっかなー。
桐乃の考えは、おおかたそんなところだろう。
──チャンスじゃん、悩むことないだろ?
俺はそう思ったので、桐乃の行動をうながすべく、沙織に向かってこう言った。
「俺は構わないけど。こいつがいいって言うならな」
「ふむ、いかがですか? きりりん氏」
「うーん」
桐乃はさらに考えるそぶりを見せ、さんざん勿体ぶった仕草をしてから、頰を染めた。
「わ、分かった。そんなに言うなら……行ってあげてもいいケド」
その台詞が、あまりにも子供っぽかったもんだから、俺は笑いを堪えるのが大変だった。
一見同年代にしか見えない妹ではあるが、たまにこういう年相応のところを見せられると、かわいいもんだと微笑ましくなる。
「ああ、よかった! では、お二人とも、参りましょうぞっ! もうお一方は、すでにマックでお待ちいただいておりますので──」
背中のポスターをビームサーベルのように抜きはなって、先を指し示す沙織。
やたらとでっかい、オタクファッションの女の子。変テコ口調の、コミュニティの管理人。
正直、なんにも考えてない変なヤツにしか見えないんだけど……もしかしたら。
伊達にオタクどものリーダーやって、慕われているわけじゃねーのかもしれないな。
その考えは、二次会に参加する『最後の一人』と会って、確信に変わることになる。
いま俺たちが座っているのは、プリティガーデンから一番近くにあるマックの二階、角のソファー席。テーブルを二つくっつけて、四人がけにしてある。
俺と桐乃が並んで座り、俺の対面に沙織、桐乃の対面に最後の一人という席配置。各席の前にはドリンクが置いてある。俺、桐乃、沙織の三人は、一階でドリンクを買ってから二階へと上り──ほんの数秒前、この『最後の一人』と対面した、という場面だ。
ちなみに四人が揃ってからまだ誰も、一言も喋っていない。
……しっかし、沙織とは別の意味で、凄え格好だな。
俺は『最後の一人』の姿を見るや、目を見張ってしまった。
……そういやこの人、顔はろくに見なかったけど……桐乃とは反対側の隅っこの席で、ぽつんと携帯いじくってたヤツじゃん。
ジッと俯いているから顔は見えないが、めちゃくちゃ綺麗な黒髪の持ち主だ。
でもってコレは……コスプレってやつなんだろうな……。
彼女が着ている服は、これまた真っ黒のドレスだった。バラの花びらみたいなのがヒラヒラたくさんくっついていて、やたらと豪勢な感じがする。このまま普通に舞踏会に出られそうだ。
「ずっと気になってはいたけど……近くで見たらすっご……水銀燈みたいじゃん……」
というのが桐乃の感想。でもさー桐乃、これはこれでおまえとは違う意味で浮くよなぁ?
何のコスプレかしんねーけどよ、こりゃどう見ても気合過多だろ……。本格的すぎ。
全員が席に着くのを確認してから、沙織が俺たちを紹介してくれた。
「こちらのお二人は、きりりん氏と──特別ゲストで、その兄上様の京介氏です。そして、こちらは我がコミュニティのメンバーで──」
「……ハンドルネーム〝黒猫〟よ」
最後の一人は、そこで初めて顔を上げ、ぼそっと自己紹介をした。
無感情な、淡々とした喋り方だ。
「えっと……きりりんです。よ、よろしくね」
桐乃が緊張した様子で言った。若干似合わない喋り方だが、オフ会の間中、こいつはこんな感じだった。
「高坂京介だ。飛び入り参加ですまない」
次いで俺が、妹にならって自己紹介すると、陰気な声で返事がきた。
「……そうね。とりあえず、よろしく」
率直に言うが、黒髪のゴスロリ女はどえらい美人だった。
といっても桐乃とはだいぶタイプが違う。
前髪を揃えた長い黒髪。真っ白な肌。切れ長の瞳。左目の下に泣きぼくろ。
ドレス姿の女を、こう表現するのはどうかと思うが、どこか幽霊じみた和風美人である。
赤いカラーコンタクトを嵌めているのは、コスプレの一環だろう。
見るからに性格がキツそうで、陰気で──いまにも黒魔法とか使いそうな雰囲気。美人ではあるが、桐乃のような華やかさはまるでなく、マイナスベクトルの黒いオーラが全身からゆらゆら立ち上っている感じ。
「……面子が揃ったようだからさっそく聞くけれど。……私をこんなところに誘って、管理人さんはなんのつもりなのかしら?」
「はっはっは──先ほども申し上げたではありませんか、拙者が二次会にお誘いしたかったのだと。いやぁしかし危なかったですな! 拙者の話が終わった瞬間、スタスタ帰ってしまわれるものですから、慌てて追い掛けてしまいましたぞ! まったく、あれでは誘う暇もないではありませんか!」