第三章 ④

 おれはもどかしさのあまり、唇をむ。……あ、桐乃のやつ、また逃げられた。ほんっと二言三言しかたないのな。相手も最初はあいづちうってくれるんだけど、すぐに別グループの話題に食い付いて、桐乃からはなれていっちまう。

 ……というか、漏れ聞こえてくるこいつらの会話、俺にはなにが何だかサッパリ分からん。

 外国に迷い込んじゃったみてーな気分だぜ……。

 こめかみを押さえてため息をつくと、ふと桐乃が、助けを求めるように俺の方を向いた。

 ……そんな泣きそうなツラすんじゃねぇよ。そうじゃねーだろよ、いつものおまえはさ!

 俺がぐっとこぶしにぎめようとしたところに、


「お待たせいたしましたぁ~♪ いもうとの手作りカレーだよっ、おにーいちゃんっ♪」

「あ、ども」


 ちょ、このクソメイド、すげえタイミングで持ってきやがって。メイドさんに『おにいちゃん』と呼ばせているところを妹に見られちゃったじゃねーか!? 台無しだよもう!

 いっそ殺せ……! 俺はしゆうふるえながらも妹を見つめた。桐乃はもうこっちを見ちゃいなかったが、構わない。俺はぐっと拳を握り締め、せんに力を込めた。

 なぁ桐乃、俺はなんにもしてやれねえ。でも、ちゃんとここで見ててやっから──

 がんれ! 頑張れ桐乃……! 頑張れっ! ひたすら俺は意味のない念を送り続けた。

 ちくしょう……!

 なにが手作りだ……この味、明らかにレトルトじゃねえか……!


 オフ会はそれから二時間ほど続き、最後にプレゼント交換みたいなことをやって終わった。

 桐乃は終始ろくなコミュニケーションが取れず、もちろん一人ひとりの友達も作れなかった……。

 さらに追い打ちをかけるように、桐乃に回ってきたプレゼントは、だれが持ってきたもんなんだか、見るからにショボイ、おもちゃのマジックハンド。

 ……ちょっ……こ、これはねえよ。いくらなんでも、あんまりだって。

 ビンゴの外れでも、もっとマシな賞品用意すんだろ……。

 一人ぽつんとうつむいて、しゅこしゅこハンドを開閉させている妹が、ホントびんで仕方ねえ。

 ……やべ、マジで涙出てきたわ……。

 おれの十七年の人生において、これほどまでに涙を誘う光景がかつてあっただろうか……。

 ちなみ俺はいま、店の外で、メンバーたちの集団から、ちょっとはなれた位置にいる。

 と、そこでコミュニティの管理人兼オフ会幹事の〝おり〟が、めのあいさつを述べ始めた。


「──皆様のご協力もありまして、記念すべき初めてのお茶会は、つつがなく終了したでござる! せつしや、心よりかんしやしておりますぞーっ!」


 楽しげなかんせいが上がる。さすがコミュニティの代表というべきか、あんな見てくれとしやべかたなのに、妙にオタクったちから人気があるらしい。一人ひとりだけタッパがあるもんだから、中学生を引率する先生みてえだ。


「──お茶会はひとまず! これで解散となりますが──まだまだ時間はあるよという方、会で仲良くなった友達ともっと話したいよという方は、それぞれ各自で二次会、三次会へと向かってくだされ! なお次回のもよおしについては、またトピックを立てますゆえ、ぜひともふるってご参加くだされ! では──解散っ!」


 わぁっとけんそうが広がった。別れのあいさつが飛び交い、「ねーこれからとらの穴に行こーよ」だの「二次会どこいくー?」だの「シードのカップリングについてみっちり語り合わない?」などとさそいの文句がやり取りされている。

 が、しかし──そんな楽しげなの中に、が妹・きりはいない。

 オフ会のメンバーは、二、三人ずつ連れだって、ポツポツとその場から離れていく。

 ちなみに〝沙織〟は、締めの言葉を発してからすぐ、猛ダッシュでどっかにいっちまった。

 急用でもあったのかね?

 ……そんなふうにして、ひとがほとんどなくなってからも、桐乃はその場にポツンと立ち尽くしていた。もしかしたらだれかが誘ってくれるんじゃないかと、あきらめようにも諦め切れないよう。ぐったりと疲れた表情で、肩を落としている。ばりっばりに決めたかわいいファッションも、いまとなってはむなしいばかり。……むちゃくちゃ逆効果だったもんなあ、それ。

 その姿はさながら、刀折れ矢尽きた敗残兵のようであった。しかも片手にはマジックハンド。

 そんなさびしげな妹のところへ、俺は帽子を脱いで、ゆっくりと近寄っていった。


「…………何も言うな。……おまえはよくがんったよ」


 ぽん、と頭に手を置いてやると、すぐさまバシッと払いのけられた。

 ……はいはい、情け無用な。

 桐乃はうつむいたまま、俺に顔を見せようとはしなかったが──

 そんだけ強がれりゃ上等だ。今回は失敗しちまったけど、反省して、立ち直って──何度だって挑戦すりゃあいいのさ。そうだろう?


「よっしゃ、桐乃──せっかくアキバにきたんだ。ちょっくらかんこうしていこうぜ」


 ばんっと背をたたいてやると、ようやく憎まれ口が返ってきた。


「ったいな……バカ。……大体なんなのさっき、いきなり水き出したりして……」

「いやおまえ、アレはしょうがねえだろうよ──」


 なんでもない会話をかわしていると、ふいにきりが「はぁっ」と大きなため息をついた。


「………………ぜんぜん話できなかった」

「……そうだな。ま、最初はこんなもんよ。気にするこたねーって」

「……そんなことない。……な、なんで……? あ、あたしっ、いつもどおりにやったつもりなのに……どうしてけられるわけっ? ……くぅぅ~……かつく。……むかつく。むかつくむかつくむかつく……っ……」


 イライラとぎしりしながら、見苦しくだんを踏む桐乃。


「…………」


 とがめる気にはなれなかった。おれにも覚えがあるからだ。悔しさとかかなしさを、怒りに変換することでしか紛らわすことができないときが、あるんだよな……。

 だが妹よ……むかつくのはホンットよく分かるんだけどさ……八つ当たりに、兄をっ飛ばすのはどうかと思うんだ。俺はそのへんのかべじゃないからね? 蹴られたら痛いんすよ。

 怒らないけどさ! いてぇけど、おまえも痛いんだろうから、今日きようだけは我慢してやる。


ってえ!? このガキャ……いくらなんでもヒールはやり過ぎだろうが!? クソ、我慢できっかこんなもん! そこまで俺はかんようになれねえよ!」


 そんなふうに、俺が必死で妹の八つ当たりに耐えていると。

 意外なやつが現われた。


「おぉ~~い! きりりん氏! ……ふぅっ、よかった! まだいてくださって!」

「あ、アンタ……さ、おりさん……?」


 息せき切って走り込んできたのは、コミュニティの管理人・沙織だった。


「おやおや、沙織さんなどと! せつしやときりりん氏の仲ではござらんか! 呼び捨てで結構! いやぁ~それにしてもよかったよかった。いま、ちょうどけいたいにご連絡差し上げようと思っていたところでござってな──」


 にかーっと笑う沙織。しっかしテンションけえ女だな。変テコな調ちようしやがって、ちょっと遠くで聞いてるぶんにゃ慣れたかと思ったけど、いざ話しかけられっとどうにも対応に困る。

 この相手にゃ桐乃も調ちようが狂ってしまうらしく、おずおずと、こう問うのが精一杯だったようだ。


「あ、あたしに何か──?」

「うむっ」


 沙織は口元をωこんなふうにしてうなずいた。こんな図体しくさって、妙にかわいいぐさをするやつである。ぐるぐる眼鏡めがねで半分隠れてしまっているが、間近でよく見りゃかなりととのった顔立ちをしている。だれかさんと違って、眼鏡外したら意外に美人なのかもしれない。

 さておき、沙織は指を一本立てて、こう言った。


「実は、これから二次会におさそいしようと思いましてな」

「えっ?」


 意外な申し出にとうわくするきり。返事をする間もなく、ぐるぐる眼鏡めがねおれの姿をとらえた。

刊行シリーズ

俺の妹がこんなに可愛いわけがない(17) 加奈子ifの書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(16) 黒猫if 下の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(15) 黒猫if 上の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(14) あやせif 下の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(13) あやせif 上の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(12)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(11)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(10)の書影
アニメ『俺の妹』がこんなに丸裸なわけがないの書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(9)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(8)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(7)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(6)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(5)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(4)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(3)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(2)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがないの書影