メニューを選ぶだけで疲労しつつある俺であったが、とにもかくにも一息ついた。
ぎしっと椅子を軋ませて、天を仰ぐ。
と、そこで扉が開き、団体客が姿を現わした。
からん、かららん──
「「お帰りなさいませ! ご主人様!」」
おっ、来たな。俺はバッグから野球帽を取り出し、目深に被る。
そしてさりげない仕草を装って、入口付近に視線を注いだ。
ぞろぞろっと、女の子の集団が入ってくる。桐乃の姿はまだ見えない。ふむ……やっぱりわりと地味め──失礼を承知でいえば垢抜けていない娘が多い気がする。
コスプレらしき衣装を着ている娘もちらほらと……ん?
──うおっ、一人すげえのがいんな!?
心の声とはいえ、あまりにも失礼な物言いだと思うかも知れない。だがな、アレを見てもそれが言えるかな? 俺は集団の先頭に立って入ってきた女の子? を注視した。
ええと……まずね? でかいんだわ。超でかい。とにかくでかい。
下手すっと180センチくらいあんじゃねーの……? まぁね、それだけ見りゃスーパーモデルもかくやってとこなんだろうが……そいつの服装がこれまた凄えの。見るからにオタク。
頭にバンダナ巻いて、ぐるぐる眼鏡をかけている。でもってチェックの長袖シャツの裾を、ズボンにインして、ごっついリュックサックを背負っている。
おまけにそのリュックに、丸めたポスターを挿しているときたもんだ。
……ようするに……テレビとかに出てくる『典型的なオタク像』そのものの格好をした、スパーモデルみてーな体格をした女の子? だ。
噓じゃねえって。俺だって信じられねえけどさ、現実にいるんだからしょうがねえだろ。
やべー、ビックリしすぎて喉がカラカラになってきた。
はー、東京ってのは、おっかねえところなんだなー……。勉強になったわ。
だいぶ頭が混乱してきたので、俺は水をがぶ飲みして、精神を沈静させようと試みた。
そんな俺の視線の先、件のでっかい女の子? が、メイドさんになにやら話しかけている。
「拙者、一時に予約していたものでござるが……」
……とんでもねえ喋り方だなこのでかぶつ。
顔色ひとつ変えないメイドさんからはプロの凄みを感じるね。
「はぁいっ。お名前うかがってもよろしいですかぁ?」
「沙織・バジーナ」
ブッ──!? 俺は盛大に水を噴いた。そのまま喉を押さえて咳き込む。
「……がはっ……げほごほげほっ……!?」
「きゃっ! だ、大丈夫ですかおにいちゃん!?」
メイドさんに背中をさすってもらいながら、俺はもだえ苦しんだ。やっべ気管に入った……!?「げはげはごほッ……!?」クソッ、瀕死の有様だが……
これだけは……これだけは突っ込んでおかねば、死んでも死に切れねえ……。
ハンドルネーム〝沙織〟さんってコイツかよ!? しかもバジーナて、日本人だろアンタ!?
っあ──そうだよなあ! コミュニティの名前からしてアレだったもんなあ!
まぁね? ネット上の人格と実物が一致しないのなんざ珍しくねーって、そんくらいは俺でも分かるよ。でもな、いくらなんでもこりゃあ詐欺ってもんだろ。
想像どおりの、清楚なお嬢様っぽい美少女が来るとは思っちゃいなかったけどさ──
アンタは斜め下にぶっ飛びすぎですから! 俺の十七年の生涯で最大級の衝撃だよ!
おそろしくタチの悪い出オチじゃねーか。なんてこった。この俺が、話したこともねえ初対面の相手に、こんな死ぬ気で突っ込んでしまうとは……。
「……ごほっ……はぁ……はぁ……ども、すんません、お騒がせしました……」
「いえいえ~。じゃ、代わりのお水、お持ちしますねっ♪ でもでもおにーちゃん? 次、やったら怒っちゃうゾ♡」
こつん。俺の頭を軽くゲンコツでつっつくメイドさん。突然のハプニングにも、メイドさんは慌てず騒がず奉仕の精神を忘れない。たいしたプロ根性である。
「くっ…………いやっ、ほんと申しわけない……」
俺は涙目で赤面した。しかもいまの騒動で、店内の視線をクギ付けにしてしまったらしい。
ちらほらいる男性客たちから『貴様、うまくやりやがって……』という嫉妬の視線が、ビシバシ突き刺さってくるのが分かる。
いやいや! ワザとじゃないっすよ!? ああっ、居づらくなっちゃったよ畜生~!
チラッ。再び入口付近に視線を向けると、桐乃が『なに目立ってんだ殺すぞコラ』という視線で腕を組んでいた。──だってしょうがねえじゃん!? バジーナのせいだって!
俺が目線だけで訴えると、
「…………ふんっ」
アイコンタクトが通じたのかどうなのか、桐乃はふいっとそっぽを向いた。
……しっかしアイツ……めちゃくちゃ浮いちまってんなぁ。
それもそのはずで『オタクっ娘あつまれー』の面子は(でかいのを除き)若干地味めの女の子や、コスプレじみた格好をした、やはり大人しそうな女の子ばかりが揃っている。ちなみに髪を染めている子はほとんどいない。
そんな中に、気合ばりばりでコーディネイト決めてきたティーン誌モデル様(茶髪)が混じってんだもんな──そりゃあ浮くって。
そこで、入口付近に溜まって誘導待ちをしていたコミュニティメンバーたちのところへ、メイドさんが二人連れだってやってきて一礼した。
「たいへんお待たせいたしましたぁ~。それでは、お席にご案内いたしま~す♪」
メイドさんに導かれ、ぞろぞろと女の子の集団が奥に入ってくる。
桐乃たちが通されたのは店の最奥だ。テーブルを複数くっつけて団体席にしてある。
およそ十人のオタクっ娘は幾つかのグループに自然と分かれ、お喋りをしながら席を選んでいく。漏れ聞こえてくる会話からすっと、どうやらこれがこのコミュニティで初のオフ会らしい。つまりほぼ全員が初対面ってわけだ──が。
「…………………………」
……き、桐乃のやつ、孤立しちゃってるじゃねえか……。
隅っこの方でぽつんと一人きりで座っている桐乃。妙に姿勢を正して、落ちつきなくきょろきょろしている。ちょうど小学校とかで、『お友達同士でグループ分けしなさい』と言われて、余っちゃった子みてーだ……。
これは切ねえ────俺は胸を押さえて歯を食い縛った。
「あの……」
そんな具合に桐乃が恐る恐る話しかけても、二言三言話しただけで、会話が止まってしまう。
お互いに相手を警戒しているような感じだ。同じ趣味の集まりのはずなのに、全然そうは見えない。言葉が通じてないというか……目に見えない壁があるというか……。
俺は舌打ちをした。
だよな……こうなるんじゃねーかって……薄々は、思ってたんだよ……
桐乃はいつも『下郎め、寄るでない』みたいな姫様オーラをびりびり放出している。
華があって、垢抜けていて──同属性のヤツ以外を遠ざけてしまう雰囲気。
もちろん学校では、それでもいいんだろう。クラスにゃ色んなヤツがいるから、同じ属性同士で集まって、つるんで──グループを形成する。
でもって桐乃は、クラスで一番華のあるグループで、さらに中心的な存在として君臨していたわけだ。そこでは気合入れてファッション決めて、かわいくあればそれでよかった。
トゲのある姫様オーラは、同属性のヤツらを惹き付けるカリスマとして機能していた。
だけど、いまここでは、そうじゃない。桐乃が仲良くなろうとしているのは、学校でつるんでいる連中とは全然違う属性を持つ女の子たちだからだ。いまの状況を喩えるなら、そうだな。
羊の群れの中に、『羊と仲良くなりたい狼』を放り入れたようなもんだろ……。
狼がどんなに必死に話しかけようが、羊の方はビビリまくった上で『なんでコイツが、あたしたちの群れに混じっているの?』──と、なっちまう。
「~~~~っ」