第三章 ③

 メニューを選ぶだけで疲労しつつある俺であったが、とにもかくにも一息ついた。

 ぎしっときしませて、天をあおぐ。

 と、そこで扉が開き、団体客が姿を現わした。

 からん、かららん──


「「お帰りなさいませ! ご主人様!」」


 おっ、来たな。俺はバッグから野球帽を取り出し、ぶかかぶる。

 そしてさりげないぐさよそおって、入口付近にせんを注いだ。

 ぞろぞろっと、女の子の集団が入ってくる。きりの姿はまだ見えない。ふむ……やっぱりわりと地味め──失礼を承知でいえばあかけていないが多い気がする。

 コスプレらしきしようを着ている娘もちらほらと……ん?

 ──うおっ、一人ひとりすげえのがいんな!?

 心の声とはいえ、あまりにも失礼な物言いだと思うかも知れない。だがな、アレを見てもそれが言えるかな? 俺は集団の先頭に立って入ってきた女の子? を注視した。

 ええと……まずね? んだわ。超でかい。とにかくでかい。

 すっと180センチくらいあんじゃねーの……? まぁね、それだけ見りゃスーパーモデルもかくやってとこなんだろうが……そいつのふくそうがこれまたすげえの。見るからにオタク。

 頭にバンダナ巻いて、ぐるぐる眼鏡めがねをかけている。でもってチェックのながそでシャツのすそを、ズボンにインして、ごっついリュックサックを背負っている。

 おまけにそのリュックに、丸めたポスターをしているときたもんだ。

 ……ようするに……テレビとかに出てくる『典型的なオタク像』そのものの格好をした、スパーモデルみてーな体格をした女の子? だ。

 うそじゃねえって。俺だって信じられねえけどさ、現実にいるんだからしょうがねえだろ。

 やべー、ビックリしすぎてのどがカラカラになってきた。

 はー、とうきようってのは、おっかねえところなんだなー……。勉強になったわ。

 だいぶ頭が混乱してきたので、おれは水をがぶ飲みして、精神を沈静させようと試みた。

 そんな俺のせんの先、くだんのでっかい女の子? が、メイドさんになにやら話しかけている。


せつしや、一時に予約していたものでござるが……」


 ……とんでもねえしやべかただなこのでかぶつ。

 顔色ひとつ変えないメイドさんからはプロのすごみを感じるね。


「はぁいっ。お名前うかがってもよろしいですかぁ?」

おり・バジーナ」


 ブッ──!? 俺は盛大に水をいた。そのままのどを押さえてき込む。


「……がはっ……げほごほげほっ……!?」

「きゃっ! だ、大丈夫ですかおにいちゃん!?」


 メイドさんに背中をさすってもらいながら、俺はもだえ苦しんだ。やっべ気管に入った……!?「げはげはごほッ……!?」クソッ、ひんの有様だが……

 これだけは……これだけは突っ込んでおかねば、死んでも死に切れねえ……。

 ハンドルネーム〝沙織〟さんってコイツかよ!? しかもバジーナて、日本人だろアンタ!?

 っあ──そうだよなあ! コミュニティの名前からしてアレだったもんなあ!

 まぁね? ネット上の人格と実物が一致しないのなんざ珍しくねーって、そんくらいは俺でも分かるよ。でもな、いくらなんでもこりゃあってもんだろ。

 想像どおりの、せいなおじようさまっぽい美少女が来るとは思っちゃいなかったけどさ──

 アンタは斜め下にぶっ飛びすぎですから! 俺の十七年のしようがいで最大級のしようげきだよ!

 おそろしくタチの悪い出オチじゃねーか。なんてこった。この俺が、話したこともねえ初対面の相手に、こんな死ぬ気で突っ込んでしまうとは……。


「……ごほっ……はぁ……はぁ……ども、すんません、おさわがせしました……」

「いえいえ~。じゃ、代わりのお水、お持ちしますねっ♪ でもでもおにーちゃん? 次、やったら怒っちゃうゾ♡」


 こつん。俺の頭を軽くゲンコツでつっつくメイドさん。突然のハプニングにも、メイドさんはあわてず騒がず奉仕の精神を忘れない。たいしたプロ根性である。


「くっ…………いやっ、ほんと申しわけない……」


 俺は涙目で赤面した。しかもいまのそうどうで、店内の視線をクギ付けにしてしまったらしい。

 ちらほらいる男性客たちから『貴様、うまくやりやがって……』というしつの視線が、ビシバシ突き刺さってくるのが分かる。

 いやいや! ワザとじゃないっすよ!? ああっ、居づらくなっちゃったよちくしよう~!

 チラッ。再び入口付近に視線を向けると、きりが『なに目立ってんだ殺すぞコラ』という視線で腕を組んでいた。──だってしょうがねえじゃん!? バジーナのせいだって!

 俺が目線だけで訴えると、


「…………ふんっ」


 アイコンタクトが通じたのかどうなのか、きりはふいっとそっぽを向いた。

 ……しっかしアイツ……めちゃくちゃ浮いちまってんなぁ。

 それもそのはずで『オタクっあつまれー』の面子メンツは(でかいのを除き)じやつかん地味めの女の子や、コスプレじみた格好をした、やはり大人おとなしそうな女の子ばかりがそろっている。ちなみに髪を染めている子はほとんどいない。

 そんな中に、気合ばりばりでコーディネイト決めてきたティーン誌モデル様(茶髪)が混じってんだもんな──そりゃあ浮くって。

 そこで、入口付近にまってゆうどう待ちをしていたコミュニティメンバーたちのところへ、メイドさんが二人ふたり連れだってやってきて一礼した。


「たいへんお待たせいたしましたぁ~。それでは、お席にご案内いたしま~す♪」


 メイドさんにみちびかれ、ぞろぞろと女の子の集団が奥に入ってくる。

 桐乃たちが通されたのは店のさいおうだ。テーブルを複数くっつけて団体席にしてある。

 およそ十人のオタクっ娘は幾つかのグループに自然と分かれ、おしやべりをしながら席を選んでいく。漏れ聞こえてくる会話からすっと、どうやらこれがこのコミュニティで初のオフ会らしい。つまりほぼ全員が初対面ってわけだ──が。


「…………………………」


 ……き、桐乃のやつ、孤立しちゃってるじゃねえか……。

 すみっこの方でぽつんと一人ひとりきりで座っている桐乃。妙に姿勢を正して、落ちつきなくきょろきょろしている。ちょうど小学校とかで、『お友達同士でグループ分けしなさい』と言われて、余っちゃった子みてーだ……。

 これは切ねえ────おれは胸を押さえて歯をしばった。


「あの……」


 そんな具合に桐乃が恐る恐る話しかけても、二言三言話しただけで、会話が止まってしまう。

 お互いに相手をけいかいしているような感じだ。同じしゆの集まりのはずなのに、全然そうは見えない。言葉が通じてないというか……目に見えないかべがあるというか……。

 俺は舌打ちをした。

 だよな……こうなるんじゃねーかって……うすうすは、思ってたんだよ……

 桐乃はいつも『下郎め、寄るでない』みたいな姫様オーラをびりびり放出している。

 はながあって、あかけていて──同属性のヤツ以外を遠ざけてしまう雰囲気トゲ

 もちろん学校では、それでもいいんだろう。クラスにゃいろんなヤツがいるから、同じ属性同士で集まって、つるんで──グループを形成する。

 でもって桐乃は、クラスで一番華のあるグループで、さらに中心的な存在としてくんりんしていたわけだ。では気合入れてファッション決めて、かわいくあればそれでよかった。

 トゲのある姫様オーラは、同属性のヤツらをき付けるカリスマとしてのうしていた。

 だけど、いまここでは、そうじゃない。きりが仲良くなろうとしているのは、学校でつるんでいる連中とは全然違う属性を持つ女の子たちだからだ。いまの状況をたとえるなら、そうだな。

 ひつじの群れの中に、『羊と仲良くなりたいおおかみ』を放り入れたようなもんだろ……。

 狼がどんなに必死に話しかけようが、羊の方はビビリまくった上で『なんでコイツが、あたしたちの群れに混じっているの?』──と、なっちまう。


「~~~~っ」

刊行シリーズ

俺の妹がこんなに可愛いわけがない(17) 加奈子ifの書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(16) 黒猫if 下の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(15) 黒猫if 上の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(14) あやせif 下の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(13) あやせif 上の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(12)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(11)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(10)の書影
アニメ『俺の妹』がこんなに丸裸なわけがないの書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(9)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(8)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(7)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(6)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(5)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(4)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(3)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(2)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがないの書影