第三章 ②

 それこそおだいやら渋谷へ行けと言いたくなる格好。

 無地のシャツにジーンズなんつー格好の俺とは、なるほど釣り合うまい。

 でもな……。もう遅いから言わないけど。おまえ……今日きようの集まりに、その格好で出るのかよ……たしかにかわいいんだけどさあ。……ったく、大丈夫かな。


「よし。ンじゃこっからはいつたん別行動な。おまえ待ち合わせここだろ? おれは先に店行ってスタンバってるから」

「え? あ……うん。分かった」

「心細そうな顔すんなって。ちゃんと見ててやっから」

「──そ、そんな顔してない。バカじゃん、さっさと行けば?」

「へーへー。──じゃあな」


 俺は軽く片手を挙げて、妹に背を向けた。

 きりがゲーマーズ本店と呼んでいた店のわきをとおり、大通りに出る。すぐそばの店先には、ごちゃっとゲームやらコードっぽいものやらが雑多に並んでおり、一見しただけでは何を売っているんだか分からない。俺は、ガキのころに通っていたを連想した。別に買うものなんかねーのに、妙にわくわくしてくるところも似てる。

 ……にぎわってんなー。

 この辺はさすがにんでいる。もっともさわがしかったころのあきばらでは、この大通りでゲリラライブ的なものが行われていたこともあるらしい。かつてと比べると、こんにちの賑わいは多少落ち着いているのだろうが──

 ……はー、祭りみてーだ。

 それでも俺は、そう思った。

 俺は感心しつつ、肩にかけたバッグから、プリントアウトした地図を取り出して眺める。

 ……あ、道こっちじゃねえや。ぜんぜん逆じゃん。

 俺は一旦、引き返すために振り返ったのだが、そこには依然として桐乃が立っている。

 さつそうと歩いてきた手前、Uターンするわけにはいかない。俺は電気屋がのきを連ねる大通りには向かわず、左折した。交差点をさらに左折、直進──鉄橋の下をくぐり抜けて先へと進むと、やがて右手に細長い建物が見えてくる。

 しよせんブックタワー、と地図にはある。この辺まで来ると、オタクの町という感じはずいぶんうすれ、周囲の印象はごく普通の駅前と変わらなくなる。

 俺は横断歩道をわたり、ブックタワーの入口付近で立ち止まった。

 ……えーと、こっちでいいんだよな?

 俺はそのまま、道路沿いに直進した。地図に従って数分歩くと、周囲の町並みが、かんせいな住宅街というぜいに変わった。地図のとおりなら、このあたりにカフェがあるはずなんだが……


「と、ここか」


 俺は足を止め、ロッジ風の建物を見上げる。カフェ『プリティガーデン』のがいかんは、しようしやな白い小屋という印象。ごく短い階段を上り木製の扉を開くと、快い鈴のひびいた。

 からん、かららん──


「「お帰りなさいませ! ご主人様!」」


 エプロンドレスのメイドさんたちが、声をそろえておれを出迎えた。

 俺は見なかったことにして扉を閉めた。


「……………………ど、どどど、どういう……ことだ……?」


 両手で扉を固く押えつけながら、つぶやく。いや、分かってる。分かってるんだって……でもちょっと待ってくれ。脳が事態をせいできてないから。

 周りが普通の町並みだからって、ここがアキバだっつーことを忘れてた……。

 うわさには聞いたことがある……。こ、これがいわゆる、アレ……

 ──メイドきつだったのかよ、ここっ!?

 ようやく脳が状況を理解し、遅ればせながら脳内で突っ込みが言語化された。

 すうはあと深呼吸し、恐る恐る、再び扉を開ける。

 からん、かららん──


「「お帰りなさいませ! ご主人様!」」


 さっきと同じ光景が、再び展開された。……クソ、やっぱり幻じゃなかったようだぜ……。

 俺を出迎えるために、ぱたぱたとかわいらしい挙動で、メイドさんが寄ってくる。

 白いふりふりのエプロン姿。やたらと短いスカートと、長いソックスを穿いている。

 とにかくかわいさ重視のしようだった。

 内心帰りたくてしょうがなくなっていた俺ではあったが、先に行ってスタンバってると約束しちまった以上、ここで引き返すわけにはいかない。覚悟を決めて一歩を踏み出す。

 こうさかきようすけ、十七歳。メイド喫茶、はつたいけん……


「一名様でございますか、ご主人様?」

「は、はあ……」

「はぁい、それでは、こちらへどうぞ~♪」


 メイドさんに連れられ、俺は一人ひとり用の席へと案内された。ないそうは普通の喫茶店だ。ややうすぐらい店内を、だいだいいろあかりが照らしている。調ちようもどことなくアンティークっぽくて、ようかんの雰囲気がよく出ていると思う。ちなみに昼時だってのにわりといている。オフ会のヤツらが予約してんのかもな。


「こちらのお席でよろしいですかぁ?」

「ええ、あ、ども」


 俺はメイドさんにを引いてもらって、席に着いた。なーんか妙にきようしゆくしちまうなあ。

 どのメイドさんも結構かわいい顔をしているし。


「こちらがメニューです♪ ご主人様。──呼び方のオーダーはございますかぁ?」

「え? な、なんすかそれ?」

「はい♪ わたくしどもがぁ、ご主人様のことをどう呼ぶか、決めてくださいっ。ちなみにメニューは『ご主人様』『だん様』『~~くん』『~~ちゃん』『おにいちゃん』『おにい様』など、各種取りそろえておりまぁす♪」


 ……メイドきつ、恐るべし。くっくくく……一介の高校生にゃハードル高い展開だぜ……。

 もう笑うしかねえ。なるようになれだ。おれは不敵なみを浮かべて言った。


「……いやその、なんでもいいっす」

「そうですかぁ? じゃあ、『おにぃちゃん』って呼ぶね? おにぃちゃん♪」


 と、いきなり態度がれしくなるメイドさん。この時点ですでにメイドじゃないという突っ込みはすいなんだろうな……。大体このメイドさん、明らかに超えてるし……。


「なにか言った? おにぃちゃん?」

「いえいえ!」


 おっかねえな。心読まれたかと思ったわ。俺が手の甲でひたいぬぐっていると、メイドさんが水を運んできてくれた。ありがたくのどうるおしながら、メニューを眺める。

 まだ昼飯食ってないからなー……なんかハラにたまるもんを……と……。


「…………?」


 俺はこんわくの表情で、メニューの項目をざっと眺めた。どうしてかって?

 ん……まぁなんだ、とりあえず数例を挙げてみよう。


 ♡らんちっ♡

 メイドさんのらぶらぶオムライス(ケチャップorオタフク) 900円

 いもうとの手作りカレー(ぱるぷんて味 べぎらごん味 ざらき味)1000円

 ツンデレ委員長の特製ラーメン 800円

 ♡どりんくっ♡

 スピリット・オブ・サイヤン 300円 超神水 300円 神精樹ジュース 300円


 ──どうだ、よく分からんだろう。ランチは食い物の名前がくっついてるからまだいいが、ドリンクにいたっては何が出てくるのかまったく想像がつかねえ。どうしろと?

 仕方ないのでメイドさんに聞いてみた。


「すんません、この……すぴりっと……おぶ……さいやんってなんすか?」

「はい♪ そちらは野菜ジュースですよっ、おにーいちゃんっ」


 じゃあ野菜ジュースって書けや。──とはもちろん言わない。そういうモンなんだろうし。

 ちなみに『超神水=サイダー』、『神精樹ジュース=フルーツミックスジュース』らしい。


「ご注文はお決まりですか? おにぃちゃん」

「いえまだっす……すんません」


 情けないことに、きんちようして敬語になってしまう……。


「ちなみにわたしのオススメはぁ。──いもうとの手作りカレーでぇす。わたしの手作りなんだよっ、おにぃちゃん♡」

「じゃ、じゃあそれで」


 クソ。このアマ、さりげなく一番高いのを選びやがって……いや、流されるおれが悪いんだけどさ……。


「オーダー入りましたぁ♪ いもうとの手作りカレー・ざらき味よろしくでぇっす♪」


 しかもザラキ味かよ。とりわけヤバそうなのじゃねーか。くっ……もうどうにでもなれ。

 まぁ、さすがにえないしろものは出てこんだろう……な?


「はぁ……やれやれ」

刊行シリーズ

俺の妹がこんなに可愛いわけがない(17) 加奈子ifの書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(16) 黒猫if 下の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(15) 黒猫if 上の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(14) あやせif 下の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(13) あやせif 上の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(12)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(11)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(10)の書影
アニメ『俺の妹』がこんなに丸裸なわけがないの書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(9)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(8)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(7)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(6)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(5)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(4)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(3)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(2)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがないの書影