『オタクっ娘あつまれー』コミュニティの管理人から色よいメッセージが返ってきたのは、翌日のことだった。
学校から帰宅した俺は、例のごとく桐乃に部屋まで引き摺り込まれ、現在、コミュニティの管理人・ハンドルネーム〝沙織〟さんからの返信メッセージを読んでいるという次第。
『はじめまして、きりりん様。「オタクっ娘あつまれー」コミュニティの管理人を務めております、〝沙織〟と申します。……さっそくですが、コミュニティへの参加希望メッセージ、ありがとうございました。──もちろん承認させていただきますわ。歳も趣味も近しいあなたとなら、きっと素敵なお友達になれると思いますの。もしよろしければ……近日開催を予定しておりますお茶会にもご参加くださいませ。たくさんお話したいですわ。……どうかご検討くださいな。──それでは、今後ともよろしくお願いいたします』
「ハンドルネーム〝沙織〟さん……ね。へぇ……この管理人さん、ずいぶんと丁寧な人みてーだなぁ」
俺はこの文面から、深窓の令嬢然とした雰囲気を感じ取ったね。なんつーか、こう、匂い立つような気品があるもん。あと、儚げな感じ? 俺の勘が、間違いなく美少女だと言っている。
気付いたら桐乃が、汚物を見る瞳を俺に向けていた。
「……キモ、なにニヤニヤしてんの?」
「ニヤついてなんかねえよ。いい人そうでよかったって、思っただけだ」
「まぁ……ね。清楚なお嬢様系? ……なーんか想像つかないな。あたしのクラスには、そういうタイプいないし」
そうだな。おまえの友達って、おまえ自身も含めて派手派手しいのばっかだもんな。華があって垢抜けちゃいるんだろうけど、近寄りがたいっつーかさ。同属性のヤツ以外を遠ざけちゃう雰囲気があるんだよな。トゲがあって、そばにいられっとチクチクすんだよ。
「で、もちろん参加すんだよな?」
「…………うん、する」
桐乃は、何故か渋い顔で頷く。ったく、こいつ、この前からこんな感じなんだよな……心配ごとがあんのに、言えずに隠している、みたいな。年上の男と交流すんのが恐いっつー問題は解決したわけだから……それ以外で何かあんのかね? 気になって聞いてみても、
「なぁ、やっぱおまえ、何か心配ごとでもあんの?」
「別にぃ」
とまぁ、こうだ。どうやら言いたくないらしいな。だったら俺は何もしてやれん。……もどかしいけどな。へっ、せめて激励くらいはしてやんよ。
「そっか、ま、頑張れや」
「は? なに他人事みたいなこと言ってんの?」
桐乃は『豚は死ね』みたいな瞳で俺を串刺しにした。温かい激励を投げかけてやったはずなのに、返ってくるのが冷たい侮蔑ってどういうことよ? なにこの間違った等価交換。
眉間に縦ジワを刻んだ俺に向かって、桐乃は、
「人生相談。続き」
単語ブツ切りで呟く。それからさも当然のことを命じるかのような調子でこう言った。
「一緒に来てよ」
……すげえこと言いやがるな、この女。
「………………あのな、女だけの会合に、男の俺がどうやって参加するというんだおまえは?」
「女装でもすれば?」
「しねぇ──よ! しれっと言うけどな、もしもバレたら俺は、女だらけのオフ会にそれほどのリスクをおかしてまで参加したかった変態野郎ということになんじゃねえか!?」
「大丈夫。その程度のリスクは覚悟の上だから」
「おまえの話じゃねえ!? 俺! 俺が、変態の汚名を被るリスクを負う覚悟はねえっつってんの! 全然大丈夫じゃねえよ!」
大体だな──
「俺が女装したって、絶対一瞬でバレるだろうが」
「……そっか、そだよね……」
桐乃はようやく納得してくれたらしい。数回しみじみと頷いてから、唇を尖らせてぼやいた。
「……なんで美形に生まれなかったの?」
「ブッ飛ばすぞこの野郎! おまえの全発言中、いまのが一番傷ついたわ! その哀れむような視線をいますぐやめろ!」
そこまで抗議してやっと、桐乃は俺から視線をそらし、チッと忌々しげに舌を打った。
「仕方ないな……。じゃ、もっと正攻法でいこっか」
「まるで俺がオフ会に行きたくて行きたくて、おまえに頼み込んでいるかのような台詞だな。……まあいい、一応聞いてやるから言ってみろ。正攻法ってなんだよ?」
「あたしがこれから〝沙織〟さんに『あたしの知人(十七歳・男)が、どうしても女の子だらけのお茶会に参加したいと言って聞かないんです。かわいそうなので一緒に連れて行ってあげてもいいでしょうか?』ってメッセージを送るとかどう?」
「それは『こそこそした変態』と『堂々とした変態』の違いでしかないな」
つーか、普通に断られんだろ。女だけの集まりなんだし、大顰蹙喰らうって。
そう伝えると、桐乃はご機嫌斜めになってしまった。下唇を嚙んで、俺を睨んでくる。
「──じゃあどうすんの?」
「だから俺が一緒に参加すんのは無理だって──ああもう、そんな睨むんじゃねえよっ。わーったって……ええっと」
俺はディスプレイに映る『オタクっ娘あつまれー』コミュニティのページを見る。
オフ会のトピックにポインタを合わせてクリックすると、詳細が表示された。
「ほら、この場所……カフェか? 別に当日貸し切りってわけでもねーんだろ? そんなら、そばの席に俺も座っててやるよ。それでまあ、口出しとかはできねーけど、見ててやるから」
自分で言っててなんだけど、ただそばで座ってるだけじゃ意味ないよな。
当然桐乃からは侮蔑の言葉が飛んでくるものとばかり思っていたのだが、
「……分かった。それでいい」
桐乃は、何でか知らんが素直に頷いた。意表を衝かれた俺は、目を見張ってしまう。
「そ、そか」
そういやこいつ、どうして俺についてきて欲しいなんて言ったんだろうね? 聞くタイミングを逃しちまったけど……俺がそばにいるだけでいいって……? 分っかんねえなァ~……。
まぁ、ともかくそういうわけで。次の日曜日、俺は『オタクっ娘あつまれー』コミュニティのオフ会に出陣する妹を、草葉の陰から見守ることになったのである。
あっという間にオフ会の当日がやってきた。
最寄り駅から電車に乗って一時間半。現在位置は、JR秋葉原駅・電気街口である。
休日の昼過ぎ。噂のアキバとやらはさぞやゴミゴミと混雑しているのだろうと思っていたが、わりとそうでもない。駅構内や駅前の光景だけを眺めている限りでは、むしろきっかり整備されていて、洗練された印象を受ける。
「ラジオ会館! ゲーマーズ本店っ! ……おぉっ」
桐乃は、声を小さく抑えながらも、感動を隠し切れていない様子。
……浮かれてやがんなあ、こいつ。俺のみならず桐乃も、秋葉原に来たのは初めてらしい。こいつの行動範囲は同じ東京でも渋谷だの原宿だのなんだろう。グッズこそどっさり持っていたが、オタクとしてはビギナーなのかもしれない。俺は携帯で時間を確認する。
「おい桐乃。もうそんなに時間ねえぞ? 店回りたいなら、オフ会終わってからにしろ」
「分かってるって。ってか、あんまそば寄んないで。デートしてると思われたらヤじゃん」
「………………」
そんなひどい口を叩く桐乃は、初めてのオフ会ということで、非常に気合の入った格好をしていた。大きく肩を露出させた、大人っぽい服だ。下はマイクロミニスカートとブーツ。でもって要所要所には高そうなアクセサリーときたもんだ。
ファッションなんかにはうとい俺にでも分かるレベルで垢抜けている。