第三章 ①

『オタクっあつまれー』コミュニティの管理人から色よいメッセージが返ってきたのは、翌日のことだった。

 学校から帰宅したおれは、例のごとくきりまでり込まれ、現在、コミュニティの管理人・ハンドルネーム〝おり〟さんからの返信メッセージを読んでいるという次第。



『はじめまして、きりりん様。「オタクっ娘あつまれー」コミュニティの管理人を務めております、〝沙織〟と申します。……さっそくですが、コミュニティへの参加希望メッセージ、ありがとうございました。──もちろん承認させていただきますわ。とししゆも近しいあなたとなら、きっと素敵すてきなお友達になれると思いますの。もしよろしければ……近日かいさいを予定しておりますお茶会にもご参加くださいませ。たくさんお話したいですわ。……どうかご検討くださいな。──それでは、今後ともよろしくおねがいいたします』



「ハンドルネーム〝沙織〟さん……ね。へぇ……この管理人さん、ずいぶんとていねいな人みてーだなぁ」


 俺はこの文面から、しんそうれいじようぜんとした雰囲気を感じ取ったね。なんつーか、こう、におい立つような気品があるもん。あと、はかなげな感じ? 俺のかんが、間違いなく美少女だと言っている。

 気付いたら桐乃が、汚物を見るひとみを俺に向けていた。


「……キモ、なにニヤニヤしてんの?」

「ニヤついてなんかねえよ。いい人そうでよかったって、思っただけだ」

「まぁ……ね。せいなお嬢様系? ……なーんか想像つかないな。あたしのクラスには、そういうタイプいないし」


 そうだな。おまえの友達って、おまえ自身も含めてしいのばっかだもんな。はながあってあかけちゃいるんだろうけど、近寄りがたいっつーかさ。同属性のヤツ以外を遠ざけちゃう雰囲気があるんだよな。トゲがあって、そばにいられっとチクチクすんだよ。


「で、もちろん参加すんだよな?」

「…………うん、する」


 桐乃は、か渋い顔でうなずく。ったく、こいつ、この前からこんな感じなんだよな……心配ごとがあんのに、言えずに隠している、みたいな。年上の男と交流すんのがこわいっつー問題は解決したわけだから……それ以外で何かあんのかね? 気になって聞いてみても、


「なぁ、やっぱおまえ、何か心配ごとでもあんの?」

「別にぃ」


 とまぁ、こうだ。どうやら言いたくないらしいな。だったら俺は何もしてやれん。……もどかしいけどな。へっ、せめてげきれいくらいはしてやんよ。


「そっか、ま、がんれや」

「は? なにごとみたいなこと言ってんの?」


 きりは『豚は死ね』みたいなひとみおれくししにした。温かいげきれいを投げかけてやったはずなのに、返ってくるのが冷たいべつってどういうことよ? なにこの間違った等価交換。

 けんたてジワを刻んだ俺に向かって、桐乃は、


「人生そうだん。続き」


 単語ブツ切りでつぶやく。それからさも当然のことを命じるかのような調ちようでこう言った。


いつしよに来てよ」


 ……すげえこと言いやがるな、この女。


「………………あのな、女だけの会合に、男の俺がどうやって参加するというんだおまえは?」

じよそうでもすれば?」

「しねぇ──よ! しれっと言うけどな、もしもバレたら俺は、女だらけのオフ会にそれほどのリスクをおかしてまで参加したかった変態野郎ということになんじゃねえか!?」

「大丈夫。その程度のリスクは覚悟の上だから」

「おまえの話じゃねえ!? 俺! 俺が、変態のめいかぶるリスクを負う覚悟はねえっつってんの! 全然大丈夫じゃねえよ!」


 大体だな──


「俺が女装したって、絶対いつしゆんでバレるだろうが」

「……そっか、そだよね……」


 桐乃はようやく納得してくれたらしい。数回しみじみとうなずいてから、唇をとがらせてぼやいた。


「……なんで美形に生まれなかったの?」

「ブッ飛ばすぞこの野郎! おまえの全発言中、いまのが一番傷ついたわ! そのあわれむようなせんをいますぐやめろ!」


 そこまでこうしてやっと、桐乃は俺から視線をそらし、チッといまいましげに舌を打った。


「仕方ないな……。じゃ、もっと正攻法でいこっか」

「まるで俺がオフ会に行きたくて行きたくて、おまえに頼み込んでいるかのような台詞せりふだな。……まあいい、一応聞いてやるから言ってみろ。正攻法ってなんだよ?」

「あたしがこれから〝おり〟さんに『あたしの知人(十七歳・男)が、どうしても女の子だらけのお茶会に参加したいと言って聞かないんです。かわいそうなので一緒に連れて行ってあげてもいいでしょうか?』ってメッセージを送るとかどう?」

「それは『こそこそした変態』と『堂々とした変態』の違いでしかないな」


 つーか、普通に断られんだろ。女だけの集まりなんだし、だいひんしゆくらうって。

 そう伝えると、桐乃はごげんななめになってしまった。下唇をんで、俺をにらんでくる。


「──じゃあどうすんの?」

「だから俺が一緒に参加すんのは無理だって──ああもう、そんな睨むんじゃねえよっ。わーったって……ええっと」


 おれはディスプレイに映る『オタクっあつまれー』コミュニティのページを見る。

 オフ会のトピックにポインタを合わせてクリックすると、しようさいが表示された。


「ほら、この場所……カフェか? 別に当日貸し切りってわけでもねーんだろ? そんなら、そばの席に俺も座っててやるよ。それでまあ、口出しとかはできねーけど、見ててやるから」


 自分で言っててなんだけど、ただそばで座ってるだけじゃ意味ないよな。

 当然きりからはべつの言葉が飛んでくるものとばかり思っていたのだが、


「……分かった。それでいい」


 桐乃は、何でか知らんが素直にうなずいた。意表をかれた俺は、目を見張ってしまう。


「そ、そか」


 そういやこいつ、どうして俺についてきて欲しいなんて言ったんだろうね? 聞くタイミングを逃しちまったけど……俺がそばにいるだけでいいって……? 分っかんねえなァ~……。

 まぁ、ともかくそういうわけで。次のにちよう、俺は『オタクっ娘あつまれー』コミュニティのオフ会に出陣する妹を、草葉の陰から見守ることになったのである。


 あっという間にオフ会の当日がやってきた。

 えきから電車に乗って一時間半。現在位置は、JRあきばら駅・電気街口である。

 休日の昼過ぎ。うわさのアキバとやらはさぞやゴミゴミと混雑しているのだろうと思っていたが、わりとそうでもない。駅構内や駅前の光景だけを眺めている限りでは、むしろきっかりせいされていて、洗練された印象を受ける。


「ラジオかいかん! ゲーマーズ本店っ! ……おぉっ」


 桐乃は、声を小さく抑えながらも、感動を隠し切れていないよう

 ……浮かれてやがんなあ、こいつ。俺のみならず桐乃も、秋葉原に来たのは初めてらしい。こいつの行動はんは同じとうきようでもしぶだのはら宿じゆくだのなんだろう。グッズこそどっさり持っていたが、オタクとしてはビギナーなのかもしれない。俺はけいたいで時間をかくにんする。


「おい桐乃。もうそんなに時間ねえぞ? 店回りたいなら、オフ会終わってからにしろ」

「分かってるって。ってか、あんまそば寄んないで。デートしてると思われたらヤじゃん」

「………………」


 そんなひどい口をたたく桐乃は、初めてのオフ会ということで、非常に気合の入った格好をしていた。大きく肩をしゆつさせた、大人おとなっぽい服だ。下はマイクロミニスカートとブーツ。でもって要所要所には高そうなアクセサリーときたもんだ。

 ファッションなんかにはうとい俺にでも分かるレベルであかけている。

刊行シリーズ

俺の妹がこんなに可愛いわけがない(17) 加奈子ifの書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(16) 黒猫if 下の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(15) 黒猫if 上の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(14) あやせif 下の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(13) あやせif 上の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(12)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(11)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(10)の書影
アニメ『俺の妹』がこんなに丸裸なわけがないの書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(9)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(8)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(7)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(6)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(5)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(4)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(3)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(2)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがないの書影