第二章 ⑧

「あー、入会するのに紹介状いるんだ……。めんどくさいなあ……」

「おまえガッコにゃ友達いっぱいいるんだろ? いまからメールでもなんでもして、SNS入ってるヤツから紹介状もらえばいいじゃん」

「バカ。ほんっとバカ。表の顔と裏の顔、いつしよにできるわけないでしょ? こういうのって足跡残るんだから」

「そ、そうか……」


 すげえな、顔に裏表があんのかい。……まぁ表の顔ってのは、イマドキの女子中学生、ティーン誌モデルの『こうさか桐乃』なんだろうな。で、裏の顔ってのは、妹大好きアニメ好き、エロゲーをこよなく愛している『高坂桐乃』ってわけか。つくづくギャップがやべえな。


「えーと、ゲームとかアニメなら、そういうのが専門のSNSがあるんじゃねえの? 紹介状いらないところ探してみろよ」

「……はいはい」


 俺がわきから適当な指示を飛ばすと、桐乃はしぶしぶといったようで携帯をいじり、とあるオタク系SNSサイトにとうろくした。で、まずはプロフィールページを作成しなきゃならんらしい。


「ハンドルネームを入力してくださいだとよ。ほれ、さっさと決めろよ」

「そんなこと言われたって、いきなり決められるわけないじゃん」

「どうせ後で変更できんだろ? 最初はテキトーでいいよ、テキトーで。それかほかのヤツのを参考にしてみるとかさ。ほれ、見てみ、何か@がどうのこーのとか──」


 携帯の画面を脇からのぞき込みながらかしてやると、桐乃は「いちいちうるさいなぁ」とすさまじくめいわくそうに携帯を俺から遠ざけた。そのまま何やら入力し、見せてくる。


「はい、こんな感じでどう?」

「……この……名前らんの『きりりん@さっきからとなりのバカがうざい件さん(1)』ってなんだ?」

「あたしのハンドルネーム。かわいいっしょ」


 似合わねえ──。あと俺怒っていい? 怒っていいよな? いい加減泣けてきたわこの扱い。


「お、おい……待て……ねんれい欄が十四歳なのに、しゆがエロゲー(妹もの)ってやばくね?」

「だって本当のことじゃん。いいの、これは裏の顔なんだから。あたしだって、さすがにクラスメイトとかモデル友達から紹介状もらってたら、こんなプロフィール欄にはしないって」


 まあな。おれも同じクラスの女子のページに、エロゲーへのあつおもいがつづられてたらくわ。

 次の日学校で顔合わせたとき、普段ふだんどおりえる自信がねえ。

 だからおまえみてーに、裏表を使い分けるのはなんなやり方なんだろうよ。それはいいさ。

 でも俺が気になってることは、まだあってな……。


「おまえ、さっきからなに渋い顔してんの?」

「………………だって」


 きりは俺の案を実行しながらも、ずっとものげな表情で作業をしていたのだ。

 それはか。俺は耳をまして妹の言い分を聞くことにした。


「その……こういうの使って交流するのが、ちょっとこわいっていうか……だって、やっぱりあたしと同じ趣味の人って、男が多いと思うし……ずっと年上の人が多いと思うし……バカにしてるわけじゃないんだよ? もちろん、嫌ってるわけでもなくて──でも、その……やっぱさ……ちょっと恐い」

「そうか……そう……だな」


 もうてんというか。すごく基本的な大問題じゃねえか、これ……。同級生やらモデル友達と交流すんのとは、わけが違うんだよな。オタクうんぬんを抜きにしたって、年上の男どもと友達になるってのは……女子中学生にゃおっかないだろう。たとえネット上だけの付き合いだとしてもだ。

 オフ会で直接会うとなれば、なおさらだよなぁ。……となると、やっぱ同年代で、同性で、しゆが合う友達を捜してやんなきゃいかんわけだが……。

 ……いるワケねぇ──桐乃と趣味の合う女子中学生なんざ、そう何人もいるワケねぇ──

 俺はバリバリと頭をかきむしった。どうしたもんかね、こりゃあ。


「……そういう……女だけの集まりとか……探してみっか……もとで」

「……やってみる」


 桐乃はけいたいをいじくり、コミュニティの検索を始めた。例のごとくわきから口を挟む俺。


「……これ、とか……どうだ?」

「んー……? えっと、これ?」

「……そうそう。へー、探しゃああるもんだな……どれ、ちょっと中見てみろよ」


 俺たちが見付けたのは『オタクっあつまれー』というコミュニティだった。メンバー数は二十人ほど。この人数が多いのか少ないのかは分からんが、ちょっとしたサークル程度のである。コミュニティには参加条件が設定されていて、ねんれいと性別を明記した上で参加表明メッセージを送り、管理人が承認しないとダメらしい。なんともちょうどいいことに、『お茶会の誘い』というトピックが立っている。メンバーじゃないからしようさいを見ることはできんが、オフ会みたいなもんと考えていいはずだ。


「……なぁ桐乃。これなら大丈夫なんじゃねーの」


 もしもメンバーに、女になりすましている男が混じっていたとしても、女だらけのオフ会に参加してきたりはせんだろう。だいひんしゆく間違いなしだもんな。おれはこれでバッチリだと思ったのだが、妹の表情は、かんばしいものではなかった。


「ん……うん……そだね……」

「なにおまえ? まだ何か、ほかに心配でもあんの?」

「そういうわけじゃないけどぉ…………」

「じゃ、参加したいってメッセージ送ってみれば? ほれ、このボタン」

「ん……」


 きりはメッセージ作成画面をしばし眺めていたが、ふと俺を見上げてこう聞いてきた。


「……メッセージ、なんて書いたらいいかな?」

「そうさなあ。こういうのは、ある程度ハラ割って話した方がいいんじゃね? しゆの合う、女の子の友達が欲しいってさ」


 桐乃はうなずき、ぽちぽちメッセージをしたためて送っていた。


『メッセージが送信されました』


 その表示を見た俺は、自分の役目が半ば果たされつつあることを実感する。

 これで桐乃に、趣味を理解してくれる女友達ができれば──もう俺はおやくめんってわけだ。

 俺がこのを訪れるのも、もしかしたらこれで最後かもしれんな。こいつが俺をそうだん相手に選んだのは、もともとイレギュラーみてーなもんだったわけだし。これ以上付き合ってられねえってのも、俺の、掛け値なしの本音である。

 だから、これでいい。もしもこれで、また前みてーにドライな関係に戻っちまうんだとしても、それはそれで仕方のねーことなんだ。ふん……まあ……正直なところを言うと、ちっとばかしさびしい気はする。そう、ほんのちぃっとばかしはな。

 俺たちはここ数日で、それこそ十年分くらい話をした。

 そうして俺は、妹の意外な一面を知った。

 それは『意外な趣味』だけじゃあない。何を考えてんのか分からねえとあきらめていた妹の、隠されていた本音をかいた。俺が見ようともしていなかった心に、指先一本くらいは触れられたような気がする。だからなんだってわけじゃねえけどさ。なんだろな、やっぱ、うれしいのかもな、俺。よく分かんねーけど。


「これでよし、と。あとは返事を待つだけ……」

くいきゃいいな」

「…………うん」


 桐乃はこくりと頷く。俺は唇の端を持ち上げてむ。

 なぁ、おまえさ。俺なんぞよりもずっと、いつしよにいて楽しい、えんりよなしにだべってバカやれるような、そういう友達ができりゃあいいな。

 ま、それまでのあとちょっとだけは、俺が代わりに付き合ってやんよ。

刊行シリーズ

俺の妹がこんなに可愛いわけがない(17) 加奈子ifの書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(16) 黒猫if 下の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(15) 黒猫if 上の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(14) あやせif 下の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(13) あやせif 上の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(12)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(11)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(10)の書影
アニメ『俺の妹』がこんなに丸裸なわけがないの書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(9)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(8)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(7)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(6)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(5)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(4)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(3)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(2)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがないの書影