「あー、入会するのに紹介状いるんだ……。めんどくさいなあ……」
「おまえガッコにゃ友達いっぱいいるんだろ? いまからメールでもなんでもして、SNS入ってるヤツから紹介状もらえばいいじゃん」
「バカ。ほんっとバカ。表の顔と裏の顔、一緒にできるわけないでしょ? こういうのって足跡残るんだから」
「そ、そうか……」
すげえな、顔に裏表があんのかい。……まぁ表の顔ってのは、イマドキの女子中学生、ティーン誌モデルの『高坂桐乃』なんだろうな。で、裏の顔ってのは、妹大好きアニメ好き、エロゲーをこよなく愛している『高坂桐乃』ってわけか。つくづくギャップがやべえな。
「えーと、ゲームとかアニメなら、そういうのが専門のSNSがあるんじゃねえの? 紹介状いらないところ探してみろよ」
「……はいはい」
俺が脇から適当な指示を飛ばすと、桐乃は渋々といった様子で携帯をいじり、とあるオタク系SNSサイトに登録した。で、まずはプロフィールページを作成しなきゃならんらしい。
「ハンドルネームを入力してくださいだとよ。ほれ、さっさと決めろよ」
「そんなこと言われたって、いきなり決められるわけないじゃん」
「どうせ後で変更できんだろ? 最初はテキトーでいいよ、テキトーで。それか他のヤツのを参考にしてみるとかさ。ほれ、見てみ、何か@がどうのこーのとか──」
携帯の画面を脇から覗き込みながら急かしてやると、桐乃は「いちいちうるさいなぁ」と凄まじく迷惑そうに携帯を俺から遠ざけた。そのまま何やら入力し、見せてくる。
「はい、こんな感じでどう?」
「……この……名前欄の『きりりん@さっきからとなりのバカがうざい件さん(1)』ってなんだ?」
「あたしのハンドルネーム。かわいいっしょ」
似合わねえ──。あと俺怒っていい? 怒っていいよな? いい加減泣けてきたわこの扱い。
「お、おい……待て……年齢欄が十四歳なのに、趣味がエロゲー(妹もの)ってやばくね?」
「だって本当のことじゃん。いいの、これは裏の顔なんだから。あたしだって、さすがにクラスメイトとかモデル友達から紹介状もらってたら、こんなプロフィール欄にはしないって」
まあな。俺も同じクラスの女子のページに、エロゲーへの熱い想いが綴られてたら噴くわ。
次の日学校で顔合わせたとき、普段どおり振る舞える自信がねえ。
だからおまえみてーに、裏表を使い分けるのは無難なやり方なんだろうよ。それはいいさ。
でも俺が気になってることは、まだあってな……。
「おまえ、さっきからなに渋い顔してんの?」
「………………だって」
桐乃は俺の案を実行しながらも、ずっと物憂げな表情で作業をしていたのだ。
それは何故か。俺は耳を澄まして妹の言い分を聞くことにした。
「その……こういうの使って交流するのが、ちょっと恐いっていうか……だって、やっぱりあたしと同じ趣味の人って、男が多いと思うし……ずっと年上の人が多いと思うし……バカにしてるわけじゃないんだよ? もちろん、嫌ってるわけでもなくて──でも、その……やっぱさ……ちょっと恐い」
「そうか……そう……だな」
盲点というか。すごく基本的な大問題じゃねえか、これ……。同級生やらモデル友達と交流すんのとは、わけが違うんだよな。オタク云々を抜きにしたって、年上の男どもと友達になるってのは……女子中学生にゃおっかないだろう。たとえネット上だけの付き合いだとしてもだ。
オフ会で直接会うとなれば、なおさらだよなぁ。……となると、やっぱ同年代で、同性で、趣味が合う友達を捜してやんなきゃいかんわけだが……。
……いるワケねぇ──桐乃と趣味の合う女子中学生なんざ、そう何人もいるワケねぇ──
俺はバリバリと頭をかきむしった。どうしたもんかね、こりゃあ。
「……そういう……女だけの集まりとか……探してみっか……駄目元で」
「……やってみる」
桐乃は携帯をいじくり、コミュニティの検索を始めた。例のごとく脇から口を挟む俺。
「……これ、とか……どうだ?」
「んー……? えっと、これ?」
「……そうそう。へー、探しゃああるもんだな……どれ、ちょっと中見てみろよ」
俺たちが見付けたのは『オタクっ娘あつまれー』というコミュニティだった。メンバー数は二十人ほど。この人数が多いのか少ないのかは分からんが、ちょっとしたサークル程度の規模である。コミュニティには参加条件が設定されていて、年齢と性別を明記した上で参加表明メッセージを送り、管理人が承認しないとダメらしい。なんともちょうどいいことに、『お茶会の誘い』というトピックが立っている。メンバーじゃないから詳細を見ることはできんが、オフ会みたいなもんと考えていいはずだ。
「……なぁ桐乃。これなら大丈夫なんじゃねーの」
もしもメンバーに、女になりすましている男が混じっていたとしても、女だらけのオフ会に参加してきたりはせんだろう。大顰蹙間違いなしだもんな。俺はこれでバッチリだと思ったのだが、妹の表情は、何故か芳しいものではなかった。
「ん……うん……そだね……」
「なにおまえ? まだ何か、他に心配でもあんの?」
「そういうわけじゃないけどぉ…………」
「じゃ、参加したいってメッセージ送ってみれば? ほれ、このボタン」
「ん……」
桐乃はメッセージ作成画面をしばし眺めていたが、ふと俺を見上げてこう聞いてきた。
「……メッセージ、なんて書いたらいいかな?」
「そうさなあ。こういうのは、ある程度ハラ割って話した方がいいんじゃね? 趣味の合う、女の子の友達が欲しいってさ」
桐乃は頷き、ぽちぽちメッセージをしたためて送っていた。
『メッセージが送信されました』
その表示を見た俺は、自分の役目が半ば果たされつつあることを実感する。
これで桐乃に、趣味を理解してくれる女友達ができれば──もう俺はお役御免ってわけだ。
俺がこの部屋を訪れるのも、もしかしたらこれで最後かもしれんな。こいつが俺を相談相手に選んだのは、もともとイレギュラーみてーなもんだったわけだし。これ以上付き合ってられねえってのも、俺の、掛け値なしの本音である。
だから、これでいい。もしもこれで、また前みてーにドライな関係に戻っちまうんだとしても、それはそれで仕方のねーことなんだ。ふん……まあ……正直なところを言うと、ちっとばかし寂しい気はする。そう、ほんのちぃっとばかしはな。
俺たちはここ数日で、それこそ十年分くらい話をした。
そうして俺は、妹の意外な一面を知った。
それは『意外な趣味』だけじゃあない。何を考えてんのか分からねえと諦めていた妹の、隠されていた本音を垣間見た。俺が見ようともしていなかった心に、指先一本くらいは触れられたような気がする。だからなんだってわけじゃねえけどさ。なんだろな、やっぱ、嬉しいのかもな、俺。よく分かんねーけど。
「これでよし、と。あとは返事を待つだけ……」
「上手くいきゃいいな」
「…………うん」
桐乃はこくりと頷く。俺は唇の端を持ち上げて笑む。
なぁ、おまえさ。俺なんぞよりもずっと、一緒にいて楽しい、遠慮なしにだべってバカやれるような、そういう友達ができりゃあいいな。
ま、それまでのあとちょっとだけは、俺が代わりに付き合ってやんよ。