第二章 ⑦

 世間体。社会人と同じか、それ以上に学生にとっては重要なもんだ。クラスっつー集合体のはいせい、異物に対してようしやなくこうげきを加える性質については、中高生ならだれもが身に染みているだろう。俺もその一人ひとりだ。ようく分かってる。

 世間体を気にするのは、誰だって当たり前だよな。

 趣味と世間体の板挟み。誰にもそうだんできねえで、がんってたんだな、おまえ。

 OK、問題は把握したぜきり


「つまりおまえ、同級生にバレさえしなきゃ、オタクの友達を作ってもいいっつーんだな?」

「う、うん……別に……いいけどさ」

「それなら大丈夫だ。おまえの同級生にバレねーよう、オタクの友達を作りゃあいい」


 そのまんまである。いや、ここでかくにんしたのは、桐乃の気持ちな? こいつに友達作る気があんなら、なんとかなるんじゃねーかと思うんだ。


「なにそれ……なんかいい考えでもあんの?」

「いいや? あいにく全然なんも思いつかねーな」

「だめじゃん。……つかえねー」


 ジト目で言い放つ桐乃。ふん、言ってくれんじゃねえの。おおよ、自分で言うのもなんだが、おれは使えないやつだぜ?


「まぁ俺に任せておけって」

「……は? なにその自信……」


 げんそうな桐乃に、俺は不敵なみを向けた。

 妹よ、知っているか?

 この世には、おばあちゃんの知恵袋、という言葉があってだな……。



『──なら、『おふかい』に参加してみたらどうかな?』


 眼鏡めがねおさなみは、電話越しにそう提案してくれた。妹のから脱出したあと、俺は自分の部屋のベッドでうつ伏せに寝っ転がり、に電話をかけた。

 もちろん妹の秘密について漏らすわけにはいかないから、そのへんはくぼかし『同級生にバレないよう、同じしゆを持つ同好の士を見付ける方法』についてそうだんしてみたのである。


「おふかい?」

『そ、おふかい。えっと……いんたーねっとで仲良くなった人たち同士が、実際に集まって遊ぶこと──かなっ』

「…………」


 えーと、とすると発音は『オフ会』だろうな。

 このおばあちゃん、横文字の発音がぼうみだから困る。


「ウソ。おまえ、インターネットとか、できたの?」

『……そのくらいできるってばー……もう……きょうちゃんたら、わたしのこと、ばかにしてるでしょー』

「いやーだってお年寄りって、かいにがなイメージあるじゃん?」

『わたし十七歳っ!? ぴちぴちの女子高生ーっ!』


 必死に訴えてくる麻奈実。相変わらずたいの使い方がおもしろいやつである。

 電話の向こう側で、両目をバッテンにして半泣きになっているのが見えるようだ。


『もーっ。きょうちゃぁ~ん? いい加減にしないと怒っちゃうんだからねー。ぷんぷんっ』


 ぷんぷんとか口で言うやつ、存在したのか……。

 なんつーか。きりとやり合ったあとでこいつの声聞くと……すげー心が休まるな……。


「や、悪かったって。……でもおまえ、パソコンなんか持ってたっけ?」

「え? あ、あるよっ? ……お、弟のだけど」


 最後の方が、ぼそぼそしやべりになっていた。本当、隠し事苦手なのな、こいつ。


「なんだ、聞きかじりかよ」

「う、う~……そうだけどぉ。いんたーねっとくらいは、普通に使えるもん」

「はいはい」


 だからな、そもそも発音からしてあやしいじゃん、おまえ。ジジババだから横文字苦手なのは知ってるけどさ……こりゃ、あんまりアテにしない方がいいかもなあ。


「オフ会とやらに参加したことはあるのか? あ、おまえじゃなくて弟な?」

『あるみたいだよ? あーるあんどびーの、こみゅの、おふかいに、この前行ったって。……えっと、きょうちゃん、「そーしゃるねっとわーきんぐさーびす」って知ってる?』

「あー、SNSってやつか。なんか聞いたことあんな。会員制で、自分のしゆだのなんだのを書いたプロフィールページ作ったり、日記を見せ合ったりして、友達増やしたりするやつだろ?」

『うん。有名なのだと、みくしぃとかね。弟がやってるのはねんれい制限のないやつだけど。学校以外で、同じ趣味の友達を捜すなら、こういうのを使うのがいいんじゃない……かなっ?』

「……ふむ」


 なるほど。これはいいことを聞いた。さっそくやってみる価値はあるな。


「おし、参考になった。さんきゅな、

「……どういたしましてっ。えへへ……じゃあまた明日あした、いつもの場所でね──」


 ベッドに寝ころんでいたおれは、通話を切って立ち上がった。けいたいストラップに指を突っ込んでクルクル回し、ケツのポケットにしまう。を出て、向かうのはもちろん妹の部屋。

 こんこんこんっとノックを三回。しばらく待つと扉が開き、妹が顔を出す。


「入って」

「あいよ」


 妹に部屋に招き入れられる俺。……そういやいま気付いたが、こいつの部屋に入るのはもうこれで四回目か。人生ってのは分からんもんだなー……いろいろと。


「待たせたな桐乃。おまえのオタ友を作る方法、ひらめいたぜ」


 さっそく用件を切り出すと、なぜか桐乃はげんそうに舌打ちをし、さらに「ふんっ」と鼻でわらいやがった。


「……うそばっか。どーせ電話で、に泣きついたんでしょ?」

「地味子って言うんじゃねえ!? たしかにそれ以上あいつをてきかくに表わす言語は存在しないかもしれないけどな、おれはあいつの悪口を自分以外の口から聞くのが大嫌いなんだよ」

「……なにマジギレしてんの? ばっかみたい」


 俺をべつせんで流し見ながら、ぼそっとつぶやくように言う。


「とにかく、次はおまえでもひっぱたくからな。もう言うなよ」

「はいはい」


 はいは一回だこの野郎。せっかくおまえのために動いてやってるってのによ、なんだ、そのむかつく態度は。いきなりげんになりやがって……さっき俺が出たときは、別に普通だっただろうが。

 ……ん? あれ、もしかしてコイツ……。


「……ちょっと聞くけどよ、おまえ、のこと嫌いなのか?」

「……別に? ってか、よく知らないしぃ──」


 だよな。そりゃ俺のおさなみなんだし、初対面ってことはないんだろうが、きりと麻奈実の間にほとんど接点なんてないはずだ。ごくたまーに、麻奈実がウチのそばまで来たときに、れ違うくらいがせいぜいである。

 実際、この間、桐乃が俺と麻奈実の前を通ったとき、麻奈実は桐乃に気付いていないようだった。そんな程度の関係性しかないのに、桐乃が麻奈実を嫌う理由はねえだろう。

 そもそも麻奈実は、人に嫌われるようなヤツじゃねえ。じゃあなんだ──?


「……なんか、デレデレしてんのが、気に食わなかっただけ」


 あっそ。そうですか。……意味分かんねー。デレデレなんかしてねーっての。

 バチバチと火花を散らす俺らであったが、このままでは再び冷戦に突入しかねん。

 けっ、ここは年長である俺が折れてやる。われながらなんというかんような兄貴。れるね。


「なぁ桐乃、この際、だれのアイデアだろうがいいじゃねーか。聞くだけ聞いてみろって、な?」

「……いいけどさ。で、どんなん?」

「おう。ところでおまえ、SNSって知ってっか──?」


 麻奈実の受け売りで、オフ会に参加してみたらどうかと提案してみると、妹は微妙な表情でだまり込んでしまう。


「……気にいらなかったか?」

「……そういうわけじゃ……ないけど……」


 数秒間、うつむいてあんしていたが、やがて顔を上げてこう言った。


「……分かった。んじゃ、やってみるよ」


 お? 意外と素直じゃん、珍しい。


「ケータイからでもアクセスできるらしいぞ?」

「分かってるって。顔近づけないで」


 きりはどこからともなくけいたいを取り出し、タタタタタタタと、超高速でけんし始めた。

 ……すっげぇな。おれにゃ無理だわ、コレ。たまにいるよな、メール打つ速度がクソ速い女。

 とか思っていると、桐乃がチッと舌打ちした。

刊行シリーズ

俺の妹がこんなに可愛いわけがない(17) 加奈子ifの書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(16) 黒猫if 下の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(15) 黒猫if 上の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(14) あやせif 下の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(13) あやせif 上の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(12)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(11)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(10)の書影
アニメ『俺の妹』がこんなに丸裸なわけがないの書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(9)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(8)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(7)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(6)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(5)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(4)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(3)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(2)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがないの書影