第二章 ⑥

 その表情だけで聞かなくても分かったわ。俺の人生で、妹の好感度が一定数値以下じゃないと見られない特殊イベントが発生しまくっていることもな。


「ま、だいたい流れはこんな感じ──分かった?」

「おう」


 俺へのチュートリアルを終えたきりは、最後にセーブデータの管理についての説明をして、ゲームのアプリケーションを終了させた。それからうかがうような表情で俺の顔をのぞき込む。


「感想は?」

「まだなんともいえん……始めたばっかだしな」

「そ、そっか……そだよね……」


 正直に言うと、少なくともこのゲームは、俺には合わないと思う。おもしろいとか面白くない以前の問題なのだ。どだい本物の妹がいる人間に、仮想の妹をでるゲームを楽しめってのがこくな話なんだよな……。いくらこのしおりとやらが、かわいい顔して、かわいい台詞せりふで俺をしたってくれようと、俺には腹にいちもつ抱えているようにしか見えんのよ。

 なんつったらいいのかな……妹不信? たとえばの話さ、桐乃が兄貴を攻略するゲームをやったとして、純粋に楽しめると思うか? 無理だろたぶん? そういうことなんだって。

 けどまあ、一度やるっつっちまったしな。この一作だけは最後までやってやるか。

 などと思っていたのだが、


「うーん、じゃあ次は何がいっかなー」


 楽しそうにフォルダを展開して、ポインタをさまよわせているきり。……ま、まさか一作ではきたらず、どんどんおれに妹ゲーをプレイさせるつもりかおまえ?


「…………」


 恐ろしくて聞けないが、たぶんそうだろう。さすがにそれはじようだんじゃねえ。こいつなんぞのために、俺がそこまでしてやる義理はねえだろ。

 ただ、桐乃が俺に妹ゲーをやらせたがる理由は、なんとなく分かるんだよなあ……。


「なぁ……桐乃」

「なに? どしたの真剣な顔しちゃって?」

「おまえさ……学校で、いつしよにゲームやったり、ゲームの話するような友達、いんの?」


 聞くと、桐乃はぽかんとした表情になって、それからさっとうつむいた。


「…………どっちでもいいでしょ」

「そうか」


 この前、桐乃が同級生と一緒に歩いていたシーンを思い出す。……あの連中は子供向けアニメ見たり、妹ゲーやったりはせんだろう。

 それこそちょっと前までの俺が抱いていた、妹のイメージだ。俺が桐乃の立場だったとしても、同級生に自分のしゆをカミングアウトして、同好の士を捜す気にはなれん。


「じゃあ学校じゃなくてもいいや。……おまえと同じ趣味持ってて、気兼ねなくゲームやらアニメの話ができる友達、いんのか?」


 俺の二つめの問いにも、桐乃は首をたてには振らなかった。


「…………どっちでもいいじゃん」

「そっか」


 そう、だからこいつは、俺に自分と同じ趣味をすすめてくる。一緒に話が、したいから。周囲全部に趣味を隠して、一人ひとりで楽しんでるだけじゃ、さびしいから。

 昨日きのう、俺をこのに連れ込むとき、桐乃は『人生そうだんの続き』だと言った。

 単なる口実だとばかり思っていたんだけどな……そうじゃなかったのかもしれん。


「なに……? バカにしてんの?」

「そうじゃねえよ」


 そうじゃねえ。なんとかしてやりてえって、思ったんだ。さびしいんだろ、おまえ? でもそうは言いたくねえんだろ? そうだよなあ、おまえ、素直じゃねえもんなあ。

 けっ、俺だって、これ以上おまえなんぞの趣味に付き合いきれんからな。代わりににえになってくれるヤツがいるんなら、それが一番ってもんよ。せいせいするぜ。


きり──」


 おれは首をかくんと傾け、てんじようを見た。俺が以上であったなら、ここでケムリの一つでも、ぷかーっと吐き出していただろう。


「──友達、作るか」

「は、はあ?」


 桐乃は目を真ん丸にしておどろいていた。『何言ってんの? このばか?』みたいな顔。

 上等だぜ。俺はいつものやる気なさそうな表情で、妹を流し見る。


「人生相談っつったのはそっちだろ? そんならアドバイスくらい聞いとけよ」


 にやり。俺は不敵なみを浮かべて、の支柱をくるりと回転させた。なんとなく、カウンセラーの気分でベッドを指差す。


「ほら、そこ座って」

「………………」


 桐乃はなんだか文句ありそうな顔でだまり、しぶしぶと俺の言うとおりに移動。

 まあいい。とりあえず、聞く気はあるとみなす。


「おまえ、この前言ったよな? 『あたし、どうしたらいいと思う?』って。で、そんとき俺は、ろくなアドバイスもしてやれなかった。だからいま、答えるぜ。──おまえは友達を作れ」

「友……達?」

「そう。おまえと似たようなしゆ持ってて、気兼ねなしに全力で話題振っても、アニメだろうがゲームだろうが18禁だろうが、ちゃんとついて来られるようなやつらがいい。もちろんおまえをさげすんだりバカにしたりは絶対しねえさ、なにせ同じ穴のムジナなんだからな」

「……つまり、それって……オタクの友達を作れってこと?」


 俺はうなずいた。


「…………」


 ベッドに腰掛けている桐乃は、唇をみ、りようひざつかんで考え込んでいたが……

 やがてこうつぶやいた。


「……やだよ……オタクの友達なんて。いつしよにいたら、あたしまでおんなじに見られちゃう」

「そりゃまた、ずいぶんとおかしな話じゃねえの。──てめえだって立派なオタクだろ?」

「……ち、ちが……」

「違うのか? じゃあなんだってのよ? なぁオイ、言えるもんなら言ってみ? ホラ」


 このとき俺は、妹の態度にわりと本気でムッとしていたので、あえて追い詰めるような言い方をした。桐乃はうつむいてだまり込んでしまう。ぶるぶると肩をふるわせている。

 俺は舌打ちをした。


「口だけなのも、オタクをバカにしてるのも、おまえの方じゃねーか。俺は言ったよな? おまえがどんな趣味持っていようが、絶対バカになんてしねーってさ。──じゃあおまえはどうなんだ。おまえと同じしゆのやつを、こそこそ隠れたりせず堂々とオタクやってるやつらを、バカにできるってのか?」

「──────」


 きりはキッと顔を上げ、敵意ばりばりのせんおれつらぬいた。──やべえ、超こええ。俺は内心、泣きそうになりながらも、がんって真剣な表情を保つ。


「──それはだろ。筋が通らない。自分で自分をおとしめるようなもんだ」


 ……われながら偉そうなこと言ってんなあ。ガラでもねえ。

 桐乃は盛大に舌打ちをした。俺のお株を奪うほどでかいやつだ。だからおっかねえっての。


「バカにしてるわけじゃないもん! あたしは、けんていのことを言ってるの!」

「世間体だあ?」

「そう、世間体。あたしはたしかにアニメが好きだし、エロゲーも超好き。ううん、愛していると言ってもいい」


 言ってもいいんだ……。女子中学生の台詞せりふとしては、それもどうよ……?

 ドン引きしている俺に向かって、桐乃は胸を張って言う。


「もちろん、ガッコの友達といつしよにいるのもすっごく楽しいよ? でも、も同じくらい好き。どっちかを選ぶなんてできない。しょうがないじゃん? だって好きなものは好きなんだもん」


 桐乃は堂々と胸を張った。


「でも、オタクが世間から白い目で見られがちだってのも、よく分かってるつもり。……日本で一番オタクを毛嫌いしてる人種って、なんだと思う?」


 女子中学生。自分がだから、よく分かるんだろうな、こいつは。


「ええと……何が言いたいかっていうと……その……つまり、なの」


 気持ちを伝えるのに適当な言葉が見付からず、もどかしそうにしている桐乃。

 たしかにメチャクチャ分かりにくいが……俺は妹が伝えたいことを、大体察したと思う。

 アニメが好きだし、エロゲーを愛している。でも、学校の友達と一緒にいるのも好きだから、どちらかを選ぶなんてできない。女子中学生としての自分、そしてオタクとしての自分。両方を合わせたものが自分なのだ──桐乃はそう言いたいのだろう。たぶん。


「でも──それはそうなんだけど、だからこそ……家族はともかく、同級生にバレるのだけは絶対ヤダ。そんなことになったら、もう学校行けないもん」

刊行シリーズ

俺の妹がこんなに可愛いわけがない(17) 加奈子ifの書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(16) 黒猫if 下の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(15) 黒猫if 上の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(14) あやせif 下の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(13) あやせif 上の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(12)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(11)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(10)の書影
アニメ『俺の妹』がこんなに丸裸なわけがないの書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(9)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(8)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(7)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(6)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(5)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(4)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(3)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(2)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがないの書影