第一章 魔術師は塔に降り立つ FAIR,_Occasionally_GIRL. ②

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「まずは自己紹介をしなくちゃいけないね」

「……ぃゃ、まずは何であんなトコに干してあったのか────」

「私の名前はね、インデックスって言うんだよ?」

だれがどう聞いても偽名じゃねーか! 大体何だインデックスって! 『目次』かお前は!」

「見ての通り教会の者です、ここ重要。あ、バチカンの方じゃなくてイギリスせいきようの方だね」

「意味分かんねーしこっちの質問は無視かよ!?」

「うーん、禁書目録インデツクスの事なんだけど。あ、魔法名ならDedicatus545だね」

「もしもし? もしもーし? 一体ナニ星人と通話中ですかこの電波はー?」


 聞く耳持たないかみじようが小指で耳をほじっているとインデックスはガジガジと自分の親指のつめみ始めた。くせ、なんだろうか?

 一体どうしてガラステーブルを挟んでお見合いよろしく正座で向かい合ってんだろうと思う。

 上条としてはもうそろそろ学校へ行かないと夏休みの補習に間に合わない訳だが、かと言ってこんな得体の知れない人間を部屋の中に残していく訳にもいかない。しかも最悪な事に、インデックスと名乗るこの不思議ギンパツ女の子は床をゴロゴロしちゃうぐらいこの部屋を気に入ってしまったらしい。

 まさかこれも上条の『不幸』が呼んできたんだろうか? だとすれば嫌すぎる。


「それでね、このインデックスにおなかいっぱいご飯を食べさせてくれると私はうれしいな」

「何でだよ! ここでお前の好感度パラメータ上げてどーするよ? 変なフラグが立ってインデックスルートに直行なんておれぁ死んでも嫌だからな!!」

「えっと……流行語スラング、なの? ゴメンなさい。何を言ってるのか分からないかも」


 流石さすがは外国人、日本の戦略物資オタクぶんかにはご理解がないらしい。


「けど、このまま外に出たらドアから三歩で行き倒れるよ?」

「……いや、行き倒れるよ? じゃなくて」

「そしたら最後の力を振り絞ってダイイングメッセージを残すね。君の似顔絵つきで」

「なん……ッ」

「仮にだれかに助け出されたら、そこの部屋に監禁されてこんなにやつれるまでいじめ倒されたって言っちゃうかも。……こんなコスプレ趣味を押し付けられたとも言う」

「言っちゃうかもじゃねえよ! ってかオマエ実は相当詳しいだろこっちの世界オタクぶんか!」

「?」


 初めて鏡を見た子猫みたいに小さく首をかしげられた。

 悔しい、とぼけられた。何だか自分一人だけひどく汚れてしまった気分。

 やるよ、やってるよーっ! とかみじようはドカドカ台所へ向かう。どうせ冷蔵庫の中は全滅で生ゴミしか存在しない。こんなモン食わせた所で上条のサイフは痛まない。熱を通せば大丈夫だろ、と。とりあえずフライパンに残り物を全部ぶち込んで野菜いため風にしてしまう。

 そう言えばこの子はどこからやってきたんだろう?

 もちろん学園都市の中にだって外国人はいる。が、どうにも『住人』特有の『におい』がしないのだ。かと言って、外からやってきたというのも妙な話だと思う。

 学園都市は扱いとして『何百もの学校を集めた街』だが、ニュアンスとしては『街サイズの全寮制の学校』と思ってもらえれば良い。東京の三分の一を占める広さであるが、一応万里の長城みたいに壁で覆われている。刑務所のような厳重なものではないが、何となくでふらふらと迷い込んでしまう、というような所ではないはずだ。

 ……と、見せかけておいて、実は工業大学が実験目的で打ち上げた三基の人工衛星が街に絶えず監視の目を光らせている。街の内外の人の出入りは完全に走査スキヤンされ、ゲートの記録と一致しない不審な人影の元には即座に警備員アンチスキルや各学校の風紀委員ジヤツジメントが向かうはずだが……。

 けど昨日はビリビリ女が雷雲を呼んだし、それで衛星の目を逃れたのかも、と上条は思う。


「でさー、何だってお前はベランダに干してあった訳?」


 悪意満々の野菜炒め風にしょう油をぶち込みながら上条は少女に向かって言ってみる。


「干してあった訳じゃないんだよ?」

「じゃあ何なんだよ? 風に流されて引っかかってたんかお前」

「……、似たようなモノかも」


 冗談のつもりで言った上条は、フライパンを止めて思わず少女の方を振り返った。


「落ちたんだよ。ホントは屋上から屋上へ飛び移るつもりだったんだけど」


 屋上? と上条は天井を見る。

 この辺りは安い学生寮が建ち並ぶ一角だ。八階建ての同じようなビルがずらっと並んでいて、ベランダを見れば分かる通りビルとビルのすきは二メートルぐらいしかない。確かに、走り幅跳びの要領で屋上から屋上へ飛び移る事もできるとは思うが……。


「でも、八階だぜ? 一歩間違えば地獄行きじゃねーか」

「うん、自殺者にはお墓も立てられないもんね」インデックスは良く分からない事を言って、「けど、仕方なかったんだよ。あの時はああするほかに逃げ道がなかったんだし」

「逃げ、道?」


 不穏な言葉にかみじようは思わずまゆをひそめると、インデックスは子供のように「うん」と言って、


「追われてたからね」


「……、」


 熱したフライパンを揺する手が、思わず止まった。


「ホントはちゃんと飛び移れるはずだったんだけど、飛んでる最中に背中を撃たれてね」


 インデックスと名乗る女の子は、笑っているみたいだった。


「ゴメンね。落っこちて途中で引っかかっちゃったみたい」


 ちようでも皮肉でもなく、ただ上条とうに対して微笑ほほえみかけるために。


「撃たれたって……、」

「うん? ああ、傷なら心配ないよ。この服、一応『防御結界』の役割もあるからね」

『防御結界』って何だろう? 防弾チョッキ?

 新しい服を見せびらかすように回転する少女は、確かににんには見えない。て言うか、ホントに『撃たれた』のだろうか? 何もかも虚言妄想ウソっぱちの方が現実味があると思う。

 けれど、

 この少女は、確かに七階のベランダに引っかかっていた事だけは本当なのだ。

 もし、仮に、この少女の言う事が全部本当の事だったら、

 彼女は一体『だれに』撃たれたって言うんだろう?

 上条は、考える。

 八階建ての屋上から屋上へ飛ぶ、という事にどれだけの覚悟が必要なのかを。七階のベランダに運良く引っかかっていた、という事実を。行き倒れ、という言葉の裏を。

 追われていたからね、と。

 そう言って微笑む、インデックスの作る表情の意味を。

 上条はインデックスの事情を知らないし、断片的な言葉の意味も良く分からない。おそらくインデックスが一から十まで説明したって半分も理解できないだろうし、もう半分だって理解してやろうと思う事さえできないかもしれない。

 だけど、たった一つの現実リアル

 七階のベランダに引っかかっていたという、一歩間違えばアスファルトにたたきつけられていたという現実だけは、胸を締め付けるように理解する事ができた。


「ごはん」


 と、かみじようの後ろからにゅっとインデックスの顔が伸びてきた。日本語は使えてもハシには慣れてないのか、スプーンみたいにグーで握ってフライパンの中をわくわくと眺めている。

 たとえるなら、雨にれた段ボールから拾い上げられた子猫みたいな目。


「……………………………………………………………………………………………………、ぁ」


 で。フライパンの中には生ゴミ同然の食材をぶっ込んだ野菜いためモドキ(有毒)。

 何か。この空腹少女を前に、上条の中に渦巻くエンジェル上条(普段はデビル上条とワンセット)がものすごい勢いでもだえているのが分かった。


「ぁ、あーっ! け、っけどアレだ! そんなにおなかすいてるならこんな残り物ぶっ込んだいかにも不味まずそうな男料理じゃなくてキチンとファミレス行こう! 何なら出前でもいいし!」

「そんなに待てないよ?」

「……ぁ、かっ!」

「それに、不味そうなんかじゃないよ。私のために無償で作ってくれたご飯だもん。美味おいしくないはずがないんだよ?」

刊行シリーズ

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とある魔術の禁書目録 外典書庫(3)の書影
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