『そんな大量の本をどこに?』と言った上条に、インデックスは『ここにある』と言った。が、上条の見る限り本なんて一冊もなかったし、そもそも上条の部屋は一〇万冊もの本を押し込めるほど広くない。
「……何だったんだろうな?」
上条は思わず首を傾げた。インデックスの修道服『歩く教会』が幻想殺しに反応する本物だった以上、彼女の言っている事が一〇〇%妄想、という事でもないだろうが……。
「センセー? 上条クンが窓の外の女子テニス部のひらひらに夢中になってまース」
と、青髪ピアスの無理矢理関西言語に「あん?」と上条の意識が教室の中へUターンすると、
「……、」
小萌先生が沈黙している。
授業に集中してくれない上条当麻君にものすごくショックを受けているらしい。何だかサンタさんの正体を知ってしまった十二歳の冬みたいな顔をしている。
と、思った瞬間。子供の人権を守るべくクラス中の敵意ある視線が上条当麻に突き刺さった。
夏休みの補習、とか言っておきながらしっかり完全下校時刻まで拘束された。
「……、不幸だ」
夕焼けにギラギラ光る風力発電の三枚プロペラを眺めながら上条は呟いた。夜遊び厳禁、という事で、基本的に学園都市の電車やバスの最終便は下校時刻に合わせてある。
終バスを逃し、延々と続く灼熱の商店街を歩く上条の横を警備ロボットが追い抜いていく。やはりドラム缶に車輪をつけた代物で、役割は歩く防犯カメラといった感じ。最初は犬型ロボットを改良したモノだったが、子供が集まって進路の邪魔になるから、というミもフタもない理由で作業用ロボットはみんなドラム缶なのである。
「あっ、いたいた。この野郎! ちょっと待ちなさ……ちょっと! アンタよアンタ! 止まりなさいってば!!」
夏の暑さにやられた上条は、のろのろ走る警備ロボットを見ながら、そういえばインデックスは清掃ロボットを追っ掛けてどこまで旅に出たんだろうかと考えていたため、初めその声が自分に向けられたモノだと気づかなかった。
何だろう? という感じで振り返る。
中学生ぐらいの女の子だった。肩まである茶色い髪は夕焼けで燃え上がるような赤色に輝いて、顔面はさらに真っ赤に染まっている。灰色のプリーツスカートに半袖のブラウスにサマーセーター───と、ここまで考えて、ようやく思い出した。
「……あー、またかビリビリ中学生」
「ビリビリ言うな! 私には御坂美琴ってちゃんとした名前があんのよ! いい加減に覚えなさいよ、アンタ初めて会った時からビリビリ言ってるでしょ!」
初めて会った時……? と、上条はちょっと思い出してみる。
うん、そうだ。確か初めて会った時もこの女は不良達に絡まれていた。それで、これこれ童子ども寄ってたかって女の子のサイフを狙うんじゃありませんと浦島太郎的展開に持ち込んだ所、うっさいわね人のケンカの邪魔してんじゃないわよビリビリィ! と、何故か女の方に逆ギレされた。で、上条は当然『右手』で女の電撃を防いだ訳で、彼女の反応としては……あれ? 何で効かないのアンタ、じゃあこれは? あれー? と、こんな感じで現在に至る。
「……て、あれ? 何だろう? 哀しくないのに涙が出るよお母さん」
「なに遠い目してんのよアンタ……?」
上条は補習で疲れているので目の前のビリビリ女を適当にあしらう事にした。
「何やら呆れ顔で上条の顔を眺めている女は、昨日の超電磁砲女だ。たった一度ケンカに負けたのが相当悔しいらしく、それから上条の元を何度も訪れては返り討ちに遭っているのだ」
「……。誰に対して説明してんのよ?」
「気が強くて負けず嫌いだけど、実はとっても寂しがり屋でクラスの動物委員を務めてます」
「勝手に変な設定考えんな!!」
両手をビュンビュン振り回す少女、御坂美琴に道行く人々が目を向けている。まぁ無理もない。美琴の着ている何の変哲もない夏服は、実は学園都市でも五本の指に入る名門、常盤台中学のものだ。ラッシュ時の駅の中でも何故か見分けがつくという、あの気品爆発の常盤台のお嬢様が、電車の床に座ってケータイいじってる人間と同じ風に動いていたら誰だってビビる。
「でー、何なんだよビリビリ? ってか七月二〇日なのに何で制服着てんの? 補習?」
「ぐ……う、うっさいわね」
「動物小屋のウサたんが気になったの?」
「だから勝手に動物設定付け加えてんじゃないわよ! それよかアンタ! 今日という今日こそ電極刺したカエルの足みたいにひくひくさせてやるから遺言と遺産分配やっとけグルァ!」
「やだ」
「何でよ!?」
「動物委員じゃないから」
「こ──────の。っざけてんじゃねーぞアンタぁ!!」
ドン! と、中学生は勢い良く歩道のタイルを踏みつける。
瞬間、辺りを歩いていた人達の携帯電話が一斉にバギンと凄まじい音を立てた。商店街の有線放送がブツンと途切れ、そこらを走っていた警備ロボットがビキンと嫌な音を鳴らす。
パリパリ、と。中学生の髪が静電気のような音を立てる。
生身の体一つで超電磁砲を扱う超者能力の少女は、獣のように犬歯を剝き出しにして笑い、
「ふん。どうよ、これでようやく腑抜けた頭のスイッチ切り替えられた? ─────むぐっ!」
と、余裕綽々の御坂美琴の顔面全部を覆い隠すように、上条は慌てて片手で口を塞ぐ。
(だっ、黙れ、お願いだからその口を閉じて黙れっ! ケータイ焼かれた人間みんな殺気立ってるからっ!! バレたらみんな弁償だからっ、有線放送とかいくらかかるか分かんねーし!!)
何となく銀髪のシスター少女の事を思い出しながら、上条はクリスマスの時ぐらいしか名前の浮かんでこない神様に思いっきり祈りを捧げてみる。
と、祈りが通じたのか、誰も上条と美琴に詰め寄るような事はなかった。
良かったぁ、と上条は(微妙に美琴を窒息させつつ)ホッとため息をつく、と。
『───メッセージ、メッセージ。エラーNo.100231-YF。電波法に抵触する攻撃性電磁波を感知。システムの異常を確認。電子テロの可能性に備え、電子機器の使用を控えてください』
幻想殺しと超電磁砲は恐る恐る振り返る。
ぷすぷす、と。煙を噴いて歩道に転がるドラム缶が良く分からない独り言を呟いて、
次の瞬間、警備ロボットは甲高い警報を辺り一面に鳴り響かせた。
もちろん逃げるに決まっていた。
裏路地へ入りポリバケツを蹴っ飛ばし黒猫を追い散らすように走り続けた。そう言えば俺は悪い事してないのに何で一緒に逃げてるんだろう、とか思いながらも逃げ続けた。警備ロボットは一体一二〇万円するというのをワイドショーで聞いていたからだ。
「うう、ぐすっ。ふ、不幸だ。……こんなのと関わったばっかりに」
「こんなのって言うな! 私には御坂美琴って名前があんのよ!」
裏路地の裏の裏の裏で、ようやく二人は立ち止まった。建ち並ぶビルの一つだけを取り壊したのか、四角い空間が広がっている場所だ。ストリートバスケに向いてそうにも見える。
「うるせえビリビリ! 大体テメェが昨日ド派手に雷なんぞ落とすからウチの電化製品まとめて殺られちまったんだぞ! この期に及んでまだなんかあんのか!」
「アンタがムカつくから悪いのよっ!」
「意味の分かんねえキレ方すんな! 大体俺ぁテメェに指一本触れちゃいねーだろが!」
あの後───さんざん襲いかかってきた美琴の『攻撃』の全てを、上条は右手一本で受け止めた。それは超電磁砲だけではない。砂鉄を縒り集めた鋼鉄の『鞭のような剣』に、内臓を狂わせるための強力な電磁波、トドメは空から降ってくる本物の『雷』。