第一章 魔術師は塔に降り立つ FAIR,_Occasionally_GIRL. ⑦

 ふうん、とインデックスはうなずいて、ようやく壁にぶつけた頭の後ろを手で押さえた。


「ひゃい!? あ、あれ? 頭のフードがなくなってる!?」

「何だよいまごろ気づいたのか。さっき落としたぞお前」

「ひゃい?」


 上条は『毛布の中で着替えてる時に落っことした』と言ってるつもりだったが、インデックスは『清掃ロボットにびっくりして後ろへコケた時に落とした』と勘違いしたようだ。あちこち通路の床を見ながら、しばらく頭に「?」を浮かべていたが、


「あっ、そうか! あの電動使い魔アガシオン!」


 何か勘違いしたまま通路の角へ消えた清掃ロボットをダッシュで追い掛けて行ってしまった。


「……、あー。何だかなぁ」


 上条はインデックスのフードが残された部屋のドアを見てから、通路の先を見た。もうインデックスの姿はどこにもない。別れも涙もあったもんではない。

 なんていうか、ああいう姿を見ているとアイツ世界が滅んでもなんだかんだで生き残りそうだよなぁ、などと何の根拠もなく思ってしまうのだった。


    5


「はーい。それじゃ先生プリント作ってきたのでまずは配るですー。それを見ながら今日は補習の授業を進めますよー?」


 もうこのクラスになって一学期つが、いまだにありえねぇと上条は思う。

 一年七組の担任、つくよみもえは教卓の前に立つと首しか見えなくなるというとんでもない教師だった。身長は一三五センチで、安全面の理由からジェットコースターの利用をお断りされたという伝説を持つ、だれがどう見ても黄色いあんぜんぼうに真っ赤なランドセル、ソプラノリコーダー標準装備の十二歳にしか見えない、学園七不思議に指定されるほどの幼女先生である。


「おしゃべりはめないですけど先生の話は聞いてもらわないと困るですー。先生、気合を入れて小テストも作ってきたので点が悪かったら罰ゲームはすけすけ見る見るですー」

「ってかそれ目隠しでポーカーしろってアレでしょう先生! ありゃ透視能力クレアボイアンス専攻の時間割りカリキユラムだし! 手元のカードも見えないのに一〇回連続で勝てるまで帰っちゃダメとか言われたらそのまま朝までナマ居残りだとわたくしかみじようとうは思うのでせうが!」

「はいー。けれど上条ちゃんは記録術かいはつの単位足りないのでどの道すけすけ見る見るですよ?」


 うわぁ、と上条はリーマン教師の営業スマイルに絶句する。


「……むう。あれやね。もえちゃんはカミやんが可愛かわいくて仕方がないんやね」


 と、隣に座っていた青髪ピアスの学級委員(男)が訳の分からない事を言ってくる。


「……おまいはあの楽しそうに黒板に背伸びしてる先生の背中に悪意は感じられんのか?」

「…なに? ええやん可愛い先生にテストの赤点なじられんのも。あんなお子様に言葉で責められるなんてカミやん経験値高いでー?」

「…ロリコンの上にMかテメェ! まったく救いようがねーな!!」

「あっはーッ! ロリ『が』好きとちゃうでーっ! ロリ『も』好きなんやでーっ!!」


 雑食!? と上条が叫ぼうとした所で、


「はーいそこっ! それ以上一言でもしゃべりやがったらコロンブスの卵ですよー?」


 コロンブスの卵っていうのは文字通り、逆さにした生卵を、何の支えもなく机の上に立ててみろって事だと思う。念動力サイコキネシス専攻の人間だって脳の血管切れそうになるまで踏ん張ってようやく卵がコケないようにする、アレだ(念動力が強すぎても卵を割ってしまう。難易度超高)。例によって成功しなければ朝までナマ居残りである。

 上条と青髪ピアスは呼吸も忘れて教卓のつくよみ小萌をじっと眺める。


「おーけーですかー?」


 にっこり笑顔が超こわかった。

 小萌先生は『可愛い』と言うと喜ぶくせに『小さい』と呼ぶと激怒するのだった。

 とはいえ、小萌先生は生徒から低く見られる事をあんまり気にするタイプにも見えない。それは学園都市の中では仕方がない部分もある。ただでさえ、ここは人口の八割以上が『学生』という子供達の国ネバーランドだ。普通の学校と比べても『リーマン教師』に対する風当たりは強いし、何より学生の『強さ』の基準は『学力』と『能力』の二つで決まってくる。

 先生というのは学生を『開発』する人間であって、先生そのものは何の能力も持たない。体育教師や生活指導などは能力者レベル3学生バケモノきたえ抜いた己のこぶしだけでぶっ飛ばす、何だか外国人部隊みたいな連中なのだが、化学の小萌先生にそれを期待するのも酷だろう。


「……、なぁカミやん?」

「あんだよ?」

もえ先生に説教くらうとハァハァせーへん?」

「テメェだけだ鹿! もう黙れ、黙れ馬鹿! 念動力サイコキネシスにも目覚めてねーのに生卵とたわむれてたら夏休みが終わっちまうわ! 分かれこのエセ関西弁!」

「エセ…… え、ええええええエセ言うな! ボクはホンマに大阪人やねんな!」

「黙れ米どころ出身。イライラしてんだから無駄にツッコミいれさせんなよ」

「こ、こここ米どころ違いますよ! あ。あ、あーっ! タコヤキ美味おいしいなぁ」

「無理矢理な関西属性やめろ! テメェ役作りのためにタコヤキおかずにメシ食えんのか」

「いや何言うてん。いくら大阪人でもタコヤキオンリーで食卓を彩る訳ないやろ」

「……、」

「ないやろ? ないと思う──いや待ち。けど……でも、ない───けど、あれ? どっち?」

「メッキがれてんぞ関西モドキ」


 はぁ、とため息をついてかみじようは窓の外を見る。

 こんな無駄な補習なら、やっぱりインデックスのそばにいるべきだったと思う。

 確かにインデックスの着ていた修道服『歩く教会』は上条の右手に反応したけど(否、反応だなんて生ぬるい表現ではなかったが)、だからと言って『魔術』そのものを信じた訳ではない。おそらくインデックスの言ってた事は十中八九ウソっぱちだし、仮にウソをついてないつもりでも、実は単なる自然現象が不思議オカルトに見えていただけかもしれない。

 それでも、


(……逃がした魚はデカかったかなぁ)


 上条はため息をついた。こんなエアコンもない蒸し状態の教室で机に縛り付けられるぐらいなら、いっそ剣と魔法のファンタジーに飛び込んでみた方が良かったかもしれない。今なら可愛い(キレイ、と呼ぶのはどうも抵抗があるが)ヒロインもセットでついてくる事だし。


「……、」


 上条はインデックスが部屋の中に忘れていったフードを思い出す。

 結局、返さなかった。。たとえインデックスの姿が見えなくなっても、本気で探せばすぐ見つかっただろうし、見つからなかったとしたら今も彼女を探してフード片手に街中を走り回っているはずである。

 今になって思えば、なんだかんだでつながりが欲しかったのだ。いつか、忘れ物を取りに彼女が戻ってくるかもしれない、と。

 あの白い少女が、あんなにもかんぺきな笑顔を見せるから、

 何か繫がりを残しておかないと、そのまま幻のように消えてしまいそうで、

 こわかったんだと、思う。


(……、なんだ)


 ちょっと詩人なかみじようはそこまで考えて、ようやく気づいた。

 なんだかんだ言った所で、あのベランダに引っかかっていた少女は嫌いではなかったのだ。もう二度とかかわりを持たない事に、こんな小さな未練を残してしまうぐらいには。


「……あーくそ」


 舌打ちする。後からこんなに気になってくるならやっぱり引き止めておけばよかった。

 そういえば、彼女の言っていた『一〇万三〇〇〇冊の魔道書』というのは何だったんだろう?

 インデックスをねらう魔術結社とかいう連中(……結社って、株式会社なの?)は、その『一〇万三〇〇〇冊の魔道書』が欲しくて彼女を追い掛け回しているらしい、というのは聞いた。そして、インデックスは『一〇万三〇〇〇冊の魔道書』を持って逃げ続けているらしい。

 大量の本を押し込んだ倉庫のカギとか地図、とかそういうモノのたとえではなく。

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