第一章 魔術師は塔に降り立つ FAIR,_Occasionally_GIRL. ⑥

 言った瞬間、ドアノブに触れていたかみじようの指に壮絶な静電気が襲いかかった。な!? と反射的に体がビクンと震えると、筋肉が変な風に動いたのかいきなり右足のふくらはぎが

 ~~ッ!! と、もんぜつする事おおよそ六〇〇秒。


「……………………………………………………………………………あの、しすたーさん?」

「なに?」

「……………………………………………………………………………ごせつめいを」

「ご説明っていうか、」インデックスは当然の事のように、「君の右手の話が本物ならね、その右手があるだけで『幸運』ってチカラもどんどん消していってるんだと思うよ?」

「……………………………………………………………………………つまり、あれですか」

「君の『右手』が空気に触れてるだけで、バンバン不幸になっていくって訳だね♪」

「ぎゃあぁぁぁああああああああああ!! ふ、不幸だぁぁぁあああああああああ!!」


 オカルトをまるで信じない上条だったが、こと『不幸』に関してのみは別腹だった。とにかく大宇宙の悪意のようなものを感じてしまうほど上条は思った事が上手うまくいかない人間なのだ。

 そんな上条とうをにこにこ聖母の微笑ほほえみで眺めている純白のシスターが一人。

 人は言う。あれは勧誘する目だ。


「何が不幸って、君。そんな力を持って生まれてきちゃった事がもう不幸だね♪」


 にっこり笑顔のシスターに思わず涙する上条は、ようやく話がズレてる事に気づく。


「ち、違くて! お前、ここを出てどっか行くアテでもあんのかよ? 事情は分かんねーけど、魔術師ってのがまだ近くをうろついてんならウチに隠れてりゃいーじゃねーか」

「ここにいると『敵』が来るからね」

「何で断言できんだよ? 目立った行動しないで大人しく部屋ん中にいりゃ問題ねーだろ」

「そうでもないんだよ?」インデックスは自分の服の胸元をつまんで、「この服、『歩く教会』は魔力で動いてるからね──教会はしんりよくって呼ばせたいみたいだけど、同じマナだし。つまり簡単に言っちゃえば、敵は『歩く教会』の魔力を元に探知サーチかけてるみたいなんだよね」

「だったら、何だってそんな発信機みてーな服着てんだよ!」

「それでもこれの防御力は法王級ぜつたいだからだよ? もっとも君の右手に粉砕されちゃったけど」

「……、」

「粉砕されちゃったけど?」

「悪かったから涙目でこっち見んな。……けどよ、俺の右手イマジンブレイカーで『歩く教会』ってのはぶっ壊れちまったんだろ? だったら発信機みてーな機能もなくなっちまってんじゃねーか?」

「だとしても、『歩く教会が壊れた』って情報は伝わっちゃうよ。さっきも言ったけど、『歩く教会』の防御力は法王級なの、簡単に言っちゃえば『ようさい』みたいにね。……私が『敵』なら、理由はどうあれ『要塞』が壊れたと分かれば迷わず打って出ると思う」

「ちょっと待てよ、だったらなおさら放っとけねーだろ。魔術オカルトなんざ今でも信じらんねーけど、とにかく『だれか』が追ってきてるって分かってんのにお前を外になんか放り出せるかよ」


 インデックスはきょとんとする。

 本当に、本当に。その顔だけ見ていると、それはただの女の子にしか見えなくて、


「……、じゃあ。私と一緒に地獄の底までついてきてくれる?」


 にっこり笑顔だった。

 それはあまりにもつらそうな笑顔で、かみじようは一瞬にして言葉のすべてを失ってしまった。

 インデックスは、優しい言葉を使って暗にこう言っていた。

 こっちにくんな。


「大丈夫だよ、私も一人じゃないもの。とりあえず教会まで逃げ切ればかくまってもらえるから」

「……、ふぅん。で、その教会ってのはどこよ?」

「ロンドン」

「遠すぎ! 一体どこまで逃げ切るつもりだお前!!」

「うん? あ、大丈夫だよ。日本にもいくつか支部があると思うし」


 安全ピンまみれの、一体どんなよめいびりだと言わんばかりの修道服をひらひらさせながらインデックスは答える。


「教会、ねえ。それなら街に一つはあるかもな」


 教会、と聞くと巨大な結婚式場でも思い浮かべそうなモノだが、日本のそれははっきり言ってしょぼい。元々、十字教という文化に乏しく、さらに地震国なので『歴史ある建物』はそうそう残らない。上条が電車の窓から見た事のある教会なんて、プレハブ小屋のてっぺんに十字架が載っかってるだけだ。……まぁ、逆に成金趣味の教会ってのも間違ってる気はするけど。


「うーん。けど単純に教会ってだけじゃダメなんだよ。私の所属してるのは英国式だから」

「???」

「えっとね、単純に十字教っていっても色々あるの」インデックスは苦笑いして、「まずは旧教カトリツク新教プロテスタント。さらに私のぞくする旧教でも、バチカンを中心とするローマ正教、ロシアに本拠地を置くロシア成教、そしてセントジョージ大聖堂を核とするイギリスせいきようって感じで色々あるの」

「……間違ってほかの教会に入っちまうとどうなるんだ?」

「門前払い」インデックスはやっぱり苦笑だった。「ロシア成教やイギリス清教はそれぞれの『国の中』にしかないからね。日本でイギリス清教の教会っていうのは珍しいんだよ」

「……、」


 なかなかに雲行きの怪しそうな話だった。

 ひょっとして、インデックスは空腹で行き倒れる前に、何度も『教会』を訪れたんじゃないだろうか? そのたびに門前払いを食らった彼女はどんな気持ちで逃げ続けていたんだろう?


「大丈夫。英国式の教会を見つけるまでの勝負だから」

「……、」


 かみじようは一瞬だけ、自分の右手の『力』の事を考えて、


「おい! ……なんか困った事があったら、また来て良いからな」


 そんな事しか言えなかった。

 神様でも、殺せる男のくせに。


「うん。おなかへったら、またくる」


 ひまわりみたいな笑顔で、それはかんぺきな笑顔だったからこそ、上条は何も言えなかった。

 そんなインデックスを避けるように、清掃ロボットが通りすぎていく。


「ひゃい!?」


 完璧な笑顔が一瞬でぶっ飛んだ。まるで足がみたいにビクンと震えたインデックスは、そのまんま後ろへコケた。がつん、というヤバめの音と共に頭の後ろが壁に激突する。


「~~~~ッ! な、なんか変なのがさりげなく登場してる……ッ!?」


 インデックスは涙目だったが、頭を押さえるのも忘れて思わず絶叫していた。


「変なのが変なのを指差してんじゃねえ。ありゃただの掃除ロボだよ」


 上条はため息をついた。

 大きさ、カタチはドラム缶だと思えば良い。底には小さなタイヤを装備し、業務用の掃除機みたいな円形の回転するモップがぐるぐる回っている。人間と障害物を避けるためにカメラがついてるせいでミニスカ女の子にメチャクチャ嫌われている一品である。


「……そっか。日本は技術大国って聞いてたけど、使い魔アガシオンも機械化されてる時代なんだね」

「もしもし?」妙な感心をしているインデックスがちょっとこわい。「ここは学園都市だからな。こんなん街中のそこらじゅうに散らばってるよ」

「がくえんとし?」

「そ。東京の西地区の開発が遅れてる辺りを一気に買い取って作った『街』だよ。何十もの大学に何百もの小中高校がひしめき合ってる『学校の街』だ」かみじようはため息をついて、「街の住人の八割は学生だし、マンションに見えるのはみんな学生寮だよ」


 勉強のみならず、能力や肉体までも開発する『裏の顔』もある訳だが。


「……街の様子がおかしいのもそのためだ。生ゴミの自動処理オートメーシヨンとか実用レベルの風力発電とか、さっきの掃除ロボとか、あーいう大学の実験品がそのまま街にあふれてやがんのさ。おかげで二〇年ばっかり文明レベルが先に進んじまってる訳だな」

「ふうん」インデックスは清掃ロボットをじーっと眺めて、「じゃあ、この街の建物はみんな『がくえんとし』のさんって事になるのかな?」

「だな。……ま、イギリス教会の傘下を探すってんなら、街の外に出た方が良いかもな。この街の教会なんて、どうせしんがくとかユング心理学とかの教育施設だろ」

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