第一章 魔術師は塔に降り立つ FAIR,_Occasionally_GIRL. ⑤

 頭が冷えてきた上条は、ちょっと考えてみる。

 もし仮に。インデックスの言う事が(全くありえないとは思うが)全部本当で、その『歩く教会』とやらが『異能の力』で織り上げられているとしたら?

 その『異能の力』を打ち消してしまうという事は、つまり服がバラバラに?


「あれぇぇぇえええええええええええええええええええええ──────────!?」


 あまりに唐突な大人の階段の予感に上条は反射的に絶叫する、が……。

 ……。

 ……、

 ……?


「──────────えええええええええ、え……って。あれ?」


 起きない。何にも起きない。

 何だよちくしょう心配させやがって、と思いつつ何かやりきれないモノを感じる上条だった。


「ほらほら何が幻想殺しイマジンブレイカーなんだよ。べっつに何にも起きないんだけど?」


 ふっふーん、という感じで両手を腰に当てて小さな胸を大きく張るインデックスだったが、


 次の瞬間、プレゼントのリボンをほどくようにインデックスの衣服がストンと落ちた。


 修道服の布地をっている糸という糸がれいほどけて、本当にただの布地に逆戻りしている。

 一枚布の、帽子のようなフードだけは服から独立していたせいか無事で、頭の部分にそれだけ載っかっていると逆に切ない気持ちになる。

 ふっふーん、という感じで両手を腰に当てて小さな胸を大きく張ったまま凍りつく少女。

 詰まる所、完全無欠に素っ裸だった。


    4


 インデックスと名乗る女の子は怒ると人にみ付くくせがあるらしい。


「痛ったー……。あちこち嚙み付きやがって、合宿ん時のかお前は?」

「……、」


 返事はない。

 素っ裸に毛布を巻いただけのインデックスは、女の子座りのまま解けた修道服の布地を安全ピンでチクチク刺して何とか服のカタチに戻そうと(無駄な)努力をしている。


 どーん、という効果音が部屋を支配していた。

 別に新手のスタンド使いが攻めてきた訳ではない。


「……あの、姫? せんえつながらこちらにワイシャツとズボンのセットがあるのですが」

「……、」ヘビみたいな目でにらまれた。


「……、あの、姫?」


 さっきっからどんなキャラクターだと思いつつ、かみじようとうは声をかけてみる。


「……、なに?」

「今のは一〇〇%おれが悪かったんでせう?」


 返事の代わりに目覚まし時計が飛んできた。ひぃ! と上条が絶叫すると同時、巨大なまくらが襲ってきた。まったくありえない事にゲーム機や小型のラジカセまで飛んでくる。


「あれだけの事があったっていうのに、どうして普通に話しかけられるんだよう!?」

「あーいえ! じぃも大変ドギマギしておりますというか青春ですねというか!」

「バカにして……ぅぅうううううううううう!!」

「分かっ……謝る、謝るから! それ借りてるレンタルビデオだからハンカチみたいにむな鹿!」


 ははーっ、とギャグみたいに両手をついて土下座モードの上条当麻。

 というか、史上初の女の子の裸に内心、上条は心臓を握りつぶされるかと思っていた。

 顔には出さないオトナな上条当麻である。

 ……と、本人が思ってるだけで、鏡で見るとエライ事になってる上条当麻だった。


「できた」


 ぐしぐし鼻を鳴らしながら、インデックスは地獄の内職で何とかカタチを取り戻した真っ白な修道服を広げてみせた。

 ……何十本もの安全ピンがギラギラ光る修道服を。


「…………………………………………………………………………………………………(汗)」

「えっと、着るのか?」

「…………………………………………………………………………………………………(黙)」

「着るのか、そのアイアンメイデン?」

「…………………………………………………………………………………………………(涙)」

「日本語では針のむしろと言う」

「……………う、ぅぅぅううううううう!!」


 分かったーっ! と上条は全力で床に頭突きして謝る。ちなみにインデックスはいじめられっ子にらみで今まさにテレビの電源コードを嚙みろうとしていた。ダメなネコか。


「着る! シスターだし!!」


 良く分からない叫びと共に、インデックスはイモ虫みたいに丸めた毛布の中でもぞもぞと着替えを始めた。ぴょこん、と毛布から唯一出ている顔だけが爆弾みたいに真っ赤だった。


「……あー、なんかその着替えプールの授業思い出すなー」

「…………何で見てるのかな? せめてあっち向いて欲しいかも」

「あんだよ別に良いじゃんよ。さっきと違ってエロくねーだろ着替えなんて」

「………………………………………………………………………………………………………、」


 インデックスの動きがピタリと止まったが、かみじようがまるで気づいていないようなのであきらめてもそもそと毛布の中で着替えを続けた。毛布の中に意識を集中しているせいか、頭の上のフードがぽてんと落っこちても全然気づいていない。

 何となく、会話がないとエレベーターの中みたいに気まずい空気が漂ってくる。

 やや現実逃避を始めた上条の頭に、ようやく『夏休みの補習』という言葉が浮かんできた。


「ぅわっ! そーだ補習だ補習!」上条は携帯電話の時計を眺めて、「えっと、あー……おれこれから学校行かなきゃなんないけど、お前どーすんの? ここに残るんならカギ渡すけど」


 たたき出す、という選択肢は上条の中から消えていた。

 インデックスの修道服『歩く教会』が幻想殺しイマジンブレイカーに反応した以上、やはり彼女も『異能の力』にかかわっている事は間違いない。そうなると、彼女の言っている事も一〇〇%ウソではないという事になる。

 例えば、魔術師達に追われてビルの屋上から落ちた事とか。

 例えば、インデックスはこれからも命懸けの鬼ごっこを続ける事とか。

 超能力ESP/PSYさえ理論化したほどの科学の街で、魔法使いなんて絵本に出てくるほどのぶっ飛んだ連中が大暴れしている事とか。

 ……まぁ、そういう事を抜きにしても、あんなずーんとしたインデックスはそっとしておきたい、という感情もある訳だが。


「……、いい。出てく」


 なのに、どーんという効果音を引きずったままインデックスはすっくと立ち上がった。幽霊のように上条の横をすり抜けていく。頭の上からフードが落っこちている事さえ気づいている様子がない。下手に上条が拾おうとするとあのフードもバラバラになりそうだし。


「あっ、あー……」

「うん? 違うんだよ」インデックスは振り返って、「いつまでもここにいると、連中ここまできそうだし。君だって部屋ごと爆破されたくはないよね?」


 サラリと答えるインデックスに上条は絶句する。

 のろのろと玄関のドアを出るインデックスを上条は慌てて追い駆ける。せめて何かできないかとサイフの中を確かめてみれば残金は三二〇円。それでもとにかくインデックスを引き留めようと勢い良く玄関を出ようとしたところでドア枠に足の小指が音速で直撃した。


「ばっ、みゃ! みゃああ!!」


 片足を押さえて奇声を上げる上条に、ビクンとインデックスが振り返る。あまりの激痛に大暴れしようとした上条のポケットからスルリと携帯電話が滑り落ちた。あっ、と気づいた時には固い床に激突した液晶画面がビキリと致命傷な音を立てる。


「ぅ、うううううう! ふ、不幸だ」

「不幸というより、ドジなだけかも」ちょっとだけインデックスが笑った。「けど、幻想殺しイマジンブレイカーっていうのがホントにあるなら、仕方がないかもしれないね」

「……、どゆことでせう?」

「うん、こういう魔術こつちの世界のお話なんて君はきっと信じないと思うけど」インデックスはくすくすと笑って、「神様のご加護とか、運命の赤い糸とか。そういうものがあったとしたら、君の右手はもまとめて消してしまっているんだと思うよ?」


 インデックスは安全ピンまみれの修道服をひらひらさせながら、『歩く教会』にあった力も神の恵ラツキーみだからね、と言った。


「待てよ。幸運だの不幸だのって言葉は、確率と統計のお話だぜ? んなのある訳……、ッ!」

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