「たいがあ、遅かったじゃん! 始業式、さぼったね!?」
「寝坊しちゃったの。そんなことより、今年もみのりんと同じクラスでよかった」
「うん! 私も嬉しいよ!」
櫛枝実乃梨、その人である。
手乗りタイガーにそのまんま「たいがあ」と呼びかけ、親しげに髪に触って笑いかけている。みのりん、などと呼ばれている。
呆然とそれを眺める竜児の耳に、誰かの囁きが飛び込んだ。
「初戦は手乗りタイガー・逢坂の勝利だな」
「ていうか、高須って見た目が怖いだけで別に全然ヤンキーじゃないらしいし」
「え? そうなん?」
「そりゃー手乗りタイガーには敵わないなあ。なにしろあっちは本物だから」
「高須くん、大丈夫? 逢坂にしょっぱなから噛み付かれるとは災難だったな」
──誤解は、竜児が思っていたよりもずっと早く解けそうだ。
が。
***
手乗りタイガーには「逢坂大河」という凄い本名があったこと。
その身長は百四十五センチであること。
逢坂大河と櫛枝実乃梨はいわゆる親友関係であること。
そして囁かれる話によれば、彼女の父親は極道で日本の裏社会を牛耳っている、だとか、もしくは天才空手家でアメリカの裏社会を牛耳っている、だとか。彼女自身も空手の有段者だが師匠を闇討ちしたために破門になった、だとか。
入学当時は一見儚げな美少女ぶりに勘違いする奴が続出し、言い寄る男も後を断たなかったという。しかし全員見事に玉砕、凄まれ、咬まれ、引き裂かれ、惨い言葉で嬲られて再起不能になる奴も多数。逢坂が通ったその後は男の骸で道ができたとか。
とにかく逢坂大河に関しては、黒い噂が後を絶たない。嘘も真もとりあえず、校内最高ランク危険生物であるのは確かだ。
竜児がそんな話を知ったのは、始業式の日から数えて幾日か経った頃だった。