ファン学!! 東京大空洞スクールライフRTA 04

▼006『自分達の至る地平』編【13】

◇これまでの話




 梅子は息を詰めた。

 白の地平については、DE子から聞いている。

 それは悪夢のようなもので、だからこそ、現実としては”気にしすぎ・気のせい”で済むものだと思っていたが、


 ……これが、それ……?


 足下から背筋まで、震えのような温度差を感じた。

 現象としては、足下に白い濃霧が漂っているだけだ。だが、


「底が抜けてる……!?」


 足の裏の下に、地面の感触がないのだ。

 それだけではない。

 頭上、青黒くある空も、よく見ればおかしい。

 雲があるように見えて、あの雲も、足側を隠す霧と同じものだろう。

 そして、


 ……無い。


 あれは、空ではないのだ。


「何も、無いだけだよ……!」



 梅子の声に、DE子は内心で頷く。


 ……そうだよね。


 この白の地平。

 自分が何も出来なくなって、どうしようも無くなる場所。

 そしてその自覚をすれば、絶望が押し寄せると解っているので、ろくにものを思うことも出来ない。

 だが、


「――――」


「梅子!」


 梅子が、恐らく”考え過ぎた”のだ。

 糸が切れたように倒れる彼女を牛子が慌てて掴み、肩に担ぐのが見えた。

 白の霧の中に倒れては危険だと、そういう判断だろう。

 背後、振り向くと皆がいる。

 だが、


「何だよこれ!? ……どうするんだよ!?」



 総合アリーナでは、テツコが即座に緊急事態の要請を宣言した。


「緊急事態レベル3を要請する!

 ここにいる上位ランクユニットのメンバーは出場待機状態に入り賜え!」


『ええと、どういうことかなコレ……!?』


『気を付けて下さい! 一年組の方、通神や画像は相互で通りますが、私の声が届きません!』


 表示枠。

 実況の大画面には、白の地平に立つエンゼルステアとしまむらの面々が見える。

 だが、どうしようもない。

 誰も何も出来ない。

 現場だって、同様だろうと、誰もがそう思った。


「委員長! RORTC総長ヴィクトリア様から通神文です!」


「ハア!? 宙子君の頭越えて現場にかね!? 内容は!?」


「現状、”万全”のインコンパラブルを出しても良いと」


「インコン出して物理解決出来るもんじゃねえぞ? マーリンかユリシーズくらい出せって言っておけ!」


「君も私の頭越えて話をする人だね! ハナコ君!」


 などと遣り合っている中。

 そのときだった。


「DE子君!」


 現場を見せる表示枠から声が飛んだ。

 それは、全ての最前にいるDE子に対して、


「君が、君を信じる番であります!」



 DE子は、ただ頷いた。


 ……そうだね。


 今、自分は何もしていない。

 ただ、トレオの声を聞いただけだ。

 だけど、解っている事がある。

 この白の地平に対し、己は、


「前を見ているし、……何かを思うことが出来るよ」


 かつてと違う。

 この夢を見て、どうにかしなければと思っていた自分は、今、いない。

 ”出来ている”のだ。

 だから、


「信じるよ」



 自分はここに居る。

 皆がいて、必要ならば支えてくれるだろう。

 自分だって、皆にはそうするのだ。

 だから、


「信じるよ……!」


 己は、前に進んだ。

 一歩を、底の無い白の向こうに送り、踏む。

 そこは何も無い底無しだが、


「あるよ」


 踏むべき底は無い。

 だが、ある。

 それは、


「たとえそこに踏める地平があっても、誰も踏まなければ、無いのと同じだ。

 だったら、踏む足があれば――、そこに何も無くても、そこが踏む場所だよね」


 言おう。


「――何処にも無い場所がそこにある」



 その言葉に、誰かがつぶやいた。

「――There is Nohwere」



 DE子は自覚をもって”踏んだ”。

 確かに己は、それを踏んだ。

 その直後だった。

 いきなり風景が、全て巻き戻った。


「うわ……!?」


 白の地平も、青黒い空も、何もかも渦巻いてはまっすぐになり、遠ざかっては近づいて、消えては現れて大きく小さく、暗く明るく、音を立ててながら沈黙し、


「……戻りますの!?」


 牛子の問いかけに、応じるものがあった。

 それは消えていく白の地平の向こうに、


「人影……!?」


 人の姿の群だ。どれもこれも形は定かであるようで、しかし認識出来ない。

 若い者も、老いた者も、女性も男性も、恐らくいる。

 機械のようなものも、全て、前へと歩き、こちらに幾らかが振り向き、白の地平が翻り、そして声が聞こえた。

 それは、聞き覚えの無い女性の響きで、


『――いつか会いましょう。

 何処にも無い場所で、君達の日常の先にて』


 消えた。



『…………』


 と、誰もが言葉を失っている総合アリーナで、新しい言葉が落ちた。


『おい、リザルト』


 実況画面の中、エンゼルステアの一年組も、しまむらの三人も、石畳状の断崖フィールドに倒れているのが見える。

 だが皆の頭上には、大きな表示枠が一つ射出されており、


《ミッション完遂です!

 エンゼルステア しまむら合同ミッション 脱落者無く完遂と判断します!》


 その声に、お、という戸惑いの声が生まれ、やがて、おお、と響き、


『おおっと!

 両者合同で完遂!

 ミッションハッキングでどうなるかと思いましたが、これはMLMが珍しく良い判断ですね!』


『良くない! 緊急事態解除と、現場の六人を保護するパーティを臨時で組む! 希望者はすぐ通路に出賜え! あと――』


 吐息を付けて、テツコが手を叩いた。


『――有望な新人に拍手を贈り賜えよ! 皆!!』



 わあ、と歓声と拍手。

 そして皆の動きを見つつ、ハナコは苦笑した。


「何だよ、皆暇なのか。

 わざわざ第一階層行くって」


「ハナコ君も暇なんですよね?」


 小さく笑って、しかし周囲のざわめきや動きとは別で、きさらぎがハナコの傍に寄った。


「ハナコ君、さっき、現場の方で聞こえた女性の声ですが……」


「ああ、お前も憶えているか?」


 ええ、ときさらぎが応じた。

 彼女は、眉をフラットにした顔で、


「――■■の声のように聞こえました」



 面倒くせえよな、とハナコは鼻で笑った。

 座席から立ち上がり、


「アイツ、……ようやく、あたしの言ってることが伝わったのかもしれねえな」


 全く。


「アイツの方から追い付いてこねえといけねえのに。

 何処まで行ってんだ、アイツ」




◇これからの話