ファン学!! 東京大空洞スクールライフRTA 04

▼006『自分達の至る地平』編【15】



◇これまでの話




「は? どういうことです?」


「お前、日常って、どういうもんだと思う?」


 問われ、考える。

 答えとして出るのは、


「……日々、普通に過ごすことですよね?

 自分の場合なら、学校行って友人達と遊んだりしつつ、夜更かしして、大空洞?

 アタックを掛けに行く……、ってのが、ここに来てからの”日常”になると思ってます」


「そうだな?

 でも、この大空洞だって、派手なトラブルはある。

 大空洞範囲が崩壊しそうになったことだって一度や二度じゃねえし、馬鹿なトラブルメーカーが日常的に騒ぎを起こす。

 そして”外”だって、たった二十年チョイ前に、東京大解放で世界が変わっちまった。

 死人も消失者も、存在自体が半壊、崩壊した連中だっている」


 だけどよ。


「二十年チョイ経っちまえば、もう既にそれをモチーフにしたゲームやアニメが流れてる。

 大空洞範囲のトラブルだって、昔語りで、トラブル起こしたヤツの再評価だってあったりする」


「ええと、……それが、一体?

 それはつまり、非日常ですよね?」


「解れよ」



 ハナコが、右の手を前後に振る。

 いいか? と前置きされて、


「――世界の危機だってエンタメになっちまうんだ。

 解るだろ?

 お前が言ってる日常に対する非日常は、区別されるもんじゃねえ。

 全部、結局、日常になっちまうんだ」


 いいか?


「”いつものこと・今になっては大事な記憶・平和が一番”。

 どれも日常最強説の証文だよ。

 世界は常にそこに向かって行く。

 そしてあたし達は、大空洞範囲の中における”それ”に気付きにくいんだよな。

 当事者であったり、”いつものこと”だからさ」


 一息。


「――日常ってのは、本来、すげえ刺激的なもんなんだよ」



 言われている台詞から、何となく、気付いたことがある。

 自分が見ていた白の地平。

 それに対する絶望感は、


「……絶望っていうのは、日常におけるエンタメですかね」


「――もう一考しろよDE子。

 考えろ。

 絶望なんて日常の何処にでもある。

 日常に対して、無意識にでも絶望してねえヤツが、大空洞に首突っ込むかよ?」


 小さく笑って、ハナコが言った。

 アルミのコーヒーカップを一回口に当てて、


「言って見ろ」


 はい、と応じて、己は言った。


「日常と非日常が等しいものだとするならば、――非日常の絶望に抵抗するのが、日常におけるエンタメなんですね」



「矛盾だよな。

 ――日常の中の非日常が、日常のエンタメになるんだから」


 だけど、とハナコが言った。


「お前をここに呼んだヤツは、それを見てみたかったんだ」


「ヤツ……?

 MLMですか?

 それって」


「いや違う。

 ――MLMとはまた別の面倒くせえヤツだよ。

 そいつが、試そうと思ったんだ。

 日常慣れしてねえ大空洞の外。

 そこにいる、チョイと脅したら絶望するような小心者捕まえてな」


「……自分、そんなにセンシティブですかね……」


 ハナコが、右の手を前後に振る。


「”中”の連中じゃあ、それに慣れちまってるから比較にならねえよ。

 ――だから外のヤツを連れてきたんだ。

 そしてやはり”そう”であるならば、それが正解だってことになるからな」


「? ……正解だとして、どうなりますの?」


「何も変わらねえよ。

 日常いいスね、って結論なんだ。

 正解だったら現状維持。だけどもし――」


「DE子君が”そう”ではなかったら、……日常というものが崩壊した?」


「どういう風に?」


「それは……、大空洞のシステムが、例えば激化して、各階層が地上や世界に溢れ出す、とか?」



 皆が、その言葉に静かになる。

 対し、ハナコが笑う。鼻で笑う。


「そこまで派手なことにはならねえよ。

 大体、あの馬鹿も、そういう答えが出るかどうか試すには、それこそずっと試行し続けねえといけねえ。

 悪魔の証明自分でやってるようなもんだからな。

 だから悪い方には転がらなかったろうし、もしそうなっても、その崩壊が、やがて日常になるぞ。

 そうしたら、それが答えになったろう」


 だけど、


「――だけどそうならなかった。

 そうならなかったんだ。

 しかも呼びつけた小心者の他、ノービスな連中が一緒になって、”そう”してやったんだ。

 もはやDE子だけじゃねえ。

 あたし達や、大空洞範囲の皆も含めて、絶望を日常に出来ると、今回のことでそう解らせた」


 言う。


「あたしの勝ちだ」



「勝ち……?」


「詮索すんな。

 忘れたくても憶えてねえような話だ。

 だけど――」


 だけど、


「あたしは、こういう日常がずっと続けばいいって、そう思ってんだよ」



 ハナコが立ち上がる。

 おい、と呼ばれる。

 そして皆、モツ鍋の器を置いて立ち上がる。そしてハナコに導かれ、フィールドの南端に辿り着く。

 すると、夜の空が広がる世界に、


「……灯り?」


 空の各所に、朱の色の光が見えている。

 キャンプ、もしくは焚き火の色だ。

 無数に見えるあれは何かと言えば、


「お前達がぶっ倒れて、気に掛けた連中が警護にやってきたんだよ。

 下のワイバーンとかが上がって来ねえように、見張ってる訳だ」


「うわ! す、すみません」


「好きでやってんだ。

 挨拶されたら返しとくくらいで構わねえよ。

 どうせ一週間もしたら皆忘れるし、やがてお前らもああする側になるんだ。

 だから」


 とハナコがこちらに振り向いた。

 両の腕を左右に浅く広げ、熾火が無数点る夜空を背後に、


「ようこそ。

 ――ようこそ、だ。

 楽しい絶望の日常へ」



「――世界の何処だって、同じだろうよ。

 だけど”ここ”でなければそれに気付けない連中ってのがいて、お前らは残念ながらそうなっちまった。

 ――気付いちまったよな?」


 聞く。


「日常は絶望で、前に進んでいいか、どうしていいか、何かを思っていいかすらも解らなくて、しかしそれが当然だなんて、学校だって親兄弟だって教えてくれねえ」


 聞く。


「だけどそれが楽しいんだ。

 気付いちまったら、もう、乱れるしかねえんだ。

 アンサー判定、レベルカウント判定、他にもいろいろ。

 あとは自分次第だ。

 ――毎日毎日、ずっと続く絶望に対して抵抗しろよ。

 結晶化してクソ仕様に文句言いながら、教室の窓の外眺めたり、クソ安いハンバーガー食ってweb見ながら、しかし寝る前にキャラシの確認して、明日はどうしようかって思うようになるんだ」


 聞く。


「ようこそ大空洞範囲。

 ――最高だぞここのスローライフは。

 絶望知らずで退屈に幸いだったお前らの生活を、簡単に判定で否定してくれるだろうよ」


 眼下、後輩達がハナコの言葉を聞くのを、白魔はガンホーキ上から見ていた。

 警備の役だ。

 自分はこっち、地上では、


『……そっち、どうだ?』


『うん。ハナコさんが、村様さん達にも言ったアレ、言ってた』


『アイツ、ああいうの拘るよな……』


『ハナコさんの珍しく真面目なキャラ立ってる処……、って、そっち、皆の聴取の話は?』


『ああ。総長が出て来て、大体の話がついた? らしい? だから明日、状況聴取だけで済むらしい。

 きさらぎがそう言ってた』


『宙子さんが出たの? アー、やっぱ、あの白い地平、大空洞五大カンケーか……』


 なあ、と向こうから声が来た。


『……今日、ひょっとして、世界が何か変わったのかな』



 相方の問いに、自分はしばらく考えてからこう答えた。


『世界はいつでも変わってないかなあ』


 そういうことじゃあない、というのは解っている。

 だから補足。


『多分、変わらなかったんだと思う。

 それも、良い方に』


『言ってることが矛盾してるぞ……』


『後輩の頑張り見てると、白魔さんも思う処があるんだよね、と』


 下。

 わあ、と声が上がった。

 鍋にハナコさんがラーメンぶち込んだのだ。


「ちょっと!

 まだ途中なんですよ!

 ペースを! ペースを!」


「ハア!? 具が残ってる内にやるからいいんだろうが!」


「あ、あの、何かこっちに水餃子あるんだけど……?」


「あ、忘れ……、ラーメンの後だ! 後!」


 横暴だ……、としみじみ思う。



「うーん、何かいろいろ入った鍋になっていくね……」


「……まあ、鍋らしいといえば鍋の本質を突いているような……」


 うん、と頷き、しかし気になることがあった。


「……でもコレ、アレだね。

 今日、ミッション終わって外出たらファミレスでも行って美味いもの食って、感想戦とかしようって言ったけど、これだけ食うと駄目だよね」


 言った。

 すると女子衆がこちらを見て、


「スイーツは別腹ですのよ?」


「うん。――別腹ですよね」


 真顔で言われましたよ?





◇これからの話