時雨沢恵一
SAO ~ifピトフーイが、SAO事件に巻き込まれていたら~
某日・VRMMORPG『ガンゲイル・オンライン』内某所。
「そうそれは……、今も決して忘れられない刻……、ピトフーイたるこの私が、『ソードアート・オンライン』をプレイし始めた、あの日のこと……。今も思い出す、記憶のメモリー……」
「いきなりディープに語り出したなこの人。記憶とメモリーはほぼ一緒だ。その話、すごく長くなる? ピトさん」
「いきなり人の出鼻をくじかんとする、容赦なきその“口撃”、そう、それでこそ私のレンちゃんよ。天晴れなり。げに天晴れなり」
「いや別にピトさんのじゃないし。ピトさんに褒められても、別に嬉しくないし」
「あらー、お嬢さん、ちっちゃくて可愛い」
「でしょー? えへへ。最近よく言われるんだー」
「と言うわけで、熱くてウザい語り、していい?」
「まあ、モンスターが出なくて暇だから、話を聞くのはいいけれど」
「よし、じゃあ聞いておくれ。私ことピトフーイが見聞きした、世界がまだ知らない、SAO事件の真実を……」
「まあ、どうしても言いたいのなら……。でもさ、SAOサバイバーのピトさんにとって、SAO事件って、それなりにタイガー&ホースじゃないの?」
「……“トラウマ”?」
「そうそれ!」
「翻訳者が困るような発言、どうもありがとう」
「どこに向けた配慮?」
「まあ、それなりにとんでもない経験だったけど、もう何年も経つとね。それに私、ぶっちゃけ生き死にだったら、もっとヤバい経験たくさんしてきてるし。自分に繋がれた心拍数計の警告ブザーが鳴る音、聞いたことある?」
「包んで! オブラートに!」
「そしてSAOサバイバーの私は、むしろ、この体験を、この宇宙が存在する限り、人類の未来に嘘偽りなく引き継いでいかねばならない使命すら感じている」
「スケール、無駄に大きいなー。まあ、たくさんの人が死んだ大事件だから、言い過ぎとまでは思わないけど……」
「レンちゃんは、あの時あのユメセカイで、すなわちSAOで何が起きたか、ニュースで聞いたことしか知らないと思うけど――」
「そりゃまあ」
「あれ、全部ウソだから」
「は?」
「ぜーんぶ、ウソ。大嘘。真っ赤なビッグライ。おうイエイ♬ ライラライライ♪ るるららら~♪ ゲッチュー♩」
「上手に歌うな。感動してしまうだろ。――嘘って何が?」
「だから全部。クリアされるまで、デストラップで何千人もがモンスターとのバトルで死んだとかいう話。私は真実を知っている。なぜなら中にいたから。以上証明終わり」
「すると……。あ! そうか……。前に豪志さんから聞いたよ……。『SAOの中にはプレイヤーを殺した、すなわちナーヴギアでとらわれていた人達を、意図的に殺した人達がいたらしい』って……。つまりはそのことだね?」
「え? 違うよ」
「は?」
「ああもう、レンちゃんのその間抜け顔可愛い! 愛おしい! ぎゅっとしていい?」
「手榴弾炸裂させるぞ?」
「まあ怖い」
「話をSAOに戻せ」
「実際には、こんなことがあったのよ……」
「ごくり」
「あの日、SAO本サービスがスタートしてすぐのこと。自発的ログアウトができなくなって、全員が《はじまりの街》の中央広場に強制転送で集められた。そして、ローブ姿の巨人が突如お空に出てきてこう言った……、『プレイヤーの諸君、私の世界にようこそ。私の名前は茅場晶彦。今やこの世界をコントロールできる唯一の人間だ』」
「茅場晶彦って……、SAOやナーヴギアの開発者の、いろいろなんだかとにかくすごい人……、だよね?」
「だいたいその認識で合ってる」
「まさかの本人登場――、それで?」
「そこからは……、悲劇だった……」
「ごくり……」
「茅場晶彦の、あまりにも堂々たる名乗りを聞いたほとんどのプレイヤーがそれを全然まったく信じなかったから、ヤツは自分を証明するために懇切丁寧に事情を説明したり、名刺を見せたり、彼しか知らないであろうコトをひたすら暴露したりして、全員が信じて場が落ち着くまで、だいたい一時間位かかった」
「茅場さん可哀想! 泣いてなかった?」
「フルダイブゲームの中では、涙は隠せないのよ……。誰であろうとも……」
「察した。で?」
「まあ、ゲームの世界で自分を自分だと信じてもらうってのは、それだけ大変、ってことよ。レンちゃんだって、私のリアルが、レンちゃんも大ファンなあの有名シンガーソングライター、《神崎エルザ》だって、ゲーム中に口でポンと言われたって信じないでしょ?」
「今も信じたくないよ? 今からでも、嘘だって言ってくれたらすぐに信じるよ?」
「オウ! 辛辣~♪」
「歌うな。――そして、茅場さんがどうにか信じてもらえた、そのあとは?」
「そしてヤツは、ログアウト不可が仕様だって言って、ゲーム内でアバターが死んだり、外部の人間がナーヴギアを外そうとしたりすると、プレイヤー本体の脳が内蔵バッテリーでチンされ、もれなく死ぬと言った」
「SAO事件の事件たる所以だね……。デスゲーム、なんて恐ろしい……」
「そして、驚くみんなに、さらに驚くことを告げた……」
「ごくり。あー、お茶が美味しい」
「『たった今からこのゲームは、《ソードアート・オンライン》ではなく――』」
「なく……?」
「《騒動ああっと・オンライン》になった」
「なんだと……? 《騒動ああっと・オンライン》……」
「そうよレンちゃん。《騒動ああっと・オンライン》、略称SAO……」
「なんて恐ろしい名前なの……」
「分かる?」
「さすがのわたしにも分かるよ! その名前だったら……、絶対に開発企画は通らなかったよ!」
「何かの間違いで通っても、プレイヤーも集まらなかったでしょうね。少なくとも私はスルーしていた」
「そ……、それから?」
「それから、茅場は蕩々と説明を続けたわ……。『諸君がこのゲームから解放される条件は、たった一つ。アインクラッド最上部、第百層まで辿り着き、そこに待つ最終ボスを倒してゲームをクリアすればよい。その瞬間、生き残ったプレイヤー全員が安全にログアウトされることを保証しよう。だが、それには経験値が、自分が強くなることが当然のように必要だ。このゲームにおける経験値を稼ぐ方法は、ただ一つ――』」
「ただ一つ……。その方法とは……?」
「『騒動を起こすこと』――、茅場は言った。みんなが『ああっ!』と驚くような騒動を起こすと経験値がもらえ、やがては各層がクリアできる」
「な、なんて恐ろしいゲーム……」
「さすがのレンちゃんも、震えが隠せないようね……。ぎゅっとして温めていい?」
「手榴弾炸裂させるぞ?」
「話を続けましょう。最初こそ疑う人がたくさんいたのだけど、茅場が私達を、必死にメイクした格好いいアバターではなく、事前にスキャンされたリアルの姿に変えてしまってからは、もう信じるしかなかった。『ここが、SAOの中が、今は自分達の“現実”なのだ』と……」
「きゃああああああああああああああああああああああああああ! 強制リアル化いやああああああああおああああああああああああめああぬああああおああめあああああああああわあああああぬあああああおぬあぬあぬ!」
「落ち着いてレンちゃん! レンちゃんはレンちゃんだから! ああ、ちっこいちっこい! あれー、レンちゃん、いったいどこに行ったかしらー? ちっこくて、ぜんぜん見えないぞー?」
「ほ、んとに……?」
「あれー、ピンク色したミジンコが、P90を持って喋ってるぞー!」
「えへへ! 実はわたしでしたー!」
「なんだレンちゃんそこにいたのね。こらー、今はお話の途中だぞ? ぷんぷん」
「ごめんごめん。てへぺろ!」
「それ、私がやるやつー!」
「おっと!」
「びっくりしたけどとても嬉しいよ!」
「――そして、SAOで何があったの……?」
「それを語らねばならないわね。生き残った者の宿命として……」
(つづきは11月10日刊行予定の文庫をチェック!)