Y.A

もしアスナがレストランを開いた場合の、キリトの立ち位置的なお話

「キリト君、私レストランをやろうと思うの」

「えっ? レストランを? 急にどうして?」



 アインクラッド攻略を目指し戦いの日々を送る俺とアスナであったが、今はギルド《血盟騎士団》を一時離脱し、自然豊かな二十二層の小さな村で暮らしている。

 戦いとは無縁な、毎日がゆっくりと過ぎていく心穏やかな日々。

 こんな日々が永遠に続いてもいいのではないかと、俺が心の片隅で思い始めたのを見透かしたかのように突然アスナがレストランをやりたいと言い始め、俺は困惑してしまった。


「(あまりにも突然すぎるし、なぜレストラン?)」


 俺が彼女の真意を見抜けずにいると、アスナはさらに言葉を続けた。


「特に大げさな理由があるわけではなくて、この新しい生活の中でなにか新しいことをやってみたくなったの」

「それがレストランなんだ」


 せっかく戦いの日々から一時抜け出して穏やかな日々を過ごしていたのに、飲食店の経営って結構大変だって聞くけどなぁ。

 別の意味で戦場だと思うのだけど、これはアスナ自身が決めたことだ。

 彼女がレストランをやりたいというのなら、パートナーである俺は心から応援させてもらうよ。


「私、料理スキルを持ってるし、短期間だけこの村にある空き家を借りられることになったの。私たちは職人プレイヤーじゃないから収支には拘らない。お客さんは一日一組限定で決まったメニューもなし。来てくれる人のためにメニューを考え食材もその日に合わせて仕入れし、できる限りのおもてなしをする。楽しそうだと思わない?」

「そういうのっていいかも」


 俺とアスナの二人きりで、看板もない知る人ぞ知る小さなレストランを経営する。

 お客さんも知り合いだけにして、彼らに俺とアスナが作った料理を振る舞うと、笑顔で舌鼓を打ち、お酒と会話も進む。

 うん、悪くないな。


「料理スキルは鍛えてないけど、俺ができることがあれば喜んで手伝うよ」

「キリト君も手伝ってくれるのね? ありがとう!」

「どういたしまして」


 たまにはこういうのも悪くない。

 俺には飲食店でアルバイトをした経験もないけど、未経験だからこその楽しさってものもあるだろう。


「それで早速役割について相談したいんだけど、いいかな……?」

「おう、俺にできることがあればなんでも言ってくれ!」


 そう言うとアスナが気まずそうな表情で。


「私がその日来るお客様のためにメニューを決めて、事前に食材を選びたいの。だから仕込み段階から料理にかかりきりになっちゃうと思うから、大変かもしれないけどキリト君にはそれ以外のことを全部任せられたりしないかな……?」

「料理以外全部!?」


 料理以外というと掃除からお店のテーブルセッティング、そして配膳からお皿洗いまで……飲食店のアルバイト経験がない俺にはやや、いや! かなりハードなオーダーに思わず考え込んでしまった。


「……やっぱ難しいよね。できれば料理は妥協したくないと思ってたんだけど、少し準備期間を調整して――」

「いや! 俺にできることは手伝うって言ったしな。男に二言はない!」

「キリト君……!」


 しかし…それってポジション的にはなにになるんだろう。職務範囲が広すぎて雑用係……いやいやいや、俺はお店の差配をすべて任された店長に任じられたんだ。

 料理長であるアスナと共に、成功に向けて全力を尽くそうじゃないか。




「ようし、埃一つないな! 完璧だ!」



 いよいよ、アスナが発案した二人だけのレストランがもうすぐオープンする。

 彼女は事前にチェックしていた様々な階層のお店、さらには知り合いのプレイヤーから様々な食材や調味料を仕入れ、早速料理を始めた。

 俺はというとアスナが借りてきた一軒家を、ぴかぴかに掃除し、レストランとして飾りつけをしていた。椅子とテーブルを配置、真新しいテーブルクロスをストレージから出す。一日一組だからこそセンスが問われるところだ。

 そしてこのお店の中央に置く花瓶……花を選ぶなんてしてこなかったから悩んだんだけど、目についた赤い花を摘んできた。ストレージから出し、花瓶いっぱいに生ける。うん、よし。


「キリト君、準備は順調?」


 キッチンから様子を見に来たアスナは、いつの間にか白を基調としたコックコートを着て赤いミドルエプロンをつけており、その色合いは在りし日の《閃光》の姿を彷彿とさせた。

 さらに長いコック帽を被り、首に赤いネッカチーフを巻き、本格的な装いであった。


「どうかな?」

「大変お似合いで見目麗しゅうございます」

「なにそれ」


 アスナがクスクスと笑う。


「それにしてもその服、どこで手に入れたんだ?」

「友達に作ってもらったの」

「あ……それってもしかして?」


 俺たち二人のの共通の友人の姿を思い浮かべる。

 アスナはコック姿がとても気に入ったようで、笑顔のままその場を何度かクルクルと回って、俺に披露していた。


「キリト君の分もあるよ」


 アスナはそう言うと、俺に実体化された服を渡してきた。


「わざわざ用意してくれたの? ありがとう」


 お礼を言い、早速もらったものを装備する。

 白いウィングカラーシャツと黒いベストとパンツ、そして黒のショートエプロン。

 俺の服装は黒が基調となっていて、着慣れない服装に戸惑いつつも、どこか落ち着いている自分がいた


「……俺が着るとちょっと変じゃないか?」

「そんなことないよ、大丈夫。とてもよく似合ってる!」

「そうかなぁ……」


 まぁアスナがそう言うならいいか、と思っていたところに――。


「おーっす! キリの字」


 本日のお客さん、クラインが来店してきた。

 クラインとはソード・アートオンラインサービス初日に知り合った顔なじみであり、現在はギルド《風林火山》のリーダーで一緒に攻略組として戦うこともある。


「急にどうしたんだ? レストランを始めるなんてよ」

「ちょっとした息抜きさ」


 クラインが俺の全身を見て、プッと笑い出す。


「にしてもキリの字、馬子にも衣裳とはまさにこのことだな」

「失礼なこと言うなあ」


 アスナさん、やっぱ大丈夫じゃないです……。


「お前はなんか常に急いでる感じだから、たまにはいいのかもしれないな」

「クライン……」


 そこにこのお店のシェフである、アスナがキッチンから出てきた。


「いらっしゃいませ、クラインさん。わざわざ来てくださってありがとうございます」

「おぉ! その格好はつまりアスナの料理が楽しめるんだな! キリの字の料理だったらどうしようと思ってたけど、これはお腹空かせてきた甲斐がありそうだな!」

「……今日のクライン、手厳しくないか?」

「ふふっ、クラインさんが好きそうなものはキリト君から聞いているので、喜んでもらえるよう精一杯準備させていただきます」

「おう! 楽しみにしてるぜ」


 アスナがそう言うと丁寧にクラインへお辞儀をしてキッチンへ向かう。その姿を見送りながら、俺はクラインを席まで案内する。


「キリト君、最初の料理が完成したよ」

「了解」


 早速一品目の料理が完成したようで、俺はそれをキッチンまで取りに行く。


「キリト君、お願いね」

「任せてくれ」


 そう言うとアスナから一皿目を預かる。このレストランの正真正銘の一皿目である。


「お待たせしました。一皿目は、旬の野菜とエディブルフラワーのサラダです」


 最初の一品は、前菜として旬の野菜と食べられる花エディブルフラワーを白く大きなお皿の上に絵画のように盛り付け、ジュレ状のドレッシングをかけた芸術的な一品だった。


「(アスナ、気合い入ってるな)」


 ただ美味しさだけを求めるのではなく、料理の美しさにまで拘っているのだから。

 クラインはそんな一皿をいろんな角度から覗き込みながら、第一声――。


「この花って食べられるのか?」


 ……クラインにはちょっと難しかったかな!?


「食べられるぞ、まぁ俺も食べたことないけど」


 クラインは前菜のサラダより、これから出てくる料理の方が好みだと思ってたけどな。


「キリト君、次の料理もお願い」


 キッチンからアスナが俺を呼ぶ。二皿目はテーブルにいてもいい香りがする、クラインの好きなアレだ。


「熱いから気を付けて運んでね」

「任せとけ!」


 これは運んでいるだけで食欲がそそられる一皿である。


「お待たせしました、二皿目はドライトマトとバジルのマルゲリータピザになります」


 そう言ってピザをテーブルに置くと、クラインは『おぉ!』と目を輝かせている。


「あのサービス開始の日、ピザ食べ損なってただろ? だからアスナと相談してピザにしようと決めてたんだよ」

「キリト……そんなこと覚えていてくれたんだな」


 お客さんを誰にするか相談した時、アスナから、クラインはどういうものが好きなのか聞かれてたんだよな。

 そこで、SAOサービス開始当日、クラインは宅配ピザを注文していたがデスゲームと化してしまって食べられなかったことを思い出したわけだ。


「いっただきまーす」


 クラインは熱々のピザを一切れ取り、ぱくっとひとくち。するとチーズがみょーんと伸びる。


「んん~! これは旨いな! ドライトマトの濃厚な甘みと酸味がチーズに合うな!」


 アスナお手製のピザも気に入ってくれているようだ。

 そしてこのピザには――。


「クライン、このピザにはこれが合うだろ?」


 俺はクラインにグラスを渡し、黄金色の液体を注ぐ。きめ細かな泡が立ち、部屋のライトがキラキラと反射している。

 そうエールである。

 アスナがクラインなら白ワインじゃなくてエールが好きなんじゃないかと言っていたが、どうやら当たっていたらしい。


「キリの字、さすがわかってるぅ~~~! くぅぅうう! やっぱ一日の疲れを癒すのはこれだよなぁ」


 そう言いながらクラインは嬉しそうに一気に飲み干す。空いたグラスにおかわりのエールを注いでおく。

 美味しそうにエールを飲みながらピザを頬張るクラインの姿をキッチンからアスナが見守っていた。

 次の料理を受け取りにキッチンへ戻るとアスナを目が合ったので、俺はサムズアップしながら。


「ピザとエールのコンボ技は大成功だったぞ!」

「よかったぁ~!」


 アスナは心配していたようで、ほっと胸をなでおろす。


「次もできたから、お願いね」

「三品目はパタニスカス・デ・ボアです」

「これはスペインの料理で、本当は塩ダラ(バカリャウ)を使うけど、レアリティの高いボアのお肉を使っています」


 アスナから聞いた料理の説明を、そのままクラインに伝える。

 それにしても意外な、それも変わったタイミングで出てきたな。

 クラインは若い男性だから、こういうガッツリとした料理を加えた方が満足度が高いとアスナは判断したのであろう。

 クラインが、熱々の揚げたボアをひとくち頬張る。


「あっふい! うんうん、んまいな! これもエールに合うっ!」


 天ぷらとは違って、しっかりとしたキツネ色の衣がザクッと音を立てる。クラインは、衣の中のボア肉の旨味と食感を噛み締めている。

 食べ終わるのと同時に、グラスに入ったエールも飲み干した。

 そして、メインディッシュとしてステーキが出てきた。

 お皿の中心に上品だけど確かな存在感がある。

 お肉も大きめで、食べ応えのある赤身――ヒレ肉かな?

 レアリティも高そうで、これにそそられない男はいないだろう。


「こりゃあいい肉だ。焼き方も俺好みのミディアムレア。普段食べている肉とは違って、ナイフがすっと入っていくぜ」


 そう言いながらステーキをカットしていくクライン。カットするとわかるが表面はしっかり焼き目をつけているのに、中はレアになっていて見ているだけでよだれが出てきそうだ。


「肉もうめぇんだが、このソースが特にうめえ! なんだか現実世界で食べたステーキに似た味な気もする!」


 ただのステーキではなく、アスナはソース作りに大分手間をかけたみたいだ。

 確か隠し味として、例の醤油風味の調味料もほんの一滴入っているとか。


「ステーキにはこれだろ?」


 そう言うと俺は新しいグラスと赤ワインとテーブルに置く。鮮やかな色味なのにしっかりと深みを感じさせる赤ワインをグラスに注ぐ。グラスに注ぐだけで葡萄の香りを感じる。


「おぉ! エール以外のお酒も出してくれるのか! ステーキに赤ワインなんて俺にはオシャレすぎるかもしれないな」


 そう言いながらもグラスを回しながら香りを感じつつ、ひとくち赤ワインを飲む。


「ん~~、いい香りだな!」


 パンも一緒に出すが、これにつけて食べるジャムやバターはアスナの知り合いの知り合いだという、料理スキル持ちプレイヤーのみで構成されたパーティーから入手したそうだ。

 彼らが作る手作りのジャムとバターは絶品だと評判だそうで、試食したら本当に美味しかった。

 ……それにしても本当に美味しそうなステーキだ。

 あとで賄いで出るのかな?


「最後に、デザートのパンナコッタです」


 これもアスナが自分で作ったものだ。

 紫色のソースがかかっているが、これもベリーを買ってアスナが自分で作っていた。


「うめぇ! 甘さ控えめなのもいいな。さっぱりする」


 そういえばクラインって、甘い物が苦手かも……なんてこともないようで、デザートも残らず平らげていた。


「実に旨かった」

「満足していただけましたか?」


 調理を終えたアスナが、シェフとしてクラインに挨拶をした。


「フルコースなんて、このゲームにログインしてから初めて食べたよ。料理もデザートもお酒もとても美味しかった」

「満足していただけてよかったです」

「ご馳走様」


 お代は俺が出す旨をすでにアスナには伝えてある。


「にしても〝あの副団長様〟の料理が食べられるなんて、ファンが知ったら押しかけてくるんじゃないか?」

「もう! そんなことないですよ」


 アスナがクラインにからかわれて照れている。

 そしてコック帽を取りながら丁寧にお辞儀をする。


「今日開店のお店に来て、美味しいと言ってくださってありがとうございます。これからもキリト君のこと、よろしくお願いいたします」

「アスナ……」

「おう! アスナもキリの字のことよろしくな!」


 最後にそう言うと、今日一番の笑顔でクラインは帰っていった。

 クラインを見届けた俺はレストランの後片付けを、そしてアスナは明日の仕込みを始める。

 それが終わると、そういえばまだ夕食を食べていないことに気がついたが、アスナが賄いを用意してくれていた。


「じゃじゃ―――ん、今日クラインさんに出したいいお肉を使ったローストビーフでぇ―――す」

「本格的で旨そうだなぁ」


 中まで低温でじっくりと火を通してあるローストビーフは、肉の旨味がよく引き出されていてとても美味しい。


「このソースがまたいいんだよな。さっきのステーキソースとも違っていて」


 これにも醤油風味の調味料が使われているのはわかるけど、ソースの味に旨味と深みを出しているものはなんだろう?


「ローストビーフのソースは、ローストビーフを低温で調理している時に出る肉汁を使うととても美味しくなるのよ」

「それは知らなかった」

「キリト君、明日も頑張ろうね」

「開店、閉店準備は任せてくれ」


 初日から上手くいってよかった。

 夕食を終えたら、明日に備えて早く寝るとしようか。




「本日はご招待いただき、ありがとうございます。釣りを愛する仲間たちで魚を沢山釣ってきました。これを使って調理していただけるとか。さすがは醤油を作り出したアスナさんだ」

「ニシダさん、みなさん。新鮮なお魚をこんなにいっぱいありがとうございます。腕によりをかけて料理しますから」

「楽しみですよ」



 二日目のお客さんは、ニシダさんをはじめとする釣りを愛するプレイヤーたちだった。

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