第一章 プリン一個で終わる世界 1
ぶちっ、と。何かが切れる音が物理的に響き渡った。
それは実に一週間にも及ぶ常盤台の中間テストの合間にあった小さな息抜き期間のお話。
プリンの空き容器だった。
最後の一個だけどこれどうする? からの悲劇であった。
何とも不穏なそいつを挟んで御坂美琴と食蜂操祈が爆発した。
「「テメこらどうせアンタが食ったんでしょうがコレ今すぐダッシュで買い直してこいやァああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」」
学園都市第七学区。
それも複数のお嬢様学校が集まる特別エリア『学舎の園』内部。
ですのですわごきげんよう時空の中心も中心点、名門常盤台中学の平和で緑溢れる中庭にありえない絶叫が炸裂した。ベージュの袖なしニットに白の半袖ブラウス、濃い灰色のスカートは間違いなく常盤台の制服なのだが、美琴も食蜂もコスプレではない。正真正銘きちんとした本物お嬢のはずである。その二人がこんな事になっていた。
ツインテールの後輩女子、白井黒子(口元にカラメル系洋菓子の汚れあり)は苦笑いしながら割って入る。
「ま、まあまあお二人とも、その辺にしてくださいな。確かに行列のできる名店の激レア高級プリンではありますが、お昼休みとはいえそもそも学校の中でお菓子を食べている方が普通ではないのです。今この瞬間食べられない事を嘆くのではなく日々食べられる事に感謝をすれば怒りの矛も収まるというもn
そして食蜂操祈がテレビのリモコン一つで白井を洗脳し棒立ちになったところを御坂美琴が音速三倍の『
まったくこれがヘンタイでなければ死んでいるところだ。
美琴と食蜂は真っ昼間から星座になった女と一緒になって止めに入ろうとしていた縦ロールの帆風潤子の方へぐりっと首を回す。二人とも、実はすっげえー仲良しさんなのでは? といっそ疑いたくなるくらいのシンクロでダブルお嬢がゆった。
「「まだ何か?」」
「いっ、いえいえそんな……滅相もない……」
安定の縦ロールは賢明にも引き下がった。笑顔で。もし帆風潤子がここで発言を許されていれば吹っ飛んでいった白井黒子の口元に何があったかみんなで思い出しただろうに。
ただしプリンなんて氷山の一角である。
これまでの溜まりに溜まった鬱憤というものがあった。
ショートヘア派とロングヘア派。
カワイイ派とキレイ派。
短パン穿く派と穿かない派。
猫派と犬派。
夏休み派と冬休み派。
打ち上げ花火派と線香花火派。
すんなり逆上がりできる派と全くできずに両足ジタバタさせる派。
ビーフカレー派とシーフードカレー派。
ウルトラ解像度のプラステ派とカジュアル志向なスケッチ派。
そしてトドメに肩こり全くしない派といつもしている派。
すなわち貧乳と巨乳。
哀しいが人類は一つになどなれない。どれだけ言葉を積み重ねたところで、そもそもが生まれた時から決して相容れない人間というのも確かに存在する。
つまりここが火蓋であった。
御坂美琴と食蜂操祈、ついに
キン、という小さくも甲高い金属音が響き渡る。
御坂美琴の親指で軽く弾いたゲームセンターのコインだった。学園都市第三位『
手慣れた様子で一度真上に放ったコインを改めて親指の爪側で受け止めると、
「大ボス相手に実力をちょこちょこ小出しにするアホがいてたまるかァああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
カッッッ!!!!!! と。
音速の三倍で金属が空気を切り裂いた。あまりの摩擦でオレンジ色の軌跡を描き、五〇メートルも進めばコインの方が消滅してしまうほどの初速と破壊力。学園都市第三位、御坂美琴の真骨頂たる一撃必殺の力業である。ていうかまともに当たったら(良く鍛えられた重度のヘンタイ以外は)普通に死ぬ。
が、
「うふふ☆」
笑顔を浮かべたまま食蜂の胴体ど真ん中、おへその辺りに直撃し、渦を巻くようにねじれ、しかし不自然に霧が空気へ溶けるようにそのシルエットが消えていく。
食蜂操祈は着弾点から五メートル右に立っていた。
しくじった。
誘われた。
常盤台のクイーンはテレビのリモコンの先端を自分の唇に妖しく押し当てて、
「それはこちらの台詞力ってヤツよぉ?」
「っ? アンタの陰湿洗脳パワーは私の脳にだけは一切通じないはず。無意識に展開する電磁気のバリアみたいなもので弾かれないとおかしいのに一体どうしてこんな幻が……っ?」
「わざわざ丁寧力な解説ありがとう☆ そして一体何が起きたと思う?」
自分が間違っていないのであれば、周囲の景色全体がおかしな事になっている。
美琴が正しい解答を得るまで二秒もいらなかった。
「そうか今のは私の頭がどうにかなって生まれた幻覚じゃないわ。いきなり前提を覆したんじゃなくて、周りにいるお嬢様を片っ端から操って映像を表示する能力を無理矢理使わせたってだけだったのよ!! (ガカァッ!!)」
な、なんですってえーっ!? と帆風潤子が陰影強めの驚愕顔で叫んでいた。
食蜂はリモコンをくるくる回して、
「大正解☆ 御坂さぁん、さっきから聞いてもいない事を一人で勝手力にべらべらしゃべりまくって止まらなくなっているけどぉ、ひょっとしてこういう少年漫画のノリと解説がお好きな人なのかしらぁ。あと帆風さんあなたどっちの相方よオイ?」
常盤台のエースをナメてくれるな、こちとらコンビニの雑誌コーナーがあれば店員さんの強い視線にも負けず何時間でも立ち読みしていられる人種である。ページを留めてる立ち読み防止シール? あっても普通に剥がすし(暴君)。
生徒総数は二〇〇人弱、ただしその全員が『最低でも』
ザッ!! と。
ひとまず三、四〇人ほど。虚ろな目をしたお嬢様方が遠巻きに御坂美琴を取り囲む。当然ながら、これでダメでも食蜂側はまだまだ洗脳して呼び出せる。
「小出し派め、やっぱりアンタとは相容れないわ……」
「今さらナニ当たり前の話をしているのぉ? あと御坂さんってしれっと残酷よねぇ、その小出しの中には
ぱいん、といちいち大きなおっぱいを揺らしながら食蜂が応じた。
「ドスケベ悪女のくせにこつこつレベルアップしていく勇者サイドやってんじゃないわよ!」
「そっちこそぉ」
ぱいんぱいんぽいんぽいん、と弾むのが止まらない。
これほんとにたゆたゆ同じ中学生かぱいん。
「熱血善人気取りならいきなり最大戦力を投入して主人公の故郷を焼き討ちする魔王モードはやめてもらいたいところダゾ?」
「……、」
「まあ基本は一人で何でも解決しようとする他人を信用しない御坂さんにはパーティ組んで戦う仲良し勇者より悪の魔王の方が似合っているかもしれないけどぉ?」
ぱいんぱいんぽいんぽいん、ぱいんぽいんぱいんぽいんぱいんたゆたゆゆっさゆっさぱいんゆっさぽいんぽいん。ゆさゆさぱいんぽいん、ぱいんぱいんぽいんぱいんぱいん、ゆさぱいんゆさゆさたゆんぽいんぱいんぱいん? ゆさゆっさたゆんぱいんぽいんぱいんぱいん!
「あーやっぱりムカつくなあもおーっっっ!!!!!!」
「なっなに号泣力しながらわし掴みしてんのよぉ!!!???」
さしもの精神系最強でも血の涙を流す貧乳の思考までは読み切れなかったのか。ワンテンポ遅れて慌てて振りほどき、顔を真っ赤にした第五位の少女が後ずさりする。
こんなのだから常盤台のクイーンとは絶対に相容れないのだ!!
御坂美琴の前髪から小さく紫電が散らばり、右手に磁力で砂鉄を集めて高速振動する黒い剣に作り替える。
大勢を操る『
とはいえ美琴が即座に弾き出した最適の答えはこうだった。
即時撤退、である。
(……チッ。誰を洗脳したってハズレなし、何回回してもレジェンド以上確定全方位高位能力者だらけの常盤台の中じゃ分が悪いか!!)
「圧殺なさぁい!!!!!!」
食蜂操祈が号令を出すのと、御坂美琴が磁力を使って一番近い校舎の壁までぶっ飛んで両足をつけるのはほぼ同時だった。
衝撃波に火炎放射、念動、氷塊、錆びて危険な鉄塊や重力まで。
校舎の壁が立て続けの攻撃で一気に叩き崩されていくが、逃げる美琴にまでは追い着かない。彼女は校舎から校舎に飛び移り、そして敷地の外へと全力で走っていく。