第一章 プリン一個で終わる世界 9

 食蜂操祈も、遠くから見ているだけで大体の顛末は推測できた。

 何か鋭く光ったと思ったら、施設を襲っていた方々が一瞬で蹴散らされている。

「うげっ!? だ、『大覇星祭』の時にあれだけ散々あちこちに迷惑力をかけておきながら、躊躇なく自滅的な切り札を切ってきたっていうの。御坂さんのヤツう……」

 ミサカネットワークで演算能力をブーストさせると、御坂美琴の『超電磁砲レールガン』は次の段階へ無理矢理押し上げられるらしい話は木原幻生の実験ですでに確認されている。ただしそれは彼女自身が時間経過と共に人としての形を失いながら、しかも自力ではモードを終了できないというハイリスク極まりないおまけ付きでだ。

 それでも容赦なくやった。

 一瞬だが確定で超能力者レベル5の次の段階を垣間見る何か。その中途の段階。こうなると、第五位の超能力者レベル5という安定したブランドだけで立ち向かうのは心許なくなってくる。

(でも確かあれぇ、学園都市の崩壊を望む心性が集団で絡みついてくるとかいう心底力ヤバい特徴があったような……)

『『『おおおおおお!! 滅べ世界っ、ソフトボールより大きな乳房の存在などは決して認めぬぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!』』』

「……豊かで幸せに恵まれた巨乳を憎む精神性が無尽蔵に御坂さんの背中を後押ししている。ていうか学園都市って平均以下の薄くて哀しい貧乳力ばっかりなのかしら、ちょっとがっかりねぇ」

 ともあれのんびり観察している暇もなかった。

 今あんな化け物に捕まったら莫大な電気的エネルギーで右と左の乳を一つずつ消し飛ばされかねない。こう、わし掴みからの大放電で。

 さて。

 そろそろ現実を見るか。

「……帆風さぁん、あなたの馬鹿力ならアレ倒せると思う?」

「女王のご命令さえあれば」

 即答であった。

 しかし食蜂はそっと息を吐く。完璧に洗脳できてしまうというのも善し悪しだ。今のは意気込みの話であって現実的なスペックは無視されていると見て良いだろう。

 何しろ周囲の景色が軽く歪んで見えるほどの電気的エネルギーの塊だ。こう、ご近所でも有名な変人博士がきちんと使えばタイムマシンくらい作れちゃいそうな勢いの。

 策もなく闇雲に突撃させたら多分帆風は蒸発する。

 ビリビリビリ!! と遠く離れたここからでも食蜂は肌を刺激する威圧を感じる。

 成立の過程自体はどれだけ馬鹿馬鹿しくても、耐久力の限界に達して内側から起爆した場合、あれ単独で学園都市くらい丸ごと吹っ飛ばしかねない化け物だ。

 第三位のフィジカル最強馬鹿が一個突き抜けやがった。

(それじゃこっちはどうしようかしらねぇ)

 手持ちの秘密兵器を確認する食蜂。

外装代脳エクステリア』は食蜂操祈の大脳皮質の一部を切り取って培養、際限なく肥大化させた代物だ。食蜂が自分自身に『心理掌握メンタルアウト』を使って接続窓口を開く事により、巨大な塊の力を借りて演算能力を飛躍的に向上させる事ができる。

 つまり第五位の超能力レベル5のスペックを外から強引に底上げするオモチャだ。

 とはいえ、最大効率で使っても美琴の雷神化のように人間辞めちゃう展開まではいかない。できるのはせいぜい『数キロ四方にわたって数千人規模の人間を一瞬で同時に洗脳してしまう』といった程度の話でしかない。

 御坂美琴自身に『心理掌握メンタルアウト』は通じない、という前提がある以上、あの雷神と正面衝突した場合は『外装代脳エクステリア』アリでも食蜂側が押し負かされるだろう。

 さてこの前提を踏まえた上で。

 食蜂操祈側には今現実に何ができる?

「……あ、そうだ。面白いコト思いついちゃったんダゾ☆」

 中枢非常電源施設に用はない。さっさと手放して、食蜂操祈は洗脳済みの帆風潤子を連れてよそに向かう。

外装代脳エクステリア』があるならこっちだって大雑把極まりない作戦が使えるのだ。

「どうするのですか、女王?」

「そうねぇ。じゃあネズミ算作戦でいきましょうか」

「?」

 首を傾げる(洗脳状態の)帆風は放っておいて、常盤台の女王は早速行動開始。

外装代脳エクステリア』を使っても、できるのは数千人をまとめて一度に洗脳するくらいだ。学園都市全体の人口が二三〇万人という事を考えると、これだけでは少々心許ない。

「なのでひとまず操る人間を選別するところから始めましょう。こっちのキャパは数千人。だけど例えばぁ、?」

「なるほど」

「その数千人の部下達が、さらに普通の一般人に洗脳を広げていけばキャパは増える。能力者一人頭操れる人間が一〇人から一〇〇人くらいとしてぇ、数千人規模の精神系能力者が集まればざっと一〇万人単位の人間を直接的な洗脳状態にできるかしら。ねえ口囃子さぁん?」

『ええ。それに一定数を操ってしまえば群集心理が発生します。非洗脳状態の健康な皆様も、ついつい右向け右で似たような心理状態へと間接的に導かれて操られてしまうかもしれませんね』

「という訳でひとまずそーれ☆」

 ぎゃあああ食蜂操祈ぃーっ!! と怨嗟の叫びを放ったのは下位の精神系(で食蜂がとことんキライな)蜜蟻愛愉のようだが、能力スペックではこっちが上で、しかも今は大型施設でブーストまでかけている。『暗部』で火遊びしてるくらいが関の山の脇役なんぞに抗える状況ではない。さっさと将棋の駒を取ってしまう。

 そして二三〇万人全員を洗脳する必要はない。

 その半分、一〇〇万人の精神状態を直接間接問わず食蜂操祈の影響下に置ければおそらく『アレ』に手が届く。

 雷神化美琴に対抗するに足る、学園都市の秘奥。

 つまりは、


使☆」


 ガカッッッ!!!!!! と。

 恐るべき閃光第二弾が学園都市の一角で炸裂した。

『ああっ、……虚数学区からムリヤリ引きずり出されて、こんなのだめ……きゃああーっ!?』

 なんか途中、内気(で美琴や食蜂よりはよっぽど理性的)な少女の声が聞こえた気もしたが、それはさておいて。

 なす術もなく莫大なエネルギーはコントロールされ、一人の少女の内部へ納まる。ビリビリビリ!! と空気が細かく振動し、食蜂操祈の輪郭そのものが大きく変貌していく。第一印象は黄金に輝く美の女神といった感じ。背中から飛び出したのは光り輝く天使の翼、いいや巨大で鋭利な花の花弁か。

『ふはっ☆』

 笑みだった。

 風もないのにぶわりと長い金髪を左右に大きく広げた女王が凶悪な笑みを浮かべていた。

 ギン!! と。

 硬質な音と共に、頭の上に黄金の輪が生じる。複数の花を絡めた花輪だ。

『ふはははははははは!! 金色の長い髪に大きなおっぱい、そして名門校の制服装備! 前から親和性が高そうだと思っていたのよねぇーこの神秘力ッ!!』

 パワーがみなぎってさらに大きくなっちゃった金髪乳が胸を張っていた。

 ……全体的にはうっすら光り輝いて背中から眩い花の翼とか生えているくせに、天使の輪っかの中に握り拳大の真っ黒なブラックホールが浮いてる辺りが食蜂操祈っぽくもあるが。

 人間超えちゃった雷神サマは首を傾げて仰られた。

『腹黒www』

『こらぁ!? こういう時だけしれっと文明力取り戻してんじゃないわよぉ!!』

 調子を崩されてはならない。

 金色に輝く女神様はものすげー人間臭く咳払いしてから、

『げふんっ、さあさあ御坂さぁんこれで科学の神の称号はもはやあなただけのものじゃなくなったわ。私は並び立ち、そして躊躇なく追い抜く!! 美の女神? 豊穣の女神? うふふそれとも勝利の女神ぃ? あなたがクソやかましくビカビカ光る乱暴マッチョな雷神なら美しく花で飾られた私は一体何の女神様として学園都市の皆に祀られるのかしらねぇ!!!!!!』

『……軍神か破壊神、いいえもっと直接的に死神とか?』

『口囃子さん? 身を隠していれば何を言っても安全だなんて神話はもう崩れたんダゾ?』

 髪や衣装のあちこちで咲き誇る巨大な花が揺らめき、甘い香りが振り撒かれる。細かい砂金に似た光り輝く花粉が風に流される。それだけだった。たったそれだけで、彼女を中心に直径五キロほどの全てが洗脳されていく。

 花は自ら動かず、その香りや色彩に釣られて集まってきた虫や小動物を利用し花粉や種子を運ばせて繁栄していくばかりか、時に害虫の天敵を呼び寄せて間接攻撃すら実行する。

 もはや食蜂操祈はリモコンを向けて相手を意識する必要さえない。

 ただそこに立つだけで周囲の全てを問答無用で操る、精神系の巨大ハリケーン。

『これが女王の領域、私だけの聖域。さあさあ御坂さんあなたを踏み潰して決着力をつけるわよぉ!!』

 ずんっ!! と。

 線が細くグラマラスな少女がたった一歩進んだだけで、世界が確実に震動した。

 壁で囲まれて逃げ場のない学園都市にもう一つの怪獣が出現した瞬間であった。

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