第二章 そもそもの疑問 5

 美琴も食蜂も、後はもう最後の最後まで戦うだけだ。それ以外の選択肢は目の前で奪われた。

 わあっ!! と。

 映画に出てくる合戦シーンみたいな大音声がコンクリとアスファルトの街を揺さぶる。

 なんか騒ぎの中心でお神輿みたいに担がれている人がいた。

「ふふふへへへへもう希望なんかどこにもないわ、最後にせめて御坂さんそろそろ決着をつけましょう? 正々堂々と勝負するんダゾ☆」

「コソコソ(……おまわりさんあいつですあのヘンタイ欲求不満おっぱいお化けが全ての元凶)」

「だから真面目に勝負しなさいよぉ!!」

 キホン策士のくせに煽り耐性が極端に低いアンバランスな女王サマが割と本気の涙目で(実はケンカっ早い美琴と似たり寄ったりに)叫ぶのと、

『美偉! そっち回り込んで封殺して!!』

『あなたもサボり魔のくせして何だかんだで勤勉な風紀委員ジャッジメントよね……』

 固法美偉や柳迫碧美といった付近のセンパイ系風紀委員ジャッジメントが(多分無許可の集会を取り締まるとかいう理由で)食蜂操祈へ殺到していくのはほぼ同時だった。

 食蜂が操れる限界は数キロ四方で数千人くらい、らしい。

 つまり第五位は自分を中心に直径数キロのテリトリーを構築し、台風のように移動しながら美琴を襲っている訳だ。エリアから外れた人間は適宜洗脳を解いていく事で常に空きストックを確保していく。

 徒歩で走って逃げている美琴からすれば感覚的には街の全部が雪崩みたいに動いて襲いかかってきているのと大して変わらない。

 しかし見た目と本質のズレは見逃せない。

 そう、食蜂操祈は二三〇万人を一度に全部洗脳できる訳じゃない。見せかけているだけだ。

(ネットサーバーの保守点検要員、交通管制、警備員アンチスキルのお偉いさん、下手したら一二人しかいない統括理事まで……。食蜂側だって、操っていた方が得だから手放したくない人材はいるはず。そういう連中はエリアから抜けたから解除しますとはならない。つまり必要不可欠な人間が増えればその分だけ食蜂の洗脳空きストックは減っていく!)

 それだけなら美琴にとって不利な条件が積み重なる羽目になる、とも言える。何しろインフラや権力を握る人間が食蜂側の手に落ちれば、防犯カメラから無人兵器まで学園都市の機能を奪われて美琴に牙を剥いてくるからだ。

 だけど、

(なら、例えば? 大した役に立たないしいらない駒なんだけど洗脳を解くと怒って襲ってくるから解除もできない。そういうお邪魔虫をたくさん押しつける事でもヤツの空きストックを埋めてパンクさせられる。二三〇万人もいるんだもの。必要最低限の危険を回避するつもりでも、数千くらいのストックなんかパズルゲームのブロックみたいにあっという間に埋まっちゃうはず!!)

 正義感に溢れ、暴走能力者込みで犯罪者を捕まえる警備員アンチスキルなど美味しい捨て駒だ。

 食蜂には『心理掌握メンタルアウト』がある。

 大人の警備員アンチスキルをいくら差し向けても遅かれ早かれ洗脳されてしまうだろう。ならばできるだけ美琴側にとって有益な『遅かれ』をこっちから組み立てるまでだ。具体的には、美琴が一定以上の距離まで逃げ切るための時間稼ぎをしてくれれば十分。よほど特殊な能力者でない限り、人数は一線を越えたところで『群衆』という一つの塊になって無個性化してしまうし。

 そんな風に考えていた美琴だったが、ここで予想外が発生した。

 運動音痴の女王食蜂操祈が、すらりとした手を正面にかざした。

 向かってくる警備員アンチスキルに対して掌を向けると、


「はーっ!!」


 ぶっ飛んだ。

 気合い一発で重装備の警備員アンチスキルが真後ろに五メートル以上飛んでいったのだ。

 流石の御坂美琴も思わず目を白黒させて立ち止まった。

「なっ、え、なにそれ仙人ッ!? バカがなんか面白いコトやってる!!」

「精神系最強の能力を使えば『本人の力で真後ろに吹っ飛んでもらう』くらいは訳ないのよぉ御坂さぁん。……あと今なんつった誰を指差してバカだと?」

 洗脳して一瞬でダウンを獲り、一瞬で解除してしまえば空きストックは埋まらない。

 第五位がパチンと指を鳴らすと、改めて大群衆が一斉に美琴側へ襲いかかってくる。まるで人間で作った高波だ。接触されたらそのまま頭の先まで呑み込まれる。

 そんな風に第三位が思った時だった。

 まったく別の流れがあった。

 ずしん!! と。

 何か出てきた。

 カマキリにも似た特殊な構造の駆動鎧パワードスーツ。折り畳んだ前脚の代わりに装着されているのはガトリングレールガン。

 FIVE_Over.

 Modelcase_”RAILGUN.”

(ほんとにいつの時系列なんだこれ!!!???)

 音が消えた。

 さしもの美琴もとっさにビルの角に身を隠し、直後にコンクリの分厚い壁が豆腐みたいに崩された。第三位を模してそれ以上の現象を起こす駆動鎧パワードスーツ、ファイブオーバー。オレンジ色の帯を形作るあの一発一発がレールガンとか完全にどうかしてる。

 ここが夢か現実かバーチャルかもはっきりしない内からあんなの喰らいたくない。

 運動音痴の食蜂もビビって物陰に転げているという事は、多分彼女の洗脳ではなく『まともな』学園都市陣営だ。もっとも基本はハイスペックなのに根っこがポンコツなあの女の場合、洗脳した人へ声高らかに命令して自爆、というコマンドミスの線も完全には否定できないが。

 ヴん!! と。

 巨大な羽音みたいなのが聞こえたと思ったら、人工物でできたヒメバチみたいなのが空中を飛んでいた。あれもファイブオーバー? だけど美琴は見た事がない。何となくウチのカマキリと同系のシリーズだとは予測がつくのだが、では具体的に第何位のだ!?

「あっ、私のファイブオーバーだわぁ」

「『この』世界の嫌な事の元凶は大体全部アンタなのかデカパイ疫病神……」

「あっちのタコみたいなヤツも」

 いい加減にムカついた美琴は電気の力でファイブオーバーOSを操って常盤台のクイーンに押しつけた。強めに。

「どぶっ? ちょ、べたべた巻きつくな甘えん坊マシン! アウトサイダーとはいえあなたは第五位のファイブオーバーシリーズなんだから私の側につきなさいよぉ!!」

「にゅるにゅる触腕系はアンタの担当だろドスケベおっぱいボディ」

「今なんつったこらぁ!!」

 いちいち相手にしてらんないのでさっさと逃げる美琴。

 しかしいよいよ超能力者レベル5を直球の力業で殺しかねない超兵器が顔を出してきた。

 余裕なんか一個もない。

(ていうか今まであそこまで強力な兵器は投入されてこなかったはず。何か、学園都市での情勢みたいなものが変わった!?)

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