アスナは言葉に詰まる俺に呆れたような視線を投げかけながら、
「どうせ君の部屋にはろくな道具もないんでしょ。今回だけ、食材に免じてわたしの部屋を提供してあげなくもないけど」
とんでもないことをサラリと言った。
台詞の内容を脳が理解するまでのラグで停止する俺を気にもとめず、アスナは警護のギルドメンバー二人に向き直ると声をかけた。
「今日はここから直接《セルムブルグ》まで転移するから、護衛はもういいです。お疲れ様」
その途端、我慢の限界に達したとでも言うように長髪の男が叫んだ。SAOにもうすこし表情再現機能があったら、額に青筋の二、三本は立っているであろう剣幕だ。
「ア……アスナ様! こんなスラムに足をお運びになるだけに留まらず、素性の知れぬ奴をご自宅に伴うなどと、と、とんでもない事です!」
その大仰な台詞に俺は内心辟易とさせられる。《様》と来た、こいつも紙一重級の崇拝者なんじゃなかろうか、と思いながら目を向けると、当人も相当にうんざりとした表情である。
「このヒトは、素性はともかく腕だけは確かだわ。多分あなたより十はレベルが上よ、クラディール」
「な、何を馬鹿な! 私がこんな奴に劣るなどと……!」
男の半分裏返った声が路地に響き渡る。三白眼ぎみの落ち窪んだ目で俺を憎憎しげに睨んでいた男の顔が、不意に何かを合点したかのように歪んだ。
「そうか……手前、たしか《ビーター》だろ!」
ビーターとは、《ベータテスター》に、ズルする奴を指す《チーター》を掛け合わせた、SAO独自の蔑称である。聞き慣れた悪罵だが、何度言われてもその言葉は俺に一定量の痛みをもたらす。最初に俺に同じことを言った、かつて友人だった奴の顔がちらりと脳裏をよぎる。
「ああ、そうだ」
俺が無表情に肯定すると、男は勢いづいて言い募った。
「アスナ様、こいつら自分さえ良きゃいい連中ですよ! こんな奴と関わるとろくなことがないんだ!」
今まで平静を保っていたアスナの眉根が不愉快そうに寄せられる。いつのまにか周囲には野次馬の人垣ができ、《KoB》《アスナ》という単語が漏れ聞こえてくる。
アスナは周囲にちらりと目を向けると、興奮の度合いを増すばかりのクラディールという男に、
「ともかく今日はここで帰りなさい。副団長として命令します」
とそっけない言葉を投げかけ、左手で俺のコートの後ろベルトを摑んだ。そのままぐいぐいと引き摺りながら、ゲート広場へと足を向ける。
「お……おいおい、いいのか?」
「いいんです!」
まあ、俺には否やのあろうはずもない。二人の護衛と、いまだに残念そうな顔のエギルを残して俺たちは人ごみの隙間に紛れるように歩き出した。最後にちらりと振り返ると、突っ立ったままこちらを睨むクラディールという男の険悪な表情が、残像のように俺の視界に貼りついた。