1 アインクラッド

7 ②

 我ながらあきれる台詞せりふだが、もう後には引けない。今までえて俺の存在を無視していたクラディールは、顔をゆがめて手を振りほどくと、


「貴様ァ……!」


 きしむような声でうなった。その表情には、システムによる誇張を差し引いても、どこか常軌をいつした何かを感じさせるものがある。


「アスナの安全は俺が責任を持つよ。別に今日ボス戦をやろうって訳じゃない。本部にはあんた一人で行ってくれ」

「ふ……ふざけるな!! 貴様のようなプレイヤーにアスナ様の護衛が務まるかぁ!! わ……私は栄光ある血盟だんの……」

「あんたよりはマトモに務まるよ」


 正直な所、この一言は余計だった。


「ガキィ……そ、そこまででかい口をたたくからには、それを証明する覚悟があるんだろうな……」


 顔面そうはくになったクラディールは、ふるえる右手でウインドウを呼び出すと素早く操作した。即座に、おれの視界に半透明のシステムメッセージが出現する。内容は見る前から想像がついた。

【クラディール から1vs1デュエルを申し込まれました。じゆだくしますか?】

 無表情に発光する文字の下に、Yes/Noのボタンといくつかのオプション。俺はちらりととなりのアスナに視線を向けた。彼女にはこのメッセージは見えていないが、状況は察しているだろう。当然止めると俺は思ったのだが、おどろいたことにアスナは硬い表情で小さくうなずいた。


「……いいのか? ギルドで問題にならないか……?」


 小声で聞いた俺に、同じく小さいがきっぱりした口調で答える。


だいじよう。団長にはわたしから報告する」


 俺は頷き返すとYesボタンに触れ、オプションの中から《しよげき決着モード》を選択した。

 これは、最初に強攻撃をヒットさせるか、あるいは相手のHPを半減させたほうが勝利するという条件だ。メッセージは【クラディールとの1vs1デュエルを受諾しました】と変化し、その下で六十秒のカウントダウンが開始される。この数字がゼロになったしゆんかん、俺とやつの間では街区でのHP保護が消滅し、勝敗が決するまで剣を打ち合うことになる。

 クラディールはアスナの首肯をどう解釈したものか、


「ご覧くださいアスナ様! 私以外に護衛が務まる者など居ないことを証明しますぞ!」


 狂喜を押し殺したような表情で叫び、芝居ががった仕草で腰から大ぶりの両手剣を引き抜くと、がしゃっと音を立てて構えた。

 アスナが数歩下がるのを確認して、俺も背から片手剣を抜く。さすがに名門ギルドの所属だけあって、ものは奴のほうが格段に見栄えがいい。両手用と片手用のサイズの違いだけでなく、俺の愛剣が実用一本の簡素なものなのに比べ、向こうは一流の細工職人の技とおぼしきれいな装飾がほどこしてある。

 俺たちが五メートルほどのきよを取って向き合い、カウントを待つ間にも周囲には次々とギャラリーが集まってきていた。無理はない、ここは街のド真ん中のゲート広場である上に、俺も奴もそこそこ名の通ったプレイヤーなのだ。


「ソロのキリトとKoBメンバーがデュエルだとよ!!」


 ギャラリーの一人が大声で叫び、ドッと歓声がいた。普通デュエルは友人同士の腕試しで行われるもので、この事態に至るまでの険悪な成り行きを知らない見物人たちは、口笛を鳴らすわを飛ばすわ大変なさわぎだ。

 だが、カウントが進むにつれ、おれにはそれらの声は聞こえなくなっていった。モンスターとたいする時と同じように、まされた冷たい糸が全身を貫いていくのを感じる。野次を気にしてちらちらと周囲にいらった視線を向けるクラディールの全身の様子、剣の構え方や足の開き方といった《気配》を読むべく、俺は意識を集中した。

 人間のプレイヤーはモンスター以上に、り出そうと意図する剣技のくせが事前に現れるものだ。突進系、受身系、上段から始まるか下段からか、それらの情報を相手に与えてしまうことは、対人せんとうでは致命的なミスとなる。

 クラディールは剣を中段ややかつぎ気味に構え、前傾姿勢で腰を落としていた。明らかに突進系の上段攻撃の気配だ。無論それがフェイントということもあり得る。実際俺は今、剣を下段に構えてゆるめに立ち、初動を下方向の小攻撃から始めるように見せかけている。このへんのきよじつの読み合いはもう勘と経験にたよるしかない。

 カウントがひとけたになり、俺はウインドウを消去した。はや周囲の雑音は聞こえない。

 最後まで俺とウインドウとの間で視線を往復させていたクラディールの動きが止まり、全身がぐっときんちようした。二人の間の空間に、紫色のせんこうを伴って【DUEL!!】の文字がはじけ、同時に俺は猛然と地面をっていた。ブーツの底から火花が飛び散り、切り裂かれた空気が重くうなる。

 ごくごくわずか、ほんのいつしゆん遅れてクラディールの体も動き始めた。だが、その顔にはきようがくの表情が張り付いている。下段の受身気配を見せていた俺が、予想を裏切って突進してきたからだ。

 クラディールの初動は推測通り両手用大剣の上段ダッシュ技、《アバランシュ》だった。なまはんなガードでは、受けることに成功してもしようげきが大きすぎて優先的反撃に入れず、けても突進力によってきよができるため使用者に立ち直る余裕を与える優秀な高レベル剣技だ。あくまでモンスター相手なら、だが。

 その技を読んだ俺は、同じく上段の片手剣突進技《ソニックリープ》を選択していた。技同士がこうさくする軌道である。

 技の威力そのものは向こうのほうが上だ。そして、武器による攻撃同士が衝突した場合、より重い技のほうに有利な判定がなされる。この場合は、通常なら俺の剣は弾かれ、威力を減じられるとはいえ勝敗を決するに充分なダメージが俺の体に届くだろう。だが、俺のねらいはクラディール本人ではなかった。

 二人の距離が相対的にすさまじいスピードで縮んでいく。だが同時に俺の知覚も加速され、徐徐に時間の流れがゆるくなるような感覚を味わう。これがSAOのシステムアシストの結果なのか、人間本来の能力なのかはわからない。ただ、俺の目には剣技を繰り出すやつの全身の動きがはっきりと見て取れる。

 大きく後ろに振りかぶられた大剣が、オレンジ色のエフェクト光を発しながらおれに向かってち出されてくる。さすがに最強ギルドの構成員だけあってステータスはそこそこのものらしく、技の発生速度が俺の予想より速い。強くかがやく刀身が迫る。必殺の威力をはらむそれを正面から食らったら、いちげき終了のデュエルとは言え看過できないダメージをこうむるに違いない。勝利を確信したクラディールの顔に隠せない狂喜の色が浮かぶ。だが──。

 先を取り、いつしゆん早く動き出した俺の剣は斜めの軌道を描き、こちらは黄緑色の光の帯を引きながら、まだ振り途中で攻撃判定の発生する直前のやつの大剣の横腹に命中した。すさまじい量の火花。


 武器と武器の攻撃がしようとつした場合のもうひとつの結果、それが《武器かい》である。

 無論めったに起きることではない。技の出始めか出終わりの、攻撃判定が存在しない状態に、その武器の構造上弱い位置・方向から強烈な打撃が加えられた場合のみそれが発生する可能性がある。

 だが俺には、折れるという確信があった。装飾華美な武器は、がいして耐久力に劣る。

 果たして──耳をつんざくような金属音をき散らし、クラディールの両手剣がその横腹からヘシ折れた。爆発じみた派手なライトエフェクトがさくれつする。

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