そのまま俺と奴は空中ですれちがい、もと居た位置を入れ替えて着地。回転しながら宙高く吹っ飛んでいった奴の剣の半身が、上空できらりと陽光を反射したかと思うと、二人の中間の石畳に突き立った。直後、その剣先とクラディールの手に残った下半分が、無数のポリゴンの欠片となって砕け散った。
しばらくの間、沈黙が広場を覆った。見物人は皆口をぽかんと開けて立ち尽くしている。だが俺が着地姿勢から体を起こし、いつもの癖で剣を左右に切り払うと、わっと歓声が巻き起こった。
すげえ、いまの狙ったのか、と口々に一瞬の攻防を講評しはじめるのを聞き、俺はため息を吞み込んだ。技一つとはいえ衆人環視の中で手の内を見せるのは、あまり気持ちのいいものではない。
剣を右手に下げたまま、背を向けてうずくまっているクラディールにゆっくりと歩み寄る。白いマントに包まれた背中がぶるぶるとわなないている。わざと音を立てて剣を背中の鞘に落としながら、俺は小声で言った。
「武器を替えて仕切りなおすなら付き合うけど……もういいんじゃないかな」
クラディールは俺を見ることなく、両手で石畳に爪を立てておこりのように体を細かく震わせていたが、やがて軋るような声で「アイ・リザイン」と発声した。別に日本語で《降参》や《参った》でもデュエルは終了するのだが。
直後、開始の時と同じ位置に、デュエルの終了と勝者の名を告げる紫色の文字列がフラッシュした。再びワッという歓声。クラディールはよろけながら立ち上がると、ギャラリーの列に向かって喚いた。
「見世物じゃねえぞ! 散れ! 散れ!」
次いで、ゆっくりと俺のほうに向き直る。
「貴様……殺す……絶対に殺すぞ……」
その目つきには、俺も少々ゾッとさせられたことを認めないわけにはいかない。
SAOの感情表現はややオーバー気味なのだが、それを差っ引いてもクラディールの三白眼に浮かんだ憎悪の色はモンスターのそれ以上だった。辟易して黙りこんだ俺の傍らに、スッと歩み出た人影があった。
「クラディール、血盟騎士団副団長として命じます。本日を以て護衛役を解任。別命あるまでギルド本部にて待機。以上」
アスナの声は、表情以上に凍りついた響きを持っていた。だが俺はその中に抑えつけられた苦悩の色を感じて、無意識のうちにアスナの肩に手を掛けていた。硬く緊張したアスナの体が小さくよろめくと、俺にもたれかかるように体重を預けてくる。
「…………なん……なんだと……この……」
かろうじてそれだけが聞こえた。残りの、おそらく百通りの呪詛であろう言葉を口の中でぶつぶつと呟きながら、クラディールは俺たちを見据えた。予備の武器を装備しなおし、犯罪防止コードに阻まれるのを承知の上で斬りかかることを考えているに違いない。
だが、奴はかろうじて自制すると、マントの内側から転移結晶を摑み出した。握力で砕かんばかりに握り締めたそれを掲げ、「転移……グランザム」と呟く。青光に包まれ消え去る最後の瞬間まで、クラディールは俺たちに憎悪の視線を向けていた。
転移光が消滅したあとの広場は、後味の悪い沈黙に包まれた。見物人は皆クラディールの毒気に当てられたような顔をしていたが、やがて三々五々散っていく。最後に残された俺とアスナは、しばらくその場に立ち続けた。
何か言わねば、とそれだけが頭の中をぐるぐる回ったが、二年間ひたすら己の強化しか考えてこなかった俺には、気の利いた台詞など思いつけようはずもなかった。そもそも、言われるままにデュエルを受け勝利したことすら、良かったのかどうか確信が持てない。
やがてアスナが一歩離れ、日頃の威圧感が噓のように抜け落ちた声でささやいた。
「……ごめんなさい、嫌なことに巻き込んじゃって」
「いや……俺はいいけど、そっちのほうこそ大丈夫なのか?」
ゆっくり首を振り、最強ギルドのサブリーダーは、気丈な、しかし弱々しい笑みを浮かべてみせた。
「ええ。いまのギルドの空気は、ゲーム攻略だけを最優先に考えてメンバーに規律を押し付けたわたしにも責任があると思うし……」
「それは……仕方ないって言うか、逆にあんたみたいな人がいなかったら攻略ももっとずっと遅れてたよ。ソロでだらだらやってる俺に言えたことじゃないけど……いや、そうじゃなくて」
いったい自分が何を言いたいのかも解らなくなり、俺はしどろもどろになりつつ口を動かした。
「……だから、あんたもたまには、俺みたいなイイカゲンなのとパーティー組んで息抜きするくらいしたって、誰にも文句言われる筋合いじゃない……と思う」
するとアスナは、ぽかんとした顔で何度か瞬きを繰り返してから、やがて半分苦笑ではあったが張り詰めていた頰を緩めた。
「……まあ、ありがとうと言っておくわ。じゃあ、お言葉に甘えて今日は楽させてもらうわね。前衛よろしく」
そして勢いよく振り向き、街の外に続く道をすたすた歩き出す。
「いや、ちょっと、前衛は普通交代だろう!」
文句を言いながらも、俺はほっと息をつき、揺れる栗色の髪を追いかけた。