なんと、あの盾にも攻撃判定があるらしい。まるで二刀流だ。手数で上回れば一撃勝負では有利、と踏んでいたがこれは予想外だ。
ヒースクリフは俺に立ち直る余裕を与えまいと、再度のダッシュで距離を詰めてきた。十字の鍔を持つ右手の長剣が、《閃光》アスナもかくやという速度で突き込まれてくる。
敵の連続技が開始され、俺は両手の剣をフルに使ってガードに徹した。《神聖剣》のソードスキルについては可能な限りアスナからレクチャーを受けておいたが、付け焼刃の知識では心許ない。瞬間的反応だけで上下から殺到する攻撃を捌きつづける。
八連撃最後の上段斬りを左の剣で弾くと、俺は間髪入れず右手で単発重攻撃《ヴォーパル・ストライク》を放った。
「う……らぁ!!」
ジェットエンジンめいた金属質のサウンドとともに、赤い光芒を伴った突き技が十字盾の中心に突き刺さる。岩壁のような重い手応えに構わず、そのまま撃ち抜く。
ガガァン! と炸裂音が轟き、今度はヒースクリフが跳ね飛ばされた。盾を貫通するには至らなかったが、多少のダメージは《抜けた》感触があった。奴のHPバーがわずかに減っている。が、勝敗を決するほどの量ではない。
ヒースクリフは軽やかな動作で着地すると、距離を取った。
「……素晴らしい反応速度だな」
「そっちこそ堅すぎるぜ……!!」
言いながら俺は地面を蹴った。ヒースクリフも剣を構えなおして間合いを詰めてくる。
超高速で連続技の応酬が開始された。俺の剣は奴の盾に阻まれ、奴の剣を俺の剣が弾く。二人の周囲では様々な色彩の光が連続的に飛び散り、衝撃音が闘技場の石畳を突き抜けていく。時折互いの小攻撃が弱ヒットし、双方のHPバーがじりじりと削られ始める。たとえ強攻撃が命中しなくとも、どちらかのバーが半分を下回れば、その時点で勝者が決定する。
だが、俺の脳裏にはそんな勝ち方は微塵も浮かんでいなかった。SAOに囚われて以来初と断言できる強敵を相手に、俺はかつてないほどの加速感を味わっていた。感覚が一段シフトアップしたと思うたびに、攻撃のギアも上げていく。
まだだ。まだ上がる。ついてこいヒースクリフ!!
全能力を解放して剣を振るう法悦が俺の全身を包んでいた。多分俺は笑っていたのだと思う。剣戟の応酬が白熱するにつれ、双方のHPバーは更に減少を続け、ついに五割が見えるところまで来た。
と、瞬間、それまで無表情だったヒースクリフの顔にちらりと感情らしきものが走った。
何だ。焦り? 俺は敵の奏でる攻撃のテンポがごくごくわずか遅れる気配を感じた。
「らあああああ!!」
その刹那、俺は全ての防御を捨て去り、両手の剣で攻撃を開始した。《スターバースト・ストリーム》、恒星から噴き出すプロミネンスの奔流のごとき剣閃がヒースクリフへ殺到する。
「ぬおっ……!!」
ヒースクリフが十字盾を掲げてガードする。構わず上下左右から攻撃を浴びせ続ける。奴の反応がじわじわ遅れていく。
──抜ける!!
俺は最後の一撃が奴のガードを超えることを確信した。盾が右に振られすぎたそのタイミングを逃さず、左からの攻撃が光芒を引いてヒースクリフの体に吸い込まれていく。これが当たれば、確実に奴のHPは半分を割り、デュエルが決着する──
──そのとき、世界がブレた。
「……っ!?」
どう表現すればよいだろう。時間をほんのわずか盗まれた、と言うべきか。
何十分の一秒、俺の体を含む全てがピタリと停止したような気がした。ヒースクリフ一人を除いて。右にあったはずの奴の盾が、コマ送りの映像のように瞬間的に左に移動し、俺の必殺の一撃を弾き返した。
「な──」
大技をガードされきった俺は、致命的な硬直時間を課せられた。ヒースクリフがその隙を逃すはずもなかった。
憎らしいほど的確な、ピタリ戦闘を終わらせるに足るだけのダメージが右手の剣の単発突きによって与えられ、俺はその場に無様に倒れた。視界の端で、デュエル終了を告げるシステムメッセージが紫色に輝くのが見えた。
戦闘モードが切れ、耳に渦巻く歓声が届いてきても、俺はまだ呆然としていた。
「キリト君!!」
駆け寄ってきたアスナの手で助け起こされる。
「あ……ああ……。──大丈夫だ」
アスナが、呆けたような俺の顔を心配そうに覗き込んできた。
負けたのか──。
俺はまだ信じられなかった。攻防の最後にヒースクリフが見せた恐るべき反応は、プレイヤーの──人間の限界を超えていた。有り得ないスピードゆえか、奴のアバターを構成するポリゴンすら一瞬ブレたのだ。
地面に座り込んだまま、やや離れた場所に立つヒースクリフの顔を見上げる。
勝利者の表情は、しかしなぜか険しかった。金属質の両眼を細めて俺たちを一瞥すると、真紅の聖騎士は物も言わず身を翻し、嵐のような歓声のなかをゆっくりと控え室に消えて行った。