1 アインクラッド

13 ②

 なんと、あの盾にも攻撃判定があるらしい。まるで二刀流だ。手数で上回れば一撃勝負では有利、とんでいたがこれは予想外だ。

 ヒースクリフは俺に立ち直る余裕を与えまいと、再度のダッシュできよを詰めてきた。十字のつばを持つ右手の長剣が、《せんこう》アスナもかくやという速度で突き込まれてくる。

 敵の連続技が開始され、俺は両手の剣をフルに使ってガードにてつした。《神聖剣》のソードスキルについては可能な限りアスナからレクチャーを受けておいたが、付け焼刃の知識ではこころもとない。しゆんかんてき反応だけで上下から殺到する攻撃をさばきつづける。

 八連撃最後の上段りを左の剣ではじくと、俺は間髪入れず右手で単発重攻撃《ヴォーパル・ストライク》を放った。


「う……らぁ!!」


 ジェットエンジンめいた金属質のサウンドとともに、赤いこうぼうを伴った突き技が十字盾の中心に突き刺さる。岩壁のような重いごたえに構わず、そのままち抜く。

 ガガァン! とさくれつおんとどろき、今度はヒースクリフが跳ね飛ばされた。盾を貫通するには至らなかったが、多少のダメージは《抜けた》感触があった。やつのHPバーがわずかに減っている。が、勝敗を決するほどの量ではない。

 ヒースクリフは軽やかな動作で着地すると、距離を取った。


「……素晴らしい反応速度だな」

「そっちこそ堅すぎるぜ……!!」


 言いながら俺は地面をった。ヒースクリフも剣を構えなおして間合いを詰めてくる。

 超高速で連続技のおうしゆうが開始された。俺の剣は奴の盾にはばまれ、奴の剣を俺の剣が弾く。二人の周囲では様々な色彩の光が連続的に飛び散り、衝撃音がとうじよういしだたみを突き抜けていく。時折互いの小攻撃が弱ヒットし、双方のHPバーがじりじりと削られ始める。たとえ強攻撃が命中しなくとも、どちらかのバーが半分を下回れば、その時点で勝者が決定する。

 だが、俺の脳裏にはそんな勝ち方はじんも浮かんでいなかった。SAOにとらわれて以来初と断言できる強敵を相手に、俺はかつてないほどの加速感を味わっていた。感覚が一段シフトアップしたと思うたびに、攻撃のギアも上げていく。

 まだだ。まだ上がる。ついてこいヒースクリフ!!

 全能力を解放して剣を振るうほうえつが俺の全身を包んでいた。多分俺は笑っていたのだと思う。けんげきの応酬が白熱するにつれ、双方のHPバーはさらに減少を続け、ついに五割が見えるところまで来た。

 と、瞬間、それまで無表情だったヒースクリフの顔にちらりと感情らしきものが走った。

 何だ。あせり? 俺は敵のかなでる攻撃のテンポがごくごくわずか遅れる気配を感じた。


「らあああああ!!」


 そのせつおれすべての防御を捨て去り、両手の剣でこうげきを開始した。《スターバースト・ストリーム》、恒星から噴き出すプロミネンスのほんりゆうのごときけんせんがヒースクリフへ殺到する。


「ぬおっ……!!」


 ヒースクリフが十字盾を掲げてガードする。構わず上下左右から攻撃を浴びせ続ける。やつの反応がじわじわ遅れていく。

 ──抜ける!!

 俺は最後の一撃が奴のガードを超えることを確信した。盾が右に振られすぎたそのタイミングを逃さず、左からの攻撃がこうぼうを引いてヒースクリフの体に吸い込まれていく。これが当たれば、確実に奴のHPは半分を割り、デュエルが決着する──

 ──そのとき、世界がブレた。


「……っ!?」


 どう表現すればよいだろう。時間をほんのわずか盗まれた、と言うべきか。

 何十分の一秒、俺の体を含む全てがピタリと停止したような気がした。ヒースクリフ一人を除いて。右にあったはずの奴の盾が、コマ送りの映像のようにしゆんかんてきに左に移動し、俺の必殺の一撃をはじき返した。


「な──」


 大技をガードされきった俺は、致命的な硬直時間を課せられた。ヒースクリフがそのすきを逃すはずもなかった。

 にくらしいほど的確な、ピタリせんとうを終わらせるに足るだけのダメージが右手の剣の単発突きによって与えられ、俺はその場にざまに倒れた。視界のはしで、デュエル終了を告げるシステムメッセージが紫色にかがやくのが見えた。

 戦闘モードが切れ、耳に渦巻く歓声が届いてきても、俺はまだぼうぜんとしていた。


「キリト君!!」


 駆け寄ってきたアスナの手で助け起こされる。


「あ……ああ……。──だいじようだ」


 アスナが、ほうけたような俺の顔を心配そうにのぞき込んできた。

 負けたのか──。

 俺はまだ信じられなかった。攻防の最後にヒースクリフが見せた恐るべき反応は、プレイヤーの──人間の限界を超えていた。有り得ないスピードゆえか、奴のアバターを構成するポリゴンすら一瞬ブレたのだ。

 地面に座り込んだまま、ややはなれた場所に立つヒースクリフの顔を見上げる。

 勝利者の表情は、しかしなぜか険しかった。金属質の両眼を細めて俺たちをいちべつすると、しんせいは物も言わず身をひるがえし、あらしのような歓声のなかをゆっくりと控え室に消えて行った。

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