ケイタは、今まで仮の本部としていた宿屋で、新居の鍵を前に俺たちの帰りを待っていた。一人生き残った俺だけが戻り、何があったかを説明している間ケイタは無言で聞いていたが、俺が話し終わると一言、「なぜお前だけが生還できたのか」と訊ねた。俺は、自分の本当のレベルと、ベータテスト出身なのだということを告げた。
ケイタは、異物を見るかのような無感情な一瞥を浴びせ、一言だけを口にした。
──ビーターのお前が、僕たちに関わる資格なんてなかったんだ。
その言葉は、鋼鉄の剣のように俺を切り裂いた。
「……その人は……どうしたの……?」
「自殺した」
椅子の上でアスナの体がビクリと震えた。
「外周から飛び降りた。最期まで俺を呪っていただろう……な……」
自分の声が詰まるのを感じた。心の奥底に封印したつもりの記憶だったが、初めて言葉にすることによってあの時の痛みが鮮烈に蘇ってきた。俺は歯を食いしばった。アスナに手を差し伸ばし、救いを求めたかったが、お前にはその資格はない──と心のどこかで叫ぶ声がして、両の拳を固く握る。
「みんなを殺したのは俺だ。俺がビーターだってことを隠してなかったら、あの時トラップの危険性を納得させられたはずなんだ。ケイタを……サチを殺したのは俺だ……」
眼を見開き、食いしばった歯の間から言葉を絞り出す。
不意にアスナが立ち上がり、二歩進み出ると、両手で俺の顔を包み込んだ。穏やかな微笑を湛えた美しい顔が、俺のすぐ目の前まで近づいた。
「わたしは死なないよ」
ささやくような、しかしはっきりとした声。硬直した全身からふっと力が抜けた。
「だって、わたしは……わたしは、君を守るほうだもん」
そう言って、アスナは俺の頭を胸に包み込むように抱いた。柔らかく、暖かな暗闇が俺を覆った。
瞼を閉じると、記憶の暗幕の向こうに、オレンジ色の光が満ちる宿屋のカウンターに腰掛けてこちらを見ている黒猫団のメンバーの顔が見えた。
俺が赦される日は決して来ない。償うことは永遠にできない。
それでも、記憶にある彼らの顔は、かすかに微笑んでいるように思えた。
翌日の朝、俺は派手な純白のコートの袖に手を通すと、アスナと連れ立って五十五層グランザムへと向かった。
今日から血盟騎士団の一員としての活動が始まる。と言っても、本来なら五人一組で攻略に当たるところを、副団長アスナの強権発動によって二人のパーティーを組むことになっていたので、実質的には今までやっていたことと変わらない。
しかし、ギルド本部で俺を待っていたのは意外な言葉だった。
「訓練……?」
「そうだ。私を含む団員四人のパーティーを組み、ここ五十五層の迷宮区を突破して五十六層主街区まで到達してもらう」
そう言ったのは、以前ヒースクリフと面談した時同席していた四人の内の一人だった。もじゃもじゃの巻き毛を持つ大男で、どうやら斧戦士らしい。
「ちょっとゴドフリー! キリト君はわたしが……」
食ってかかるアスナに、片方の眉毛を上げると堂々たる、あるいはふてぶてしい態度で言い返す。
「副団長と言っても規律をないがしろにして戴いては困りますな。実際の攻略時のパーティーについてはまあ了承しましょう。ただ、一度はフォワードの指揮を預かるこの私に実力を見せて貰わねば。たとえユニークスキル使いと言っても、使えるかどうかはまた別」
「あ、あんたなんか問題にならないくらいキリト君は強いわよ……」
半ギレしそうになるアスナを制して、俺は言った。
「見たいと言うなら見せるさ。ただ、今更こんな低層の迷宮で時間を潰すのはごめんだな、一気に突破するけど構わないだろう?」
ゴドフリーという男は不愉快そうに口をへの字に曲げると、三十分後に街の西門に集合、と言い残してのっしのっしと歩いていった。
「なあにあれ!!」
アスナは憤慨したようにブーツで傍らの鉄柱を蹴飛ばす。
「ごめんねキリト君。やっぱり二人で逃げちゃったほうが良かったかなぁ……」
「そんなことしたら、俺がギルメン全員に呪い殺されちゃうよ」
俺は笑ってアスナの頭にぽん、と手を置いた。
「うう、今日は一緒にいられると思ったのに……。わたしもついていこうかな……」
「すぐ帰ってくるさ。ここで待っててくれ」
「うん……。気をつけてね……」
寂しそうに頷くアスナに手を振って、俺はギルド本部を出た。
だが、集合場所に指定されたグランザム西門で、俺は更なる驚愕に見舞われた。
そこに立つゴドフリーの隣に、最も見たくなかった顔──クラディールの姿があったのである。