「う……おおおおあああ!!」
吼えたのは俺だった。ようやく麻痺が解除された右足で地面を蹴り、瞬時に数メートルを飛翔した俺は、右手でアスナを突き飛ばし、左腕でクラディールの剣を受けた。
がすっ。
と嫌な音が響き、俺の左腕が肘の下から切り飛ばされた。HPバーの下に、部位欠損アイコンが点滅した。
血液じみた鮮紅色の光点を切断面から無数に振り撒きながら、俺は右手の五指を揃えるや──。
その手刀を分厚いアーマーの継ぎ目へと突き込んだ。イエローの輝きを帯びた腕が、湿った感触とともにクラディールの腹を深く貫いた。
カウンターで命中した体術スキル零距離技《エンブレイサー》は、残り二割ほどだったクラディールのHPを余さず喰らい尽くした。俺と密着する瘦せた体が激しく震え、すぐにぐたりと脱力した。
大剣が地面に落ちる音に続いて、左の耳元で、嗄れた声がささやいた。
「この……人殺し野郎が」
くくっ、と嗤い。
クラディールは、その全存在を無数の硝子片へと変えた。ばしゃあっ! と飛散するポリゴン群の冷たい圧力に押され、俺は仰向けに倒れこんだ。
痺れ切った意識に、しばしフィールドを吹き渡る風の音だけが響いていた。
やがて、不規則に砂利を踏む足音が生まれた。視線を向けると、虚ろな表情で歩み寄ってくる華奢な姿が見えた。
アスナは俯いたままよろよろと数歩進むと、糸の切れた人形のように俺の傍らに膝をついた。右手をそっと差し出してくるが、俺に触れる寸前でビクリと引っ込める。
「……ごめんね……わたしの……わたしのせいだね……」
悲痛な表情で、震える声を絞り出した。大きな目から涙が溢れ、宝石のように美しく輝きながら次々に滴り落ちた。俺も、からからに渇いた喉で、どうにか短いひと言を音に変えた。
「アスナ……」
「ごめんね……。わたし……も……もう……キリト君には……あ……会わな……」
ようやく感覚の戻ってきた体を、俺は必死に起こした。全身に与えられたダメージのせいで不快な痺れが残っているが、右腕と、切断された左腕も伸ばしてアスナの体を抱き寄せた。そのまま、桜色の美しい唇を自分の唇で塞ぐ。
「……!」
アスナは全身を硬くし、両手を使って俺を押しのけようと抗ったが、あらん限りの力で俺は細い体を抱き締めた。間違いなくハラスメント防止コードに抵触する行為だ。今アスナの視界にはコード発動を促すシステムメッセージが表示されており、彼女がOKボタンに触れれば、俺は一瞬にして黒鉄宮の監獄エリアに転送されるだろう。
しかし俺は両腕をわずかにも緩めることなく、アスナの唇から頰をなぞり、首筋に顔を埋めると、低く呟いた。
「俺の命は君のものだ、アスナ。だから君のために使う。最後の瞬間まで一緒にいる」
三分間の部位欠損ステータスが課せられたままの左腕でいっそう強く背中を引き寄せると、アスナは震える吐息を漏らし、ささやきを返した。
「……わたしも。わたしも、絶対に君を守る。これから永遠に守り続けるから。だから…………」
その先は言葉にならなかった。固く抱き合ったまま、俺はいつまでもアスナの嗚咽を聞き続けた。
触れ合う全身から伝わる熱が、凍った体の芯を、少しずつ、少しずつ溶かしていった。
青い闇のなか、紫色のシステムカラーに発光するその上を、ゆっくりとアスナの指が動く。どうやら左側、装備フィギュアを操作しているらしい──
と思った瞬間、アスナの穿いていた膝までのソックスが音もなく消滅した。優美な曲線を描く素足が剝き出しになる。もう一度指が動く。今度はワンピースのチュニックそのものが装備解除された。俺はポカンと口を開け、目を丸くして思考停止に陥った。
アスナは今や下着を身につけているのみだった。白い小さな布が、申し訳程度に胸と腰を隠している。