一章 三ツ葉の探偵 ①

《 和風VRMMO アスカ・エンパイア》

    〝百八の怪異〟イベント概要


・当イベントでは、関東エリアに実装される新たな街、《あやかし横丁》を起点に、

一年を通じて百八つのクエストを順次配信していく。


・計百八個のクエストは、以下の三種に分類される。


 ○百物語 ユーザーが《ザ・シード》を用いて制作した投稿作品。


 ○七不思議 各ていけい企業とのタイアップクエスト。多数参加型の大規模なものを想定。


 ○大詰め イベント最終週に配信予定。詳細は部外秘とする。


 ユーザー投稿のクエストに関しては、投稿作のけいこうからいくつかのトラブルが予見される。

 対応中の事例に関する問い合わせはエラーけんしよう室・とらまで。





 祭りばやが遠くに聞こえる。

 笛がかんだかく、つづみけいみように、ことみやびやかに、音をつなげてかれさわいでいる。

 間近で聞けばにぎやかなはずのけんそうも、はなれてしまうと何処どこさびしい。

 その音が何処どこから聞こえてくるのか、だれも知らない。

 ゆうれいばやと呼ばれている。

 この場をはなれれば聞こえなくなるが、近づこうとしても近づけない。

 空の上や地の底から聞こえてくるわけでもない。音の出所をさぐろうとすると、ぐるぐると周囲をめぐり歩く羽目になる。

 音はすれども姿は見えず、探す者をたぶらかすように遠くではやが鳴り続く。

 さびれた社へと続く暗い石段にこしけ、巫女みこしようぞくのナユタはぼんやりとその音をいていた。

 遠い昔にも、似たような経験をした気がする。

 独りで、暗い場所で、つかれて、ほうに暮れて──

 よくよく考えるまでもなくそれは気のせいで、おそらくほとんどの人間には、子供のころにこんな時間を夢想したことがある。


 暗い神社の石段にこしけ、だれも通らない眼下の道をながめながら、祭りばやに耳をます──

 竹林がかさかさとささを鳴らし、見上げた夜空には数えられる程度の星がまたたき、かたたたかれてかえるとだれもいない──


 かのじよのそんな夢想は、メールの着信音によって中断された。

 中空にかべたメニューウィンドウに、フレンドからのメッセージが表示される。


【 やほー。なゆさん、今何してる? 】


 ナユタはうつむき、すうしゆんつぶる。行動をえるスイッチのようなもので、かのじよくせである。

 細く息をききった後で、かのじよばやく返信をつづりはじめた。


【 《ゆうれいばや》のたんさくです。クエストの発動条件が不明で、いろいろためしていました 】


 ほとんど間をおかずに、次のメッセージが返ってきた。


【 あれかぁ……〝おはやの音がするのに見つからない〟、〝おさいせんをいれると泣き声がするから、たぶんそれがスイッチの一つ〟ってやつだよね? 】

【 それです。他に何か、情報ありませんか? 】

【 情報っていうか、こんきよあやしいうわさだけど──配信から三日っても進展なしってことは、何か特別なキーアイテムが必要なんじゃないかって。そっちは後回しにして、いつしよに他のクエストやらない? 《かごめ、かごめ》でごろな刀が手に入るらしいんだけど、きようが八で、ちょっと一人じゃこわくて── 】

【 わかりました。合流します 】

【 ありがとー! なゆさんかっこいい! じゃ、ねこぢやで待ってるね 】


 メッセージのやりとりを終えると、ナユタは石段から立ち上がった。

 長いくろかみ巫女みこしようぞくたもとをふわりとかせ、そのままかのじよは下へ飛び降りる。

 現実とちがって着地のしようげきはほとんどなく、は羽のように軽く感じられた。

 全てのプレイヤーがそんな身体感覚を持っているわけではない。ナユタの職である《いくさ巫女みこ》は、特性としてちようやくりよくすぐれている。その上で、かのじよは八そう飛びの進化形となる《そう飛び》のスキルも修得しており、ことさらに身が軽い。

 反面、装備一式にはまず軽さを求めたため、せんたくを自らせばめてしまい、必然的にぼうぎようすく、さらにリーチが短いという欠点もかかえていた。

 多くのいくさ巫女みこは特性のちようやくりよくばすよりも、得意武器のボーナスがついてあつかいやすい長刀を用い、さらに低い体力値を補うための重装備をせんたくするのが定番となっている。その意味で、ナユタの方針は主流からは外れていた。

 移動は快適になるものの、ちょっとした油断がめいしようとなるため、こうりやくの上ではむしろけるべきピーキーな育て方とさえ言える。

 月明かりに照らされた無人の田舎いなかみちを、ナユタはすべるような速さで歩き出す。

 わきをすれば、田をでるいちじんの風がいなを波のようにらしていた。

 さやさやとすずしげなその音に、ゆうげんたるはやの音色がひっそりと混ざる。

 らぎおどるような笛、りちひようを打つたいりんとしてみやびやかなこと──一つ一つの音はにぎやかで活気にあふれているものの、せんりつとしてはやはりどこか物悲しい。

 月夜の田畑をながめながら、転送ポイントまでの道程を歩くうちに、かのじよはふとみようなものを見つけた。

 行きには見かけなかった、道祖神をまつった小さなほこら──

 屋根の高さはこしたけほどしかなく、おくにある石像も相応に小さい。

 正面には、一通の書状が供えられていた。


(来た時にはなかったはず……神社のおさいせんがスイッチになっていたってこと──?)


 供え物を取ることにはちゆうちよもあったが、何らかのヒントである可能性は高い。

 手にとって広げると、さほど上手うまくもない毛筆の字がおどっていた。


《 ぼたもちがたべたい 》


 ただの一行──

 あまりに簡潔すぎて、つい裏の白紙までかくにんしてしまう。

 ナユタはまどいつつ、ほこらに収まった石像を見る。

 そこにられていたのは、まだ幼い子供の悲痛な泣き顔だった。





 和風VRMMO、《アスカ・エンパイア》の新規イベント、《百八のかい》──


「あやかし横丁」という新たな街の誕生を記念してはじまったこのイベントは、約一年を通して大小様々な百八種ものシナリオ群を追加配信していくという大がかりなものだった。

 国内ではアルヴヘイムに次ぐ規模をほこりながら、ここに来てユーザー数のびがどんしつつある同ゲームにとって、これは文字通りしんけたアップデートである。

世界の種子ザ・シード》の拡散以降、フルダイブ可能な仮想世界の構築が、ぎようのみならず一個人にも容易となったことで、プレイアブルフィールドはばくはつてきに増加した。

 それは同時に、そんユーザーの他ゲームへの分散も招き、人数を確保できなくなった一部のれいさいゲームはサービス停止にもまれている。

 それなりに規模の大きい《アスカ・エンパイア》も危機感を強め、今回のイベントでは作り手と遊び手のそうほうを視野にいれてきた。

《百八のかい》は、文字通り百八種のクエストによって構成されている。

「百物語」と「七不思議」、そして最後に配信予定の「おおめ」とであわせて百八種だが、このうち「百物語」に関しては、その大部分がユーザーからのとう稿こうさくによって成り立っていた。

 このイベントのために、《ザ・シード》を用いて個人が制作した数多あまたのクエストの中から、月に八~十本程度を正式採用し、ほうしゆうはらった上で配信する──要はユーザー参加型のシナリオコンテストである。

 当初はこのしゆうを、「クエストの数を確保するための苦肉の策」とする向きもあったが、《ザ・シード》のばくはつてきな流行にもあとしされ、ふたを開けてみれば選考に手間取るほどの力作が集まった。

 運営が参加を呼びかけた各地の専門学校生やサークル活動の学生たちなども、卒業制作や夏休みの課題といったうでだめしの感覚でこのしゆうに広く応じた。

 システムやかんきよう、設定等もふくめ、新しいゲームを一から短期間で作り上げるのは難しいが、《アスカ・エンパイア》のシステムをベースにすれば、おうしやは多くの手間を省いた上でじゆんすいにシナリオや映像、音声部分の制作にのみ集中できる。

刊行シリーズ

ソードアート・オンライン オルタナティブ クローバーズ・リグレット3の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ クローバーズ・リグレット2の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ クローバーズ・リグレットの書影