一章 三ツ葉の探偵 ②

 おうしや側としては、広いはんに公開可能な〝文化祭のお化けしき〟という感覚が強い。

 さらにコンテストとは無関係の《七不思議》に至っては、せい、ファッション、せいりよういんりようすい、フィギュアなどを得意とする各種ぎようとのタイアップクエストとなっており、クエスト内に各社の製品が登場するだけでなく、ゲームに登場したアイテムを現実でもはんばいするなどのコラボレーションかくが進んでいた。

 この社運をけたおまつさわぎはまだはじまって三ヶ月目だが、現在のところ、運営側の目標値をえる勢いで好評を博している。

 数千人の死亡者を出してサービス停止に至ったSAO、人体実験の発覚により運営母体が代わったALO、がいしやこそ少ないがじゆう事件という犯罪こうが起きたGGOなどとちがい、アスカ・エンパイアはサービス開始以降、これといったしようをまだ引き起こしていない。そのしんらいせいも、今改めて評価されつつある。


「……でもね。今回のイベントだって大絶賛ってわけじゃないんだよ。なにせ基本的にホラーばっかりじゃない? 映画だってさ、一本二本ならともかく、百八本のホラー映画を連続で見るなんてつうはキツいって。いくらホラーコメディ系のクエストもあるっていったって、《びようとら退たい》みたいな、コメディに見せかけた不意打ちまであるし!」

「……私はまだこうりやくしていませんが、きようかんごくらしいですね」


 あまどころねこぢやいちぐうにて、ナユタは合流したフレンドのにんじや、コヨミから取り留めのないを聞かされていた。

 くだんの《びようとら退たい》は、とあるぼうが将軍から「このびようえがかれたとらを退治してみろ」と無理難題を出され、「ではそのとらびようから追い出してください」と返したとんち話に由来している。

 配信されたクエストでは、大正風の洋館をたいじよばんこそ笑い話のようにゆるく展開するものの──ちゆうばんにて、びようえがかれたとらが本当に出てきてしまい、周囲のNPCたちが次々にざんさつされていくというせいぜつな流れとなっていた。

 プレイヤーは洋館に身をかくしたとらの退治をいられるが、少しでも行動をちがえるとNPCたちむごたらしい死体を次々に発見していく羽目になる上、とらは基本的に「戦っても勝てない強さ」に設定されており、立ち向かうどころかまどうことしかできないパニックホラーに仕上がっている。

 クリア条件はとらわなにかけびようもどすことだが、ちようせんしやの多くは大型にくしよくじゆうおそろしさを存分に思い知らされ、中にはしばらく肉を食えなくなった者までいるらしい。

 湯気がたつほどにリアルな血と臓物、くだけた骨かられるずいえきなどの細かなびようしやいつさいきがなく、そこにめいしようを負っても死にきれないNPCの泣き声、ぜつきようなどがスパイスとなり、微笑ほほえましいとんち話とはえんのえげつないごくが展開されているとも聞く。

 VRMMOにもこうした表現に対するりん規定は存在するが、その扱いについては運営ごとに温度差がある。《アスカ・エンパイア》の場合、ホラー映画を意識してか、今回のイベントにおいては映画と同程度の自主規制を行うと明言しており、とら退たいはそのぎりぎりのラインに踏み込んだクエストでもあったらしい。

 今後、どこかで問題になればせいがかかる可能性は高い。


「……でもあのクエストは、さすがに修正が入ったって聞きましたけど──」

「……モザイクのオンオフえがついて、きようの表記が五から七にあがっただけ。あ、あとしんぞう対策で死体感知センサーのレンタルサービスが始まったけど、有料で一日三百円とかぼったくられるし……! もうあれ、かいがどうこうじゃなくてガチのスプラッタだからね!? しかも精神けずられる割にほうしゆうがしょぼくて……はい、なゆさん、あーん」


 クールダウンのつもりか、あるいはこうりやくおくよみがえりそうになったのを防ぐためか、コヨミはつまようにさしたわらびもちを不意にナユタの口元へと差し出した。

 けされているようなみようかんをもちつつ、ナユタはなおに口を開ける。

 ほのかなあまみときな粉のかおり、もちもちとしたぜつみようしたざわりは、現実のわらびもちと比してもなかなかに再現度が高い。


「……んぐ……それで、ちようせん予定の《かごめ、かごめ》って、そのとら退たいよりこわきよう八ですよね? だいじようなんですか」


 コヨミがこつに顔をしかめた。ころころ変わる表情と童顔、さらには百四十センチそこそこの身長のせいで幼く見えるかのじよだが、実際にはナユタよりも年上の社会人である。


「そこなんだよねえ、問題は……ただ運営のつけるきよう目安って割といい加減だし、レビュー見た限りではスプラッタ的なこわさじゃないらしいから、あいしようとしてはまだマシなんじゃないかなぁ、って──それから、クリアほうしゆうしのび刀《くう》って、れいこんけいの敵に特に効くらしいから、今後のこうりやくのためにもここでとっておきたいの。なゆさんお願い! 手伝って! こわいの平気でしょ!?」


 別に平気なつもりはない。が、人よりはたいせいがあるのか、あるいはただ単にどんかんなだけなのか、今回のイベントこうりやくちゆうに「こわい」と思わされたおくはまだない。

 一方、コヨミは以前のクエストにおいて、がいこつしやに追いかけ回されただけでちようおんじみた悲鳴を発していた。

 かのじよを一人できようスポットへ送り出すことには、フレンドとして少々どころでない不安がある。


「もちろん、手伝うのは構いませんが……私、かたよった育て方をしていますから、戦力としてはみようですよ。他にもだれさそわないんですか?」


 コヨミがけらけらと笑った。


「またまたごじようだん。なゆさんって私のフレンドの中では最強だからね? あとそのクエスト、実はすいしようレベルはそんな高くないの。私一人でもクリアはできるっぽいんだけど、とにかく内容がこわいって評判で……そんなお化けしきに一人で行くのはいやだし、ろうのフレンドだとこわい時にきつきにくいし、なゆさんならいっつも冷静なイメージあるからたよれそうだし……ね? お願い!」

「わかりました。ゆうれいようの武器は私もしいですし、よろしくお願いします」


 元々、断る気などない。たがいに持ちつ持たれつの関係でもある。


「ありがとー! なゆさんチョロいから好きー! はい、あーん」


 コヨミは満面のみで、またナユタの口元にわらびもちした。


「……いえ、別にわらびもちにつられたわけではないですが……あ、こっちの豆かんも食べますか?」


 木製のスプーンに寒天とえんどう豆をすくいあげ、ナユタはコヨミの口元に差し出した。

 かのじよかんぱつをいれずスプーンにかぶりつく。


「うん! おいしいー!」

「……何よりです」


 どっちが年上かわからなくなりながら、ナユタは改めて店内を見回した。

 このねこぢやはあやかし横丁の人気店だが、せまい店内に客の姿はまばらである。

 はんじようしていないわけではなく、この街の多くのてんではふんを守るために、過度の混雑をけるインスタンスショップシステムが導入されている。

 見た目には一つのてんであっても、その内部はコピーされた複数のてんに分かれている。

 おとずれた客は次々にコピーされた別のてんに転送されていくため、いつ来ても混雑は見られない。待ち合わせの場合には、店頭でフレンドリストから入店手続きをすれば同じ空間に入れる。

 追加料金をはらって貸し切りにし、オフ会ならぬオン会の会場にしている例もめずらしくない。

 人で混雑しじゆうたいするお化けしきなど興ざめもはなはだしいとあって、今回のイベントでは、多くのクエストにこうした人数制限策が適用されていた。

 その分類は四つに分かれる。

刊行シリーズ

ソードアート・オンライン オルタナティブ クローバーズ・リグレット3の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ クローバーズ・リグレット2の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ クローバーズ・リグレットの書影