応募者側としては、広い範囲に公開可能な〝文化祭のお化け屋敷〟という感覚が強い。
更にコンテストとは無関係の《七不思議》に至っては、製菓、ファッション、清涼飲料水、フィギュアなどを得意とする各種企業とのタイアップクエストとなっており、クエスト内に各社の製品が登場するだけでなく、ゲームに登場したアイテムを現実でも販売するなどのコラボレーション企画が進んでいた。
この社運を賭けたお祭り騒ぎはまだはじまって三ヶ月目だが、現在のところ、運営側の目標値を超える勢いで好評を博している。
数千人の死亡者を出してサービス停止に至ったSAO、人体実験の発覚により運営母体が代わったALO、被害者こそ少ないが死銃事件という犯罪行為が起きたGGOなどと違い、アスカ・エンパイアはサービス開始以降、これといった不祥事をまだ引き起こしていない。その信頼性も、今改めて評価されつつある。
「……でもね。今回のイベントだって大絶賛ってわけじゃないんだよ。なにせ基本的にホラーばっかりじゃない? 映画だってさ、一本二本ならともかく、百八本のホラー映画を連続で見るなんて普通はキツいって。いくらホラーコメディ系のクエストもあるっていったって、《屛風の虎退治》みたいな、コメディに見せかけた不意打ちまであるし!」
「……私はまだ攻略していませんが、阿鼻叫喚の地獄絵図らしいですね」
甘味処・化け猫茶屋の一隅にて、ナユタは合流したフレンドの忍者、コヨミから取り留めのない愚痴を聞かされていた。
件の《屛風の虎退治》は、とある小坊主が将軍から「この屛風に描かれた虎を退治してみろ」と無理難題を出され、「ではその虎を屛風から追い出してください」と返したとんち話に由来している。
配信されたクエストでは、大正風の洋館を舞台に序盤こそ笑い話のように緩く展開するものの──中盤にて、屛風に描かれた虎が本当に出てきてしまい、周囲のNPC達が次々に惨殺されていくという凄絶な流れとなっていた。
プレイヤーは洋館に身を隠した虎の退治を強いられるが、少しでも行動を間違えるとNPC達の惨たらしい死体を次々に発見していく羽目になる上、虎は基本的に「戦っても勝てない強さ」に設定されており、立ち向かうどころか逃げ惑うことしかできないパニックホラーに仕上がっている。
クリア条件は虎を罠にかけ屛風に戻すことだが、挑戦者の多くは大型肉食獣の恐ろしさを存分に思い知らされ、中にはしばらく肉を食えなくなった者までいるらしい。
湯気がたつほどにリアルな血と臓物、砕けた骨から漏れる髄液などの細かな描写に一切の手抜きがなく、そこに致命傷を負っても死にきれないNPCの泣き声、絶叫などがスパイスとなり、微笑ましいとんち話とは無縁のえげつない地獄が展開されているとも聞く。
VRMMOにもこうした表現に対する倫理規定は存在するが、その扱いについては運営ごとに温度差がある。《アスカ・エンパイア》の場合、ホラー映画を意識してか、今回のイベントにおいては映画と同程度の自主規制を行うと明言しており、虎退治はそのぎりぎりのラインに踏み込んだクエストでもあったらしい。
今後、どこかで問題になれば規制がかかる可能性は高い。
「……でもあのクエストは、さすがに修正が入ったって聞きましたけど──」
「……モザイクのオンオフ切り替えがついて、恐怖度の表記が五から七にあがっただけ。あ、あと心臓麻痺対策で死体感知センサーのレンタルサービスが始まったけど、有料で一日三百円とかぼったくられるし……! もうあれ、怪異がどうこうじゃなくてガチのスプラッタだからね!? しかも精神削られる割に報酬がしょぼくて……はい、なゆさん、あーん」
クールダウンのつもりか、あるいは攻略の記憶が蘇りそうになったのを防ぐためか、コヨミは爪楊枝にさしたわらび餅を不意にナユタの口元へと差し出した。
餌付けされているような微妙な違和感をもちつつ、ナユタは素直に口を開ける。
ほのかな甘みときな粉の香り、もちもちとした絶妙の舌触りは、現実のわらび餅と比してもなかなかに再現度が高い。
「……んぐ……それで、挑戦予定の《かごめ、かごめ》って、その虎退治より怖い恐怖度八ですよね? 大丈夫なんですか」
コヨミが露骨に顔をしかめた。ころころ変わる表情と童顔、更には百四十センチそこそこの身長のせいで幼く見える彼女だが、実際にはナユタよりも年上の社会人である。
「そこなんだよねえ、問題は……ただ運営のつける恐怖度目安って割といい加減だし、レビュー見た限りではスプラッタ的な怖さじゃないらしいから、相性としてはまだマシなんじゃないかなぁ、って──それから、クリア報酬の忍び刀《虚空》って、霊魂系の敵に特に効くらしいから、今後の攻略のためにもここでとっておきたいの。なゆさんお願い! 手伝って! 怖いの平気でしょ!?」
別に平気なつもりはない。が、人よりは耐性があるのか、あるいはただ単に鈍感なだけなのか、今回のイベント攻略中に「怖い」と思わされた記憶はまだない。
一方、コヨミは以前のクエストにおいて、骸骨武者に追いかけ回されただけで超音波じみた悲鳴を発していた。
彼女を一人で恐怖スポットへ送り出すことには、フレンドとして少々どころでない不安がある。
「もちろん、手伝うのは構いませんが……私、偏った育て方をしていますから、戦力としては微妙ですよ。他にも誰か誘わないんですか?」
コヨミがけらけらと笑った。
「またまたご冗談。なゆさんって私のフレンドの中では最強だからね? あとそのクエスト、実は推奨レベルはそんな高くないの。私一人でもクリアはできるっぽいんだけど、とにかく内容が怖いって評判で……そんなお化け屋敷に一人で行くのは嫌だし、野郎のフレンドだと怖い時に抱きつきにくいし、なゆさんならいっつも冷静なイメージあるから頼れそうだし……ね? お願い!」
「わかりました。幽霊用の武器は私も欲しいですし、よろしくお願いします」
元々、断る気などない。互いに持ちつ持たれつの関係でもある。
「ありがとー! なゆさんチョロいから好きー! はい、あーん」
コヨミは満面の笑みで、またナユタの口元にわらび餅を寄越した。
「……いえ、別にわらび餅につられたわけではないですが……あ、こっちの豆かんも食べますか?」
木製のスプーンに寒天とえんどう豆をすくいあげ、ナユタはコヨミの口元に差し出した。
彼女は間髪をいれずスプーンにかぶりつく。
「うん! おいしいー!」
「……何よりです」
どっちが年上かわからなくなりながら、ナユタは改めて店内を見回した。
この化け猫茶屋はあやかし横丁の人気店だが、狭い店内に客の姿はまばらである。
繁盛していないわけではなく、この街の多くの店舗では雰囲気を守るために、過度の混雑を避けるインスタンスショップシステムが導入されている。
見た目には一つの店舗であっても、その内部はコピーされた複数の店舗に分かれている。
訪れた客は次々にコピーされた別の店舗に転送されていくため、いつ来ても混雑は見られない。待ち合わせの場合には、店頭でフレンドリストから入店手続きをすれば同じ空間に入れる。
追加料金を払って貸し切りにし、オフ会ならぬオン会の会場にしている例も珍しくない。
人で混雑し渋滞するお化け屋敷など興ざめもはなはだしいとあって、今回のイベントでは、多くのクエストにこうした人数制限策が適用されていた。
その分類は四つに分かれる。