一章 三ツ葉の探偵 ③

 自分一人でしかちようせんできない《きもだめし》。

 同時にクエスト入りしたパーティーメンバーとしかそうぐうしない《道連れ》。

 制限人数のはんないで、他プレイヤーもいる空間にけられる《はちわせ》。

 人数の制限がなく、理論上は全プレイヤーが一カ所に集まることも可能な《てんばんしよう》。

 あやかし横丁の多くのてんは、行列をける目的で《はちわせ》に分類されている。

 コヨミにトラウマを植えつけた

びようとら退たい」は一人用の《きもだめし》、ナユタがさきほどまでたんさくしていた

ゆうれいばや

や、これからちようせん予定の「かごめ、かごめ」はパーティーメンバーのみ参加の《道連れ》にがいとうしていた。

 このシステムがあるために、自ら会おうとしなければ、たとえ常連同士でもなかなか飲食店内で顔をあわせることはない。

 他方、客が少なく見えるためか、たまたませまい店内で居合わせた見知らぬプレイヤーとみようえんが生まれることもある。

 ナユタとコヨミもつい二ヶ月前、このねこぢやがオープンしたばかりのころに知り合った。

 店員のねこまたが注文した商品をちがえ、ナユタの豆かんをコヨミに、コヨミのわらびもちをナユタに運んできてしまったことがきっかけである。

 これは単純なミスではなく、ねこまたのキャラ付けのために、あらかじめ一定確率で発生するようにプログラムとして仕組まれた動きだったらしい。以降もちょくちょく同じ現象が発生しており、もはや店内ではお約束となっている。

 そのたびにあやまるでもなく、不思議そうに首をかしげてスルーする店員のねこまたは、ねこみみをつけたかんばんむすめ──などではなく、二足歩行するリアルなねこたちだった。

 くろねこねことらじま、ロシアンブルーにスコティッシュフォールド、マンチカンと様々な種がそろっており、そろいのはつをまとった姿は愛らしいものの、基本的に無愛想かつ気まぐれで、仕事をさぼってねむりをしていることも多い。たまにものがおで客のひざうえせんきよすることさえある。

 言葉はまったくしやべらず、注文を取りに来て品物を持ってくるだけのはいぜんがかりだが、おくちゆうぼうでは老成したせんにんのようなノルウェージャンがもくもくを製作しているというあやしいもくげき情報もあった。

 仮想空間ではねこアレルギーの心配もないとあって、このねこたちを目当てにおとずれる客もそこそこ多い。

 ナユタとコヨミもそれぞれねこを目当てにここをおとずれ、そのまま意気投合して以降、ひんぱんにパーティーを組むようになった。

 からからと戸が開き、新たな客がおとずれた。

 むかえのくろねこがとてとてとナユタたちわきけていく。


「失礼、道をおたずねしたいのですが──」


 入ってきたのは旅姿のろうそうだった。

 頭に編みがさあしもとにはきやはん、手にはしやくじようというちだが、つまりはそうりよの初期装備といっていい。

 ここから戦士系ならそうへいかいそう、術士系ならそうそうじようへと派生していくが、さむらいしのびといった花形の職に比べ、やや地味な印象はいなめない。おまけに老人ともなると、プレイヤー世代のかたよりもえいきようしてかなりめずらしい。

 アスカ・エンパイアでは、キャラクターの登録時にアミュスフィアによる生体スキャンを行っているため、キャラクターにはおおむね実際の姿が反映される。

 顔立ちはある程度まで変化させられるし、体型も服の内側にものをするなどして変えることは可能だが、世代や性別まで変えることは難しい。

 近年、こうれい世代向けのVRMMOきゆうさくとして、「しんだい列車の旅」

「登山」


り」


田舎いなか暮らし」など、ゲーム要素のうすい体験型コンテンツも人気を博している。こうれいしやの多くはそちらへ流れており、あえてせんとうがメインのゲームに参加する層はまだ少数派だった。

 肉体的なハンデは装備やステータスで補えても、反射神経だけはどうにもならない。そして多くの場合、この反射神経が勝敗を分けるかぎになってしまう。

 ゆっくりと編みがさを外すろうそうは、いかにもぼくとつとした印象だった。様になりすぎていて、ゲームのプレイヤーというより時代劇のわきやくにさえ見える。

 そのろうそうあしもとで、はつ姿すがたくろねこがじっとかれを見上げた。

 見下ろすろうそうはややまどいながら声を発する。


「……ねこ……? ええと……これは……失礼、言葉はわかりますかな? ちと道を──」


 コヨミがすかさず立ち上がった。


「おじーちゃん、その子たちは無人のAIだから、そういう難しい受け答えはできないよ! どこに行きたいの? わかる場所なら案内してあげる」


 ゲームの中とはいえ、人助けにものじしないかのじよの性格は、内気なナユタにとって尊敬の対象だった。

 ナユタもろうそうに視線を向ける。


「あやかし横丁ははじめてですか? この街は、道のちゆうつうにワープゾーンがあったりしますから……目的地が登録せつならナビゲーション機能が使えるはずですが、非登録の場所でしょうか?」


 若いむすめ二人に声をかけられたろうそうは、おどろいたように言葉をまらせたものの、すぐにここが現実とはちがう空間だと思い出したらしい。

 ろうそうがにこやかに一礼し、ナユタたちの席に歩み寄った。


「いや、かたじけない。私はヤナギと申します。お気づきの通り、まだ新参者でして……このきんりんにあるはずの《たんていしや》というたんてい事務所を探しているのですが、何かご存知でしょうか?」

「あ、私はナユタです。こちらのしのびがコヨミさんで……ええと……たんてい事務所、ですか?」


 問い返しつつ、ナユタは思わずコヨミと顔を見合わせた。


「コヨミさん、知ってます?」

「いやぁ、初耳……たんてい事務所とか、世界観がちがうような……おじーちゃん、それ本当にこのアスカ・エンパイアでの話?」


 ザ・シードの拡散以降、れいさい規模の作品もふくめ、今も多くのゲームが生まれ続けている。その中にはたんていが登場する物ももちろんあるだろうが、和風の世界観が売りのアスカ・エンパイアにおいて、システム的にはそうした職業は存在しない。


「はあ、そのはずです。ほとんどしゆのような形でやられているとのことでしたが……失礼、ご存知ないようでしたら……」


 ろうそうが辞去しようとするのを、コヨミがあわてて呼び止めた。


「待って待って! 心当たりないわけじゃないから! ナビに登録されてなくて、この近所で個人がそういうことに使わせてもらえそうな場所っていうと──」

「……まあ、つうに考えてですよね」


 ナユタもすぐに思い当たる。

 あやかし横丁の裏町、つうしよう

よいやみ通り」

──

 表通りよりもてんの賃料が格段に安く、多くの個人が営利非営利問わずしゆの店を開いているあやしげな区画である。

 祭りの日にてんが並ぶ商店街をイメージした──とは運営側の見解だが、そこにホラー要素が加味されてどうにもこんとんとしたかいわいになっており、印象としてはむしろやみいちに近い。

 てんすうが多い上にわりも激しいため、ナビゲーションにはいちいち登録されていないが、みような品物やサービスをあつかう店が大量にある。


「……おじーちゃん、その事務所があるのって、もしかして《よいやみ通り》ってところじゃない?」

「まさにそこです。この近所だと思うのですが……」


 ろうそうの顔があんしたようにほころんだ。

 コヨミがから飛び降りる。


「よっし! じゃ、なゆさん、クエストの前にちょっとご案内しちゃおっか?」

「はい。異存ありません」


 実のところ、初心者には少々わかりにくい場所でもある。行き方を説明するよりも案内したほうが早い。

 二人は席を立ち、メニューウィンドウからはらいのこうもくを選んだ。

 店員のねこまたが、ふたまたに分かれた尻尾しつぽをのんびりとらしつつ、年代物のレジスターを器用にあつかい会計処理を済ませる。

刊行シリーズ

ソードアート・オンライン オルタナティブ クローバーズ・リグレット3の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ クローバーズ・リグレット2の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ クローバーズ・リグレットの書影