一章 三ツ葉の探偵 ④

 仮に会計処理をせずに店を出てもデポジットから自動的に引かれるだけなのだが、気分的な問題もある。何より、レジで会計をするとアイテムのあめだまを一つもらえる。キャンペーン中なら福引き券が手に入ることもあり、運が良ければ景品のレア装備に手が届く。


「あ、そうだ……店員さん、《ぼたもち》の持ち帰りってできますか?」


 レジを操作する丸いくろねこつややかな毛並みを見ているうちに、ナユタはさきほどほこらでの出来事を思い出した。

 あれはおそらく、お供え物の要求である。

 ぼたもちのように丸いくろねこうなずき、カウンターわきにあるねこの口を模したあやしい取り出し口から、ささの葉にくるんだぼたもちを取り出した。

 受け取ったそれを、ナユタはメニューウィンドウ経由でどうぶくろへと移す。


「なに? 三時のおやつ?」

「いえ、お供え用です。クエストで使うかもしれないので」


 はつ姿すがたねこまたから肉球をって見送られ、一行は店の外へと出た。

 歩き出しながらろうそうこうべを垂れる。


「申し訳ありません、せっかくお話し中のところを、じやしてしまいまして──」

「なんのなんの、苦しゅうないっスー。ちょっと初めての人にはわかりにくい場所だしね!」


 コヨミの応対はそこけに明るい。

 かのじよのような話術を持たないナユタは、あくまでと話しかける。


「《よいやみ通り》のたんさくは、百八のかいのチュートリアルクエストだったんです。解放後、ユーザーが借りられるかしてんの区画になって──お探しの事務所も、たぶんその中にまぎんでいるんだと思います」

「ははあ、なるほど……しようかいしやの方に、〝わかりにくい場所かもしれないから、明日で良ければ知り合いに案内させる〟とは言われたのですが、とにかく行けばなんとかなるかとも思いまして──しかし、見通しがあまかったようです。親切な方にお会いでき、助かりました」


 コヨミがからからと笑う。


「ねー。なゆさん親切だよねー。私が男だったらぜったいよめにしてるわー。むしろ私がよめに行きたいわー……てゆーかもうホントにけつこんして。その甲斐かいしようで私を養って……月曜から会社行きたくない……この身長で満員電車にもれるのもうやだ……」


 いかにもわざとらしく、コヨミの声がだんだんと小さくなっていった。

 あつかいに慣れているナユタは、眼下にあるかのじよの頭をどもあつかいにでる。


「学生相手に何を言ってるんですか。いい子ですから、ちゃんと真面目に社会人してください」

「だってさあ……うちの会社、こんのおっさんとおじいちゃんばっかでわいい女の子も男の子もいないんだもん……とりあえず一年がんってみたけど、うるおいがなさすぎて……年度末でアホみたいにいそがしいし、なんかもう最近はなゆさんだけがゆいいついやし……ね、もうけつこんしよ? なゆさん、ウェディングドレスとかちよう似合いそう」


 かえされるもうげんを、ナユタはたんたんと受け流す。


「そうですね。年収一千万えたら考えてあげます」

「マジで!? 完全にうそだってわかりきってるけどその一言で来週ぐらいはなんとかがんれそうな気がする! やっぱ人生、夢とか希望とかないとダメだよね! たとえそれが可能性0%の単なるげんそうであっても!」

「……コヨミさんのそういうとこ、割と好きですよ? たまに見ていて切なくなりますけど」

「あー。それこいこいだわ、ちがいない。しかもはつこい


 二人のちんみようなやりとりに、ろうそうした。


「……いや、これは失礼。オンラインゲームというのは初めてなもので、よくわからなかったのですが……なるほど、孫がおもしろがっていた理由に、得心がいきました。やはり、こうした人間関係を自由に作れるのはりよくなのでしょうな」


 コヨミが子犬のようにかえる。


「ああ、じゃ、おじーちゃんもお孫さんと遊ぼうと思って始めたの?」

「さて、そういうわけでも……いや、そうかもしれませんな。少々、った事情がありまして──これからうかがう先のたんていに、お願いしたい仕事があるのです」


 ろうそう微笑ほほえみつつ口ごもった。

 初対面からあまりむのも良くないと思い、ナユタも口をざす。話したいことならいずれ話すはずで、無理にせんさくする気はない。

 ヤナギはきようしゆくしたように軽くしやくした。

 ろうそうを先導して、ナユタたちは路地裏をけ、ねこぢやの裏手に回った。

 夜空は暗いが、街の中は光源がない場所もぼんやりと明るく、歩くのに支障はない。

 あやかし横丁はの城下町をモチーフにしていると言われる。

「横丁」とは本来、表通りから外れた細い通りを指す言葉だが、あやかし横丁は〝現世から外れた街〟の意味をめて命名されたらしい。

 横丁などという言葉が空々しくなるほどに街は広大で、くびりの桜やら河童かつぱほりやら黄泉よみの地下道やら、あやしげな名所がそこかしこに点在している。

 アスカ・エンパイアの首都たるキヨミハラは、飛鳥あすかきよはらのみやおよび時代の近いへいじようきようへいあんきようをモチーフとし、仏教建築やみやびやかな貴族の建造物を多くようするのに対し、こちらはもっとしよみんてきで、なおかつ不気味さの演出に主眼がおかれていた。

 現実の時間を問わず、このあやかし横丁は常に夜のままで日がのぼらない。現在は土曜日の昼過ぎだが、空はくらやみに閉ざされている。

 いたべいかぶみは人の顔に見え、時にそれは表情を変える。

 あしもとのぬかるみから白い手が生えていることなどめずらしくもないし、はるかに見えるきよだいな城には何故なぜかどうしても近づけず、空には時折、きよだいおにの顔がかぶ。

 かいけが多すぎて、もしもまかりちがって〝本物〟のかい現象が起きたとしても、おそらくはだれも気づかない。

 すれちがったのっぺらぼうしやくをしつつ、三人は古びたしきしきはざにある、小さな社の前で立ち止まった。

 鳥居の左右には、こまいぬきつねの代わりにまねねこすわっている。

 つうしようねこ稲荷いなり──そこには「だまはく寝子ねこの御魂みたまのかみ」なるゆいしよあやしいねこがみたてまつられており、さいせんばことなりにはたいきが供えられていた。


「はて、寄り道でしょうか……」

「うんにゃ、ここが目的地だよー」


 まどうヤナギに、コヨミが悪戯いたずらっぽく笑いかける。

 鳥居の内側に入り、ほこらに向けて礼を二回、かしわを二回、さらに礼を二回──

 そのままかえると、鳥居の向こう側には、それまでなかった広い道がまっすぐにびていた。

 いくにも連なっただいだいいろちようちん、きらびやかにいろどられたぎやまんのすず、おでんにたこ焼き、綿あめ、ラーメン、ヨーヨーりと統一感のない屋台の群れ──

 左右に立ち並ぶそうした雑多な店の間を、数多あまたの客たち陽炎かげろうのように行き来している。

 屋台ばかりでなく、道の左右には一階をてんとした小規模な商店もある。昭和の商店街を思わせるそれらのたたずまいは、不気味さと活気が混在し、こんとんたるりよくただよわせていた。

 いつしゆんを境に起きたこの不可思議な変化に、ヤナギがを丸くした。


「なんと、これは……?」


 ナユタは小声で応じる。


「鳥居の内側が転送ポイントになっているんです。れいはくしゆれいがスイッチになっていますから、帰る時も同じ手順で」


 いつぱんに拝礼の作法はれいはくしゆいちれいと言われる。ねこ稲荷いなりの場合、対象がねこがみだけに「にゃーにゃーにゃー」でれいはくしゆれいらしい。

 まるでえんにちにも似た活気の中、三人はよいやみ通りを歩き出す。

刊行シリーズ

ソードアート・オンライン オルタナティブ クローバーズ・リグレット3の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ クローバーズ・リグレット2の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ クローバーズ・リグレットの書影