一章 三ツ葉の探偵 ⑤

 うプレイヤーはさむらいしのびおんみようなど様々だが、特にあやしい要素はない。ただし左右のてんとそこで働く店員たちには、みようそうしよくようかいじみたふんそうが目立つ。

 おにきつねの面をつけた者、しようしんしようめいきつねたぬきはまだわいいほうで、じよろう蜘蛛ぐもといったばつようかい、内臓がしゆつした落ち武者、全身が黒ずくめのかげにんげんと、子供が見たら泣きそうなキャラクターもそこそこ混ざっている。

 そんな中、みようあいきようのある毛むくじゃらのげんが、はねるような足取りでコヨミに近づき手を引いた。

 そばにある店の看板には「らーめん・けうけけん」とある。

 コヨミが苦笑いと共に手を外させた。


「あ、ごめんごめん。今日は別の用事だから。また近いうちねー」

「……まさか常連なんですか」

「うん。いっつもスープにかみが入ってる店……いや、体毛?」


 案の定、ろくでもない。

 このよいやみ通りにある店は、おおむ何処どこかがおかしい。当然、かよめる側も少々ずれている。


「さて、たんてい事務所ってどこだろうね……ええと、なになに……退たいふだあります?」


 言葉を覚えたての子供のように、コヨミが視界の看板やのぼりをかくにんがてら読み始めた。


ますって、字の使い方が昭和ですね」


 ナユタもつられて感想をらす。ヤナギはこのこんとんとしたふんあつとうされたのか、ぼうぜんと周囲を見回してばかりで口数が減っていた。


「あ。足裏マッサージだって」

「仮想空間では意味ないですよね、それ」

「おお、ホラー定番のじんにくまんじゆう

あくしゆです」

「ショコラ・デ・フランボワーズ」

「すごいちがい感が……」

「個室ビデオ」

「……よく運営の許可が降りましたね」

ちがえた! きつねしつビデオって書いてある」

「それはじやつかん、気になります」

「わんこくまなべ

「……わんこそばのしゆでしょうか」

「にゃんこそば」

となりどうでなにやってるんですか」

たんていしや

「こんな所で何を調べ……あ!」

ねこがみしんこう研究会」

「コヨミさん、通り過ぎないでください。ここです」


 先導するコヨミのえりくびねこあつかいにひっつかみ、ナユタは足を止めさせた。

 人一人がやっと通れるほどのせまい入り口に、木製の古びた看板が申し訳程度にかっている。

 くだんの事務所はどうやら二階にあるらしい。その先は真っ暗で、木造の急な階段が上へと続いていた。

 ヤナギがあんみを見せる。


「ああ、ここのようです。ありがとうございます、お二方。私一人では、とても辿たどけない場所でした」

「……んー。いや、確かに看板はかってるんだけど……」

「……本当にここですか?」


 二階を見上げたナユタとコヨミは、窓の向こう側でくびり死体がゆらゆらとれているのに気づいた。


「……またあくしゆですよね」

「いやまあ、街の景観管理のいつかんなんだろうけど……」


 中の部屋にその光景が反映されているとは限らない。よいやみ通りではふん作りのため、外側に面した窓のそうしよくが運営側によって設定されている。

 ただ、入居者側のそうしよくが運営側のしんに通れば、部屋の様子がそのまま窓に映ることもある。このあたりは実際にんでみなければわからない。


「このじんじようじゃないあやしさ……ね、なゆさん。これたんてい事務所がどうこう以前に、むと同時にシークレットクエストが発動したり、って可能性ない? 初心者のおじいちゃんを一人でつっこませるのは、ちょっと──」


 コヨミのそんなねんに、ナユタもうなずきを返す。


「……あの、ヤナギさん。失礼ですが、レベルはまだ1ですよね?」

「はあ。何分にも今日、初めてログインしたもので──チュートリアルというものも、後回しにしております」


 ナユタはコヨミと顔を見合わせた。むしろよくねこぢやまで辿たどいたものだと感心する。


「……もしつかえなければ、わたしたちもこのままごいつしよしましょうか?」


 ろうそうの顔がほころんだ。


「これはどうも、とんだごめいわくを……重ね重ね、ごこういたみいります」


 がつしようと共に、かれは深々とこうべを垂れる。どうやら内心ではこしがひけていたらしい。

 うなずいたナユタは、左右をいたかべはさまれた暗い階段へするするとんでいく。

 躊躇ためらいも見せず先頭に立つその様子に、背後のコヨミからかんたんの息がれた。


「なゆさんのそういうとこ、男らしすぎてほんとれそう……」

「後ろのほうが生存率が高いとは限りません。バックアタックは後ろから来ます」

「いや、生存率とかじゃなくてさあ……〝暗いとここわい!〟とかそういうのないの? だいたい生存率がどうこうっていうなら、いくさ巫女みこって前衛職だから、つうはもっと金属系の防具で固めるからね? 術師系の退たい巫女みこならともかく、谷間見えてるばくにゆういくさ巫女みことか、なゆさんぐらいしか知らないよ、私……」

「……見えてないです。ちゃんと下にインナー着てますから、流れで適当なセクハラいれるのやめてください。サイズの設定は……ただのミスです」


 アカウントの作成時、体型はアミュスフィアからのスキャンによってある程度まで反映されてしまう。サラシでも巻いてごまかせば良かったのだが、そこまで気が回らなかった。

 夏場でうすだったせいもあり、正確な数字を読みとられたことに気づかずそのままスタートし、周囲の視線に気づいたのは数日後のことである。

 その上、アカウントを消してやり直すべきかと迷っている間に、かい性能が高いレア装備、《白南風しらはえそで》を運良く入手してしまい、データを消すに消せなくなった。

 コヨミがうなる。


「いくらインナー着てるっていっても……そのスポーツウェアみたいなぴっちぴちのたいインナー自体が、もういつぱんにはエロ装備あつかいだからね? シルエットとかはんないよ?」

おおです。たいとかたいでんけいのインナーウェアって、コヨミさんみたいなしのびけいひとたちにとっても定番装備じゃないですか。速さや身軽さを重視すると、どうしてもこういう装備に行き着きます」


 コヨミがナユタの背をつついた。


「それ! なゆさん、そんなに速さ重視ならなんでしのびにならなかったの? 職業補正で一番動きが軽くて、こうげきりよくもそこそこで戦いやすい人気職なのに。いくさ巫女みこって〝にんじやそうこううすすぎてちょっと……〟って人が選ぶ職だよね?」


 理由はある。あるにはあるが、少々ずかしい。階段を上りながら、ナユタは小声で応じた。


「その……はかまわいいかな──って」


 たちまちコヨミがうなだれた。


「…………ごめん、男らしいとか言ったのてつかいする。なゆさんかわいい。ちゃんと女の子してる……ステータスと効率しか見てない私のほうがよっぽど女子力低かった……」

「……いえ、私も体術寄りの育て方をしていますから、女の子らしさはあんまり──」

「ううん。どこからどう見ても女の子……だってせんとうちゆうのなゆさん、すっごいれてるもん……もうたゆんたゆんって……専用のびようエンジン積んでるんじゃないかってくらい……」

「……コヨミさん、ハイライトの消えた目でちょくちょくセクハラいれるの本当にやめてください。つうに反応に困ります」


 現実の生活で何かいやなことでもあったらしい。

 階段の上に辿たどいたところで、ナユタは正面をふさぐ木製のとびらを開け放った。

 ごくわずかなだいだいいろの明かりが階段側にれる。

 そこは想像以上に広い空間だった。

 てんじようみように高く、空気の流れと声のはんきよう具合がわずかに変わる。

 開いたとびらの真正面には、一ぴききよだいくろねこがどっしりと座していた。

 じんじような大きさではない。

 座高は三メートルを優にえ、てんじようの高さとあいまって重苦しいあつかんかもしている。

刊行シリーズ

ソードアート・オンライン オルタナティブ クローバーズ・リグレット3の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ クローバーズ・リグレット2の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ クローバーズ・リグレットの書影