一章 三ツ葉の探偵 ⑥

 もちろん本物のねこではなく、丸々とした二頭身の体でぜんを組み、前足をぜんじよういん、後足をけつの形に仕上げた、いわばくろりの仏像に近い置物だった。

 安置されているうすぐらい空間も、商店街の二階というよりは寺社の本堂に近く、それこそワープゾーンで飛ばされたかのようなさつかくさえいだく。

 金色にられた大きなは特にあいには満ちておらず、ぼんのうはらう強さもなければ、しゆじようを救おうなどという大それた意志もまったく感じられないが、ねこらしいあざとさだけは存分に表現されていた。

 後ろに背負ったこうはいは肉球型、台座はねこかん型、周囲にられたとうろうは毛糸玉型と、細部のこだわりにもかりがない。

 黒いねこだいぶつとも呼ぶべき異形の座像を前に、ナユタたちは立ちすくむ。


「……え。何ですか、これ?」

「わお……ありがたやー。ありがたやー」


 ナユタがまどい、とりあえずとばかりにコヨミが拝む中、ヤナギが暗がりに立て札を見つけた。


「右側がねこがみしんこう研究会、左側がたんていしや……どうやらこの二階で分かれているようです。このねこの像は、エントランスのオブジェといったところでしょうか──」


 見れば左右にそれぞれとびらがある。

 右側のとびらにはらんらんを見開いたねこちようこくほどこされ、左側のとびらには【営業中】と書かれた小さな木札がぽつりとかっていた。

 右のとびらわいさをとおして明らかにまがまがしい。

 うつむいてを閉じ、一呼吸をおいた後で、ナユタは迷わず左のとびらをノックする。


「──かぎは開いている。入りなさい」


 若い男の、みようんだ声が室内からひびいた。





 たんていおおむね二種類に分けられる。

 一方は、その仕事を金銭のためと割り切ってこなす、いわばリアリストのたんてい

 そしてもう一方は、物語に登場するたんていへのあこがれから、自身もその職を選んでしまったロマンチストのたんてい

 見分け方は容易たやすい。

 前者のたんていたんていに見えない。宣伝担当や営業担当を除いて顔出しもひかえ、街のざつとうまいぼつし、うわ調査や身辺調査を的確にすいこうする。

 後者のたんていは形から入る。仕立てのいい背広やかすりの着物、特注のステッキにお気に入りのパイプ──たんていらしく見えさえすれば、小道具はなんでもいい。かれらはまず見た目からたんていであることを主張し、自分を目立たせながらんでいく。

 そして案の定、ナユタたちの前に現れたたんていしやあるじは、あつとうてきなまでに〝後者〟だった。

 ワイシャツとポーラータイ、ベストまではまだいい。システム的には〝たんてい〟などという職はないが、こうした洋装は一応、え用のアイテムとしてキヨミハラでも売られている。

 しかしいくら容易に手に入るとはいえ、かべにかかったインバネスコートと鹿しかぼうに至っては、明らかに世界一有名なぼうめいたんていのコスプレにしか見えない。

 本をすきなくんだしよだな、化学の実験器具を収めたガラスだな、古びた骨格標本に年代物のちくおんと、ふん作りにも余念がない。

 そもそもゲームの中だけに、そうしよくひんの本などはおそらく中身が白紙である。ほんだなから取り出せるかどうかすらあやしい。

 化学の実験などももちろん意味をなさないし、ちくおんから流れてくるBGMに至ってはネットラジオの競馬ちゆうけいだった。

 本日土曜の第六レースは二わく二番、九番人気のニクキュウカイザーが勝ったらしい。

 その結果をかくにんした後で、青年たんていげんよく、ちくおん型ラジオたんまつのスイッチを切る。

 ランプの明かりのもとあめのようなこうたくを放つマホガニーの机の向こう側で、この部屋のあるじたるかれゆうしようを見せた。


「こんな場末の事務所へようこそ、お客人。私はたんていのクレーヴェルと申します。となりねこだいぶつについては気にしないように。ねこがみしんこう研究会の連中が勝手に設置したものです。かれらはどうも──得体が知れなくて困ります」


 たんていクレーヴェルのこわは演者のようにんでいた。

 細身だが容姿は悪くない。客をみするようなその視線は、どこかきつねを思わせる。


(……

きつねよめり」

の化けきつねに、こんな感じの人がいたような……?)


 数日前にコヨミと組んでクリアしたクエストを、ナユタはふと思い返した。

 そのクエストに登場した化けきつねは、さすがに洋装ではなかったものの、切れ長のほそおもての色気立つような美青年だった。

 面食いのコヨミはやたらと興奮していたが、生憎あいにくとナユタのしゆではなく、敵と判明した時点で躊躇ためらいなく成敗しコンボボーナスもかくとくしている。

 一連の流れを見ていたコヨミからは「……なゆさんはイケメンにうらみでもあるの……?」と真顔で問われたが、特にそういったやみかかえていない。

 クレーヴェルと名乗ったたんていは、よどみない口調で話し続ける。


「さて、ヤナギさん。貴方あなたらいについては、ついさっき届いたちゆうかいしやからのメールでおおむあくしています。旅先でフルダイブできないから、道案内もできなくて申し訳ないと、しきりにきようしゆくしていまして……直接ごれんらくいただければ、こちらからキヨミハラまでおむかえにあがったのですが」


 年代物のソファにこしけたヤナギが、苦笑いとともにこうべを垂れた。


「いえ、私も散歩がてら、まず一人でこのゲームの中を見て回りたかったものですから。ただ、この年で本当に道に迷ってしまうとは想定外でした。こちらのおじようさん方に助けていただかなければ、いまごろまだ迷子だったはずです」


 コヨミがドヤ顔で胸を張った。


「まー、困った時はおたがい様ってことで! ……あ、ついでにたんていさんにも興味あったし、とかだったら止めないといけないし、場合によっちゃガチの警察わたし案件になるのかなぁ……とか」


 そこそこ失礼なかのじよの歯にきぬ着せぬ物言いに、たんていふくわらいをらした。


とは手厳しい。が、疑われる理由はわかる。実のところ──うちは〝たんていぎよう〟ではなく〝観光業〟として運営側のにんを受けていてね。RPGで、看板は酒場なのに中身は人材けん会社になっている例がちょくちょくあるだろう? あんな感じだよ」


 ナユタは首をかしげた。オンラインゲームのたんていぎようあやしいが、観光業もかなりあやしい。


「観光業……? VRMMOでですか?」

「意外かな? えいけんきやくからはそこそこ好評だ。日本への観光旅行は時間も金もかかるから、和風のゲームで手軽にその気分を味わいたい、というニーズがそれなりにある。なにせアミュスフィアはゆうしゆうだからね。グルメを味わい、温泉につかり、ニンジャに興奮して桜をでる──それこそ実体験と変わらない。〝晴天確実でしかもじゆうたいしない登山〟なんていう、現実では難しいたぐいの体験さえできる。で、私は通訳けんガイドとして、きやくが希望するクエストに同行したり、あるいは街や店、各地の名所の案内を務めているわけだ」


 どこからともなく現れた二足歩行の黒いねこまたが、ナユタたちの前に紅茶を置いていった。ねこぢやで使っているのと同じ仕様の業務用ボットらしい。

 紅茶に角砂糖を落としながら、クレーヴェルは自己しようかいねた雑談を続ける。


「客は海外ばかりじゃない。国内のぎよう関係者からも、数は多くないがたまに仕事のらいがくる。だんはゲームをまったくしない立場の方々が、コラボレーションかくやらゲーム市場への進出のために内部の視察をしたい──とかね」


 クレーヴェルの視線がかべいちぐうに向いた。そこには、今回の《百八のかい》でのコラボレーションを発表している有名飲料メーカーのポスターがられている。

刊行シリーズ

ソードアート・オンライン オルタナティブ クローバーズ・リグレット3の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ クローバーズ・リグレット2の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ クローバーズ・リグレットの書影