「そういう顧客のために、頼まれればゲーム内での市場や流行の分析、助言等もこなすようになった。こうなるともう、観光業でも探偵業でもなくコンサルタントの領域に近くなるが……要するに、会社関係者が責任を回避するためのスケープゴートと言い換えてもいい。企画が失敗したら外部の私のせいにすれば、とりあえず社内での面目も立つ」
社会人のコヨミが露骨に嫌な顔へ転じた。
「……うわぁ……身も蓋もない……」
探偵が事も無げに嗤った。
「そういう腹積もりで声をかけてくるクライアントもいる、という程度の話だ。もちろん、あまりに失敗する確率が高い案件は断っている。さて……ここがどういう場所かご説明したところで、今回のヤナギさんの御依頼についてです」
探偵が口調を改め、ソファのヤナギに向き直った。
ヤナギも神妙に頷きを返す。
「仲介者からのメールによれば、〝ある新規のクエストを一週間以内にクリアしたい〟とのことでしたが──申し訳ありませんが、先に報酬の確認をさせてください。あの馬鹿、どうやら桁を間違えたようで」
ヤナギが慌てた様子で首を横に振った。
「いえ、おそらく正しいかと思います。手付け金で二十万、日当は人数分×二万、一週間以内での成功報酬が百万ということで、ぜひお願いしたく……」
その金額に、ナユタは思わず耳を疑った。コヨミもわずかに頰をひきつらせる。
「……え。何? ゲーム内通貨の話? まさかリアルマネーじゃないよね?」
探偵が嘆息した。
「うちは日本円かドル、ユーロでの取引しかしていない。ヤナギさん──失礼ながら、本気ですか? もちろん依頼内容によって報酬は大きく変動しますが、現実世界の探偵と違ってリスクがほぼない分、基本的には割安です。クエストクリアの手伝い程度なら日当は一人一万、成功報酬もせいぜい五万かそこらです。七不思議クラスの大きなクエストの場合は、金を積んだからといってどうこうできる話ではなくなりますが……御依頼は《幽霊囃子》でしたね? まだ誰もクリアしていないとはいえ、運営側の発表を信じる限り、そう難度も高くないはずです」
ナユタはぴくりと肩を震わせる。
(あ。幽霊囃子って──)
つい先程まで、彼女はそのクエストに挑戦していた。
新規配信されるクエストは週に二つから三つ程度なため、目的のクエストがかぶること自体に不思議はない。
ただ、ドロップアイテムが不明でまだ評価も定まっていないクエストを、わざわざ探偵に高額で依頼してまでクリアしたいというヤナギの真意がわからない。
今週配信のクエストでは、事前にレアアイテムの発表があった《人狼の森》に攻略組が集中しており、発動条件さえ不明な幽霊囃子は後回しにしているプレイヤーがほとんどだった。
ヤナギが深々と頭を垂れる。
「何卒、御斟酌ください。確かに高額と思われるかもしれませんが、それだけの額を払ってでも、どうしても一週間以内にクリアしたい事情がありまして──」
「いやいや、どういう事情!? たかがゲームのクリアに百万円以上って普通じゃないからね?」
コヨミが甲高い声を上げたが、これをクレーヴェルが手で制する。
「お嬢さん、ここのルールでは、依頼人は話したくないことは話さなくていいことになっている──それも含めての高額報酬ということであれば、無理には聞きません。こちらとしては、額に応じた誠実な仕事をするだけです」
「うん……言い方かっこいいけど、要するに〝金に眼が眩んだ〟ってことだよね?」
容赦ないコヨミの指摘を、クレーヴェルは薄笑いで受け流した。
「否定はしない。金はその人物の誠意と本気を測る便利な尺度になる。なにより──君達は、この御老人がそれだけの身銭を切ってまで叶えたい願いを無下にできるかね?」
「……私としてはむしろ、〝うまい話には裏がある〟っていうステキな格言を探偵さんに教えてあげたい感じかなー……お爺ちゃん、なんでそんな急いでるの? 別に期間限定配信ってわけじゃないし、じっくり攻略すればいいのに。こんな怪しい探偵さんにお金払わなくても、言ってくれれば私らがタダで手伝うしさー」
成り行きを見守っていたナユタも、ここでやっと口を開く。
「私もちょうど、その《幽霊囃子》の探索中です。発動条件についてもヒントを摑んでいますし、うまくいけば、それこそ何日かのうちにクリアできるかもしれません」
老僧が返事をする前に、探偵が口を挟んだ。
「なるほど。それも悪くない──実はですね、ヤナギさん。御依頼を受けるにあたって、一つ問題があるんです。私のスケジュールが空いていた理由とも関係するのですが、日頃、戦闘面を担当してくれている助手が、私用のために十日後までログインできません。いざとなれば臨時で傭兵を雇うつもりだったのですが、こちらのお嬢さん方が手伝ってくれるなら願ってもない」
たちまちコヨミがソファから立ち上がった。
「あ! 儲け話に逃げられそうだから私達ごと懐柔する気だ!」
「話は最後まで聞きたまえ。私はそこまで金に困っていない──ヤナギさん、こちらの契約は月曜まで保留にしましょう。その代わり今日と明日、この土日で、こちらのお嬢さん方と一緒に攻略を目指してください。私も事前調査を兼ねて同行しますが、この二日間の報酬は不要です。そもそもたった二日でクリアできるような簡単なクエストなら、そんな高額の報酬をいただくわけにはいきません。その上で、二日でクリアできなかった場合には──月曜日に改めて、私と契約を結ぶかどうかをご検討ください。そして契約が成った暁には、月曜からの五日間、私が全力をもって攻略にあたります」
探偵は言葉を区切り、ナユタとコヨミに冷ややかな視線を向けた。
「……というわけで、これが私からの譲歩案だ。どうせ君らだって、月曜日からは学校や仕事があるだろう? その間はヤナギ氏の手伝いもできないはずだ。彼が私のような探偵を雇う理由も、結局はそこにある。金さえ積めば、徹夜をしてでもこのクエストに二十四時間態勢で集中し、是が非でもクリアしようと躍起になれる人材──それが私だ」
反論できず、コヨミが悩ましげに唸った。プレイヤーとしては見上げた心意気ながら、堂々と「二十四時間態勢」とまで言われると、反応に困る発言ではある。
「むうう……ど、土日でクリアすればいいんでしょっ! いけるいける! 問題ないっ! タイムアタック上等っ! やらいでかー!」
「……確かに、何も問題はありません。ヤナギさん、私達も手伝わせていただいて構いませんか?」
勢いづくコヨミとは打って変わった物静かな口調だが、そこに込めた意志はほぼ同じといっていい。
ヤナギが困ったように首を傾げた。
「それはもちろん、願ってもないことですが……よろしいのですか? こんな、初対面の私などのために……」
ナユタは控えめに頷く。
「さっきも言った通り、私にとっても探索中のクエストです。ヤナギさんのことは抜きにしても、近いうちにクリアするつもりでしたから」
この老人がどうして《幽霊囃子》をクリアしたいのか、理由は知る由もない。
だが少なくとも悪い人間には見えないし、彼の真摯な表情を見れば、本人にとっては重要なことなのだろうとも伝わってくる。
探偵のクレーヴェルが、壁に掛けてあったインバネスコートと鹿撃ち帽を手に取った。
「話がまとまったところで、早速、移動するとしよう。ナユタ、コヨミ、君達とは初対面だが、よろしく頼む。ヤナギさんも、今のうちにパーティー登録をお願いします」
それぞれのウィンドウを操作し、一行はパーティー登録を済ませる。ヤナギは少し手間取ったが、コヨミが横から操作を指示し、滞りなく即席のパーティーが組み上がった。
これから向かう《幽霊囃子》は、パーティーメンバーとしか内部で遭遇しない《道連れ》に該当している。一時的にでもパーティーを組まなければ、共に攻略することはできない。
(ヤナギさんはもちろんレベル1。探偵さんは、けっこうベテランっぽいけど……)