一章 三ツ葉の探偵 ⑦

「そういうきやくのために、たのまれればゲーム内での市場や流行のぶんせき、助言等もこなすようになった。こうなるともう、観光業でもたんていぎようでもなくコンサルタントの領域に近くなるが……要するに、会社関係者が責任をかいするためのスケープゴートとえてもいい。かくが失敗したら外部の私のせいにすれば、とりあえず社内でのめんぼくも立つ」


 社会人のコヨミがこついやな顔へ転じた。


「……うわぁ……身もふたもない……」


 たんていが事も無げにわらった。


「そういう腹積もりで声をかけてくるクライアントもいる、という程度の話だ。もちろん、あまりに失敗する確率が高い案件は断っている。さて……がどういう場所かご説明したところで、今回のヤナギさんのらいについてです」


 たんていが口調を改め、ソファのヤナギに向き直った。

 ヤナギもしんみよううなずきを返す。


ちゆうかいしやからのメールによれば、〝ある新規のクエストを一週間以内にクリアしたい〟とのことでしたが──申し訳ありませんが、先にほうしゆうかくにんをさせてください。あの鹿、どうやらけたちがえたようで」


 ヤナギがあわてた様子で首を横にった。


「いえ、おそらく正しいかと思います。手付け金で二十万、日当は人数分×二万、一週間以内での成功ほうしゆうが百万ということで、ぜひお願いしたく……」


 その金額に、ナユタは思わず耳を疑った。コヨミもわずかにほおをひきつらせる。


「……え。何? ゲーム内通貨の話? まさかリアルマネーじゃないよね?」


 たんていたんそくした。


「うちは日本円かドル、ユーロでの取引しかしていない。ヤナギさん──失礼ながら、本気ですか? もちろんらい内容によってほうしゆうは大きく変動しますが、現実世界のたんていちがってリスクがほぼない分、基本的には割安です。クエストクリアの手伝い程度なら日当は一人一万、成功ほうしゆうもせいぜい五万かそこらです。七不思議クラスの大きなクエストの場合は、金を積んだからといってどうこうできる話ではなくなりますが……らいは《ゆうれいばや》でしたね? まだだれもクリアしていないとはいえ、運営側の発表を信じる限り、そう難度も高くないはずです」


 ナユタはぴくりとかたふるわせる。


(あ。ゆうれいばやって──)


 ついさきほどまで、かのじよはそのクエストにちようせんしていた。

 新規配信されるクエストは週に二つから三つ程度なため、目的のクエストがかぶること自体に不思議はない。

 ただ、ドロップアイテムが不明でまだ評価も定まっていないクエストを、わざわざたんていに高額でらいしてまでクリアしたいというヤナギの真意がわからない。

 今週配信のクエストでは、事前にレアアイテムの発表があった《じんろうの森》にこうりやくぐみが集中しており、発動条件さえ不明なゆうれいばやは後回しにしているプレイヤーがほとんどだった。

 ヤナギが深々とこうべを垂れる。


何卒なにとぞしんしやくください。確かに高額と思われるかもしれませんが、それだけの額をはらってでも、どうしても一週間以内にクリアしたい事情がありまして──」

「いやいや、どういう事情!? たかがゲームのクリアに百万円以上ってつうじゃないからね?」


 コヨミがかんだかい声を上げたが、これをクレーヴェルが手で制する。


「おじようさん、ここのルールでは、らいにんは話したくないことは話さなくていいことになっている──それもふくめての高額ほうしゆうということであれば、無理には聞きません。こちらとしては、額に応じた誠実な仕事をするだけです」

「うん……言い方かっこいいけど、要するに〝金にくらんだ〟ってことだよね?」


 ようしやないコヨミのてきを、クレーヴェルはうすわらいで受け流した。


「否定はしない。金はその人物の誠意と本気を測る便利な尺度になる。なにより──きみたちは、このろうじんがそれだけのぜにを切ってまでかなえたい願いを無下にできるかね?」

「……私としてはむしろ、〝うまい話には裏がある〟っていうステキな格言をたんていさんに教えてあげたい感じかなー……おじいちゃん、なんでそんな急いでるの? 別に期間限定配信ってわけじゃないし、じっくりこうりやくすればいいのに。こんなあやしいたんていさんにお金はらわなくても、言ってくれれば私らがタダで手伝うしさー」


 成り行きを見守っていたナユタも、ここでやっと口を開く。


「私もちょうど、その《ゆうれいばや》のたんさくちゆうです。発動条件についてもヒントをつかんでいますし、うまくいけば、それこそ何日かのうちにクリアできるかもしれません」


 ろうそうが返事をする前に、たんていが口をはさんだ。


「なるほど。それも悪くない──実はですね、ヤナギさん。らいを受けるにあたって、一つ問題があるんです。私のスケジュールが空いていた理由とも関係するのですが、ごろせんとうめんを担当してくれている助手が、私用のために十日後までログインできません。いざとなれば臨時でようへいやとうつもりだったのですが、こちらのおじようさん方が手伝ってくれるなら願ってもない」


 たちまちコヨミがソファから立ち上がった。


「あ! もうけ話にげられそうだからわたしたちごとかいじゆうする気だ!」

「話は最後まで聞きたまえ。私はそこまで金に困っていない──ヤナギさん、こちらのけいやくは月曜まで保留にしましょう。その代わり今日と明日、この土日で、こちらのおじようさん方といつしよこうりやくを目指してください。私も事前調査をねて同行しますが、この二日間のほうしゆうは不要です。そもそもたった二日でクリアできるような簡単なクエストなら、そんな高額のほうしゆうをいただくわけにはいきません。その上で、二日でクリアできなかった場合には──月曜日に改めて、私とけいやくを結ぶかどうかをご検討ください。そしてけいやくが成ったあかつきには、月曜からの五日間、私が全力をもってこうりやくにあたります」


 たんていは言葉を区切り、ナユタとコヨミに冷ややかな視線を向けた。


「……というわけで、これが私からのじようあんだ。どうせ君らだって、月曜日からは学校や仕事があるだろう? その間はヤナギ氏の手伝いもできないはずだ。かれが私のようなたんていやとう理由も、結局はそこにある。金さえ積めば、てつをしてでもこのクエストに二十四時間態勢で集中し、が非でもクリアしようとやつになれる人材──それが私だ」


 反論できず、コヨミがなやましげにうなった。プレイヤーとしては見上げた心意気ながら、堂々と「二十四時間態勢」とまで言われると、反応に困る発言ではある。


「むうう……ど、土日でクリアすればいいんでしょっ! いけるいける! 問題ないっ! タイムアタック上等っ! やらいでかー!」

「……確かに、何も問題はありません。ヤナギさん、わたしたちも手伝わせていただいて構いませんか?」


 勢いづくコヨミとは打って変わった物静かな口調だが、そこにめた意志はほぼ同じといっていい。

 ヤナギが困ったように首をかしげた。


「それはもちろん、願ってもないことですが……よろしいのですか? こんな、初対面の私などのために……」


 ナユタはひかえめにうなずく。


「さっきも言った通り、私にとってもたんさくちゆうのクエストです。ヤナギさんのことはきにしても、近いうちにクリアするつもりでしたから」


 この老人がどうして《ゆうれいばや》をクリアしたいのか、理由は知るよしもない。

 だが少なくとも悪い人間には見えないし、かれしんな表情を見れば、本人にとっては重要なことなのだろうとも伝わってくる。

 たんていのクレーヴェルが、かべけてあったインバネスコートと鹿しかぼうを手に取った。


「話がまとまったところで、さつそく、移動するとしよう。ナユタ、コヨミ、きみたちとは初対面だが、よろしくたのむ。ヤナギさんも、今のうちにパーティー登録をお願いします」


 それぞれのウィンドウを操作し、一行はパーティー登録を済ませる。ヤナギは少し手間取ったが、コヨミが横から操作を指示し、とどこおりなくそくせきのパーティーが組み上がった。

 これから向かう《ゆうれいばや》は、パーティーメンバーとしか内部でそうぐうしない《道連れ》にがいとうしている。一時的にでもパーティーを組まなければ、共にこうりやくすることはできない。


(ヤナギさんはもちろんレベル1。たんていさんは、けっこうベテランっぽいけど……)

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