一章 三ツ葉の探偵 ⑧

 ステータスウィンドウに表示された《クレーヴェル》の名をながめつつ、ナユタは何気なくかれのステータスをかくにんした。

 たちまちかのじよこおりつく。


「……え……何、これ……?」


 思わずうめくような声がれた。

 そこには異常ともいえる数値が並んでいる。


「……あ、あの……たんていさん、これ……?」

「なになに? なゆさん、どうし……うぇあ!?」


 となりのコヨミも異常に気づき、声を裏返らせた。

 そんな二人の反応をながめつつ、たんていはあくまでれい微笑ほほえんでいる。

 ウィンドウに表示されたかれのステータス──

 レベルはそこそこ上級者のナユタよりも更に五つほど高い。それでいて、ほぼすべての数値が《ひとけた》に収まっている。要はほとんどレベル1のままといっていい。

 その中でゆいいつ、千にせまる数値にまで育っているこうもくがあった。


「あの……《運》だけにステータスぜんりって……」

「ちょ……えええー……うわぁ……え、これマジ……? カマイタチどころか、ただのイタチにも負けそう……」


 イタチは初心者にとって少しだけ強めの雑魚ざこである。上位のカマイタチは中級者向け、最上位のノロイイタチは上級者向けとされているが、いずれも見た目がそこそこにわいらしく、ゲーム内ではマスコットキャラのようなあつかいを受けていた。

 そんな相手にも勝てるかどうかあやしい育て方のベテランなど、おそろしく手のんだたちの悪いじようだんとしか思えない。

 アスカ・エンパイアのキャラクター育成は、レベルアップによって得たポイントを、筋力やかしこさ、ばやなどの任意のステータスへ自在にける形となっている。

 せんとうりよくの上では、装備の品質による補正がもっともえいきようするが、そもそも多くの武器防具類に「装備するために必要な最低限の能力値」

が設定されているため、その数値までステータスを育てなければまず装備すらできない。

 つまり、ステータスをまともに育てていないたんていクレーヴェルの装備は、ほぼゴミ同然と見ていい。

 ぜんとするナユタとコヨミの前で、クレーヴェルはゆうゆうと、見た目だけは上質なコートを羽織り、こうげきりよくなどないに等しい洒落しやれたステッキを手に取った。


「さて──行こうか、おじようさん方。お気づきの通り、私は頭脳労働専門でね。せんとうきみたちに任せるから、がんってくれたまえ」


 さも当然のように告げ、幸運のたんていは二人の視界でさつそうと身をひるがえす。

 ナユタとコヨミは無言で顔を見合わせた。

 よいやみ通りのどこかで、ボットのカラスが、人を鹿にしたようなとぼけた鳴き声をあげた。





 どこまでも続く田園風景を主体としたゆうれいばやのフィールドは、境界がループしている。

 マップのはしとうたつすると反対側のはしに出るため、転送ポイント以外には進入路もだつしゆつもない。

 この転送ポイントはイベントフラグのセーブポイントもねており、アイテムを使ってだつしゆつした場合、セーブしていないフラグは消失してしまう。そしてパーティーがぜんめつした場合には、セーブしたフラグもふくめて消失し、クエストの最初からやり直しとなる。


「……というわけで、ヤナギさん。我々の仕事は、敵がでたらまわって生存率を上げることです。万が一、せんとう要員のおじようさん方がたおれた場合には、見捨てて我々だけでもだつしゆつしなければなりません。そうすることで、パーティーとしてはイベントフラグをげます」


 田園をわたす真夜中のあぜみちを歩きながら、クレーヴェルはらいぬしのヤナギへそんな説明をしていた。


「はあ……それはなんとも、心苦しいと申しますか……」

「一からやり直しになるよりははるかにましです。難度の高いクエストでは、フラグをするためだけの予備メンバーを用意するパーティーもあるほどですよ」


 この二人の会話を受けて、コヨミがひっそりとかたを落とした。


「……言ってることは完全にその通りなんだけど……すっごいしやくぜんとしない……」


 ナユタも同意見だったが、一週間という時間の制約がある以上、ぜんめつからのリトライはなるべくけたい。じよばんならまだしも、クエストしゆうばんでのタイムロスは精神的にも厳しい。


「……元々、わたしたちとヤナギさんだけで来たと思えば、戦力がわたしたちだけになるのは必然ですし──あのたんていさんも、アイテムの使用くらいはしてくれそうですから……」


 このようはコヨミの不満をやわらげるためのものであって、他力本願なたんていのためのものでは断じてない。


「それにしたってあのステータスはないでしょ。ろくな装備できないじゃん……たんていさん、よくそんなんでゲーム内のガイドとかやってこれたよね?」


 コヨミのてきに、クレーヴェルはすずしい顔で応じた。


「運の数値は、むしろガイドにこそひつだ。せんとうは助手に任せていると言っただろう? 強さを求めるプレイヤーは山ほどいるから、ようへいとしてやとうことも難しくない。だが──《運》に特化したプレイヤーはなかなかいないからね。こればかりは自分で上げる必要があった」

「そりゃいないでしょ。だって必然性が……」

「レアアイテムのドロップ率」


 ぐ、とコヨミが言葉にまった。


「私がいるだけで、パーティー全体のレアアイテムドロップ率が通常値の三倍程度までじようしようする。補正上限が10%だから、それ以上にはならないが……それでもドロップ確率1%のアイテムが3%程度までは上がるし、ランダム生成のマップでは宝物庫の出現率にもえいきようする。さらには間欠泉や雲海、かさぐもにじなどの《絶景》も、パーティーメンバーのうんだいそうぐう確率が変動するんだ。ゲーム内の観光ガイドにとっては、何よりひつのステータスといえるだろう」


 正論ではある。が、やはりどこかしやくぜんとしない。


しきわらしみたいな人ですね……理由はわかりましたけれど、そこまできよくたんにしなくてもいいんじゃないですか? たとえば運に八割って、残りの二割を他に回すとか」

「そんなゆうはない。たった今、〝レアの確率が三倍になる〟と言ったが、それはあくまで今の私のレベルでの話だ。おそらくもっと上がある。もしもこの先、十倍程度までびるようなら……また別の商売ができそうだね」


 たんていがくすくすと楽しげに笑った。


「はあ……その時まで、仕様のへんこうがないといいですね……」


 どこまで本気かわからない戯言たわごとを冷静にいなし、ナユタは道沿いに建つ小さなほこらの前で立ち止まった。


「ここです。さっきコヨミさんからメッセージをもらった後、転送ポイントまでの移動中にこのほこらを見つけて……最初に来た時はありませんでしたから、向こうにある神社のさいせんばこか何かが、この《ゆうれいばや》のイベントスイッチになっていたんだと思います」


 となりに立ったたんていも興味深げにほこらながめる。


「なるほど、いかにも何かありそうなぜいだ。これは──泣き顔の子供かな?」


 納められた石像に向けて、ヤナギがてのひらを合わせた。


「地蔵や道祖神にしては少々、痛ましい印象ですな……何やらあわれに思えてきます」


 ナユタはウィンドウからアイテムをせんたくする。


「この像の前に、〝ぼたもちがたべたい〟というメモがありました。だからさっき、ねこぢやでついでにぼたもちを買ってきたんですが……置いてみますね」


 ささにくるまれたぼたもちを、そっと像の正面に供えた。

 一行の前で、石像の表情がわずかに動く。

 まだ少しぐずるようなあいまいな顔つきではあるものの、一応は泣きやみ、供えたぼたもちかすみのように消えた。


「……おお。これで何か、次のイベントが起きるのかな?」


 コヨミが周囲を見回す中、どこか遠くから、祭りばやが聞こえてきた。

 軽快なたいかんだかい笛、ゆうことの音色がこんぜんいつたいとなり、総じてものさびしいせんりつとなっている。

 子供のころに聞いたわけでもないのに、何故なぜきようしゆうさそわれる。

 ヤナギがまゆをひそめた。


「祭りばやが……聞こえてきましたな」


 クレーヴェルがステッキをくるりと回した。

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ソードアート・オンライン オルタナティブ クローバーズ・リグレット3の書影
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