一章 三ツ葉の探偵 ⑨

「配信時のしようかいぶんによると、このクエストの目的はあの《ゆうれいばや》の音の出所を見つけることだそうです。それでクリアになるのか、見つけた後にまだ何かあるのか──あるいはボスキャラが出てくるのかもしれませんが、いずれにせよ、まだクリアした人間がいないということは何かやつかいな問題があるのでしょう」

「ふむ。クリアした上でそのことをだまっている、という方もいそうですが……?」

こうりやくほうに関してはその通りです。ただそれとは別に、《百八のかい》では、クエストごとこうりやく成功者の人数が公式サイトで発表されています。発表は一日に一回ですから、今の時点でどうかはわかりませんが──今朝の時点ではまだ0でした。まだ配信から三日目ですからそういうこともあるでしょうが、ちからしで解けるたぐいの単純なクエストでないことは確かです」


 祭りばやが近づく中、クレーヴェルのステッキが石像の前を指した。

 そこに供えたぼたもちすでに消えたが、代わりに新たな一枚のへんが出現している。

 ナユタはしんちようにそれを取り上げた。

 紙面には毛筆の字が一行──


《 くずもちがたべたい 》



「おおう……そう来たかぁ……」


 コヨミがうめいた。

 クレーヴェルもしようしてかたらす。


「なるほど、これがいまだにクリア0の原因か。お使い系のクエストはに時間を食う。要求されたアイテムを探す手間に加えて、このほこらと街とを往復する手間もかかるとなれば、こうりやく情報がそろうまで保留にするのがかしこいやり方だ」


 ナユタもげんなりとしてしまう。お使いも一度なら仕方ないと割り切れるが、同じような内容でかえされると徒労感がひどい。


「では、またさきほどの街までもどりましょうか?」


 早々ときびすを返そうとしたヤナギに、クレーヴェルがきつねのようなまなしを向けた。


「いえ。もどる前にこのほこらを調べます。そんなめんどうくさいだけの単調なクエストが、運営側のしんとおけられたとは思えない──仮に通ったとしても配信時に調整されるはずです。この要求はフェイクか、あるいは……なぞきの一種でしょう」


 クレーヴェルがほこらの中をのぞむ。

 ナユタも反対側から顔を近づけた。

 その気になればかかげられるほどの小さなほこらである。調べるしよもさほど多くはない。


たんていさん、手伝っちゃっていいのー? 今はノーギャラでしょ。こうりやくまで長引いたほうが都合いいんじゃない?」


 コヨミのからかうようなてきを受けて、クレーヴェルは目線をほこらえたままれいしようを返した。


「ここで手をくようなこすからい人間に、ヤナギ氏はらいをしたいと思うかな? なにより私も、まがりなりにもたんていを名乗る以上、そのきようにかけてなぞきで手をくつもりはない」


 じようだんめかした口調だったが、ナユタはかれの言葉にほのかな熱意を感じ取った。


(見た目はともかく……意外に真面目な人なのかな……?)


 コスプレじみたふんそうのせいで最初はお調子者に見えたが、理路整然とした話しぶりを聞く限り、わざとどうものを演じているようにも思える。

 ほこらの中をさぐりで調べながら、たんていうすく笑った。


「ふむ──おじようさん、石像の頭上を見てごらん」


 てきに従い、ナユタはほこらてんじようかくにんする。

 そこには《雲》と書かれた一枚の紙がられていた。


「……ああ。よくかみだなの上にってある紙ですよね?」

「そうだ。神様の頭上に、何か余計なものがあっては不敬にあたるという理由で、空や天、雲等と書いた紙や板をてんじようり、空の代用品とする。つまり──〝このほこらには代用品が通じる〟というヒントだろう」


 クレーヴェルの手には筆立てがにぎられていた。石像の裏にかくしてあったものらしい。


「ナユタ、紙を裏返して広げてくれるかな」


 たんていの意図を察したナユタは、手の上に紙を広げた。

 クレーヴェルはその上に、すみでさらさらと《くずもち》と書き記す。

 コヨミとヤナギが見守る前で、ナユタは紙をたたみ供え直した。

 さすがにコヨミがうろたえる。


「え。なゆさん、ほんとにそれでいいの……?」

「わかりません。でも、ためすだけならタダですから」


 話している間にも供えた紙が消え、新たな紙が現れた。

 そこには次の要求が記されている。


《 はぶたえもちがたべたい 》


 石像のわらべは完全にんでいる。ただしまだげんは悪い。

 コヨミが手をたたいた。


「わお、通った! ……のかな? でもってまたもちかー……確か、キヨミハラの高級なさんで売ってたよね」

「買ってくる必要はなさそうだ。このまま続けよう」


 クレーヴェルが文字を記し、ナユタがそれを供え直す。

 ヤナギがふとまゆをひそめた。


「はて……祭りばやの音色が、さらに近づいてきましたな」

「おそらくはフラグが進んでいるしようです。これがこのクエストの発動条件ということでしょう。けの意味に気づけばすうしゆんで済みますが、気づかず街を往復するとなると、なかなかめんどうな作業です」

「あ。でも街にだれか残しておいてメッセージでれんらくするようにすれば、街へもどる間に探しておいてもらったりとか……」


 コヨミの言葉のちゆうで、石像から次の要求が返ってくる。


《 こおりもちがたべたい 》



「……前言てつかい。これ探すのかなりきっつい……!」

「どこかの郷土料理ですよね? どんなものかもよく知りませんが……」


 多くのちようせんしやはこのあたりで断念したのだろうと、ナユタにも想像がついた。

 ヤナギがどこか楽しげに笑う。


もちこおらせてかんそうさせたものですな。湯にひたして食べる、寒冷地域の保存食です。時にの材料にもなります」


 ヤナギのろうしたよどみない豆知識に、ナユタは内心でおどろいた。


(結局、この人……どういう人なんだろう?)


 よほど親しいあいだがらでもない限り、リアルのじようせんさくしないのがオンラインゲームのマナーではある。ただ、らいの理由もふくめて気になる点は多い。たった今の博識ぶりからして、何らかの研究者か料理人という線も考えられた。

 難度の高い要求物もアイテムとして探す必要はないとあって、クレーヴェルは一筆の下にやすやすと石像の願いをかなえていく。


《 こばんもちがたべたい 》



もちシリーズ続くなー……これも?」

「はあ。たまに見かけますが、小判のような形が共通しているくらいで、作り方は店ごとにちがう例が多いようです。あんが入っている物、よもぎを使用した物、豆を混ぜた物……いろいろですな。一応、コバンモチという木もあります」


 ヤナギの説明には迷いがない。


《 ニッキもちがたべたい 》



「……またか。アスカ・エンパイアの店ではあつかってなさそうだが──料理スキルで合成はできそうだ」


 つぶやくクレーヴェルの目つきが、心なしか険しい。

 祭りばやの音がさらに近づいてくる。

 コヨミが不安げに視線をさまよわせた。


「……あのさ。これ、まさか延々と続くってことない? 実はループに入ってたり……」

「──いや、もうじき終わるとは思う。続けよう」


 文字を記して供えた紙はあっという間に消え、次の要求が返ってきた。


《 いそべもちがたべたい 》


 しようで味をつけ、海苔のりを巻いただけのもちである。これはさすがにとはいえない。


「……急に簡単になりましたね。これはよいやみ通りのてんで見かけました」


 紙を読みながら、ナユタは石像の様子をかくにんした。

 表情は当初の泣き顔から一変している。

 がおになったわけではない。

 表情が失われ、感情をまったく見せない能面のような顔つきへと転じている。石像らしいといえばらしいが、少々気味が悪い。

 一方で祭りばやの音は、もはや数歩のきよにまで近づいていた。

 演奏者の姿はかげも形も見えないが、音だけが間近で鳴っている。

 ぴいひゃら、とんとん、しゃらんしゃらんと、にぎやかなはずなのに何故なぜか心がたない。それどころかみようあせいてくる。


(見えないけれど……囲まれてる?)


 いつでも臨戦態勢をとれるよう、ナユタはに力をめた。

 楽器の音がまるで悲鳴に聞こえる。ひそひそとささやきわすだれかの声もすぐ耳元で聞こえるのだが、何を言っているのかはさっぱりわからない。

 こわがりのコヨミがナユタのこしにしがみついた。

刊行シリーズ

ソードアート・オンライン オルタナティブ クローバーズ・リグレット3の書影
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