「配信時の紹介文によると、このクエストの目的はあの《幽霊囃子》の音の出所を見つけることだそうです。それでクリアになるのか、見つけた後にまだ何かあるのか──あるいはボスキャラが出てくるのかもしれませんが、いずれにせよ、まだクリアした人間がいないということは何か厄介な問題があるのでしょう」
「ふむ。クリアした上でそのことを黙っている、という方もいそうですが……?」
「攻略法に関してはその通りです。ただそれとは別に、《百八の怪異》では、クエスト毎に攻略成功者の人数が公式サイトで発表されています。発表は一日に一回ですから、今の時点でどうかはわかりませんが──今朝の時点ではまだ0でした。まだ配信から三日目ですからそういうこともあるでしょうが、力押しで解ける類の単純なクエストでないことは確かです」
祭り囃子が近づく中、クレーヴェルのステッキが石像の前を指した。
そこに供えたぼた餅は既に消えたが、代わりに新たな一枚の紙片が出現している。
ナユタは慎重にそれを取り上げた。
紙面には毛筆の字が一行──
《 くずもちがたべたい 》
「おおう……そう来たかぁ……」
コヨミが呻いた。
クレーヴェルも苦笑して肩を揺らす。
「なるほど、これが未だにクリア0の原因か。お使い系のクエストは無駄に時間を食う。要求されたアイテムを探す手間に加えて、この祠と街とを往復する手間もかかるとなれば、攻略情報が出揃うまで保留にするのが賢いやり方だ」
ナユタもげんなりとしてしまう。お使いも一度なら仕方ないと割り切れるが、同じような内容で繰り返されると徒労感が酷い。
「では、また先程の街まで戻りましょうか?」
早々と踵を返そうとしたヤナギに、クレーヴェルが狐のような眼差しを向けた。
「いえ。戻る前にこの祠を調べます。そんな面倒臭いだけの単調なクエストが、運営側の審査を通り抜けられたとは思えない──仮に通ったとしても配信時に調整されるはずです。この要求はフェイクか、あるいは……謎解きの一種でしょう」
クレーヴェルが祠の中を覗き込む。
ナユタも反対側から顔を近づけた。
その気になれば抱え上げられるほどの小さな祠である。調べる箇所もさほど多くはない。
「探偵さん、手伝っちゃっていいのー? 今はノーギャラでしょ。攻略まで長引いたほうが都合いいんじゃない?」
コヨミのからかうような指摘を受けて、クレーヴェルは目線を祠に据えたまま冷笑を返した。
「ここで手を抜くようなこすからい人間に、ヤナギ氏は依頼をしたいと思うかな? なにより私も、まがりなりにも探偵を名乗る以上、その矜持にかけて謎解きで手を抜くつもりはない」
冗談めかした口調だったが、ナユタは彼の言葉にほのかな熱意を感じ取った。
(見た目はともかく……意外に真面目な人なのかな……?)
コスプレじみた扮装のせいで最初はお調子者に見えたが、理路整然とした話しぶりを聞く限り、わざと道化者を演じているようにも思える。
祠の中を手探りで調べながら、探偵は薄く笑った。
「ふむ──お嬢さん、石像の頭上を見てごらん」
指摘に従い、ナユタは祠の天井を確認する。
そこには《雲》と書かれた一枚の紙が貼られていた。
「……ああ。よく神棚の上に貼ってある紙ですよね?」
「そうだ。神様の頭上に、何か余計なものがあっては不敬にあたるという理由で、空や天、雲等と書いた紙や板を天井に貼り、空の代用品とする。つまり──〝この祠には代用品が通じる〟というヒントだろう」
クレーヴェルの手には筆立てが握られていた。石像の裏に隠してあったものらしい。
「ナユタ、紙を裏返して広げてくれるかな」
探偵の意図を察したナユタは、手の上に紙を広げた。
クレーヴェルはその上に、墨字でさらさらと《くず餅》と書き記す。
コヨミとヤナギが見守る前で、ナユタは紙を折り畳み供え直した。
さすがにコヨミがうろたえる。
「え。なゆさん、ほんとにそれでいいの……?」
「わかりません。でも、試すだけならタダですから」
話している間にも供えた紙が消え、新たな紙が現れた。
そこには次の要求が記されている。
《 はぶたえもちがたべたい 》
石像の童は完全に泣き止んでいる。ただしまだ機嫌は悪い。
コヨミが手を叩いた。
「わお、通った! ……のかな? でもってまた餅かー……確か、キヨミハラの高級な和菓子屋さんで売ってたよね」
「買ってくる必要はなさそうだ。このまま続けよう」
クレーヴェルが文字を記し、ナユタがそれを供え直す。
ヤナギがふと眉をひそめた。
「はて……祭り囃子の音色が、更に近づいてきましたな」
「おそらくはフラグが進んでいる証拠です。これがこのクエストの発動条件ということでしょう。仕掛けの意味に気づけば数瞬で済みますが、気づかず街を往復するとなると、なかなか面倒な作業です」
「あ。でも街に誰か残しておいてメッセージで連絡するようにすれば、街へ戻る間に探しておいてもらったりとか……」
コヨミの言葉の途中で、石像から次の要求が返ってくる。
《 こおりもちがたべたい 》
「……前言撤回。これ探すのかなりきっつい……!」
「どこかの郷土料理ですよね? どんなものかもよく知りませんが……」
多くの挑戦者はこのあたりで断念したのだろうと、ナユタにも想像がついた。
ヤナギがどこか楽しげに笑う。
「餅を凍らせて乾燥させたものですな。湯に浸して食べる、寒冷地域の保存食です。時に和菓子の材料にもなります」
ヤナギの披露した淀みない豆知識に、ナユタは内心で驚いた。
(結局、この人……どういう人なんだろう?)
よほど親しい間柄でもない限り、リアルの素性を詮索しないのがオンラインゲームのマナーではある。ただ、依頼の理由も含めて気になる点は多い。たった今の博識ぶりからして、何らかの研究者か料理人という線も考えられた。
難度の高い要求物もアイテムとして探す必要はないとあって、クレーヴェルは一筆の下に易々と石像の願いを叶えていく。
《 こばんもちがたべたい 》
「餅シリーズ続くなー……これも和菓子?」
「はあ。たまに見かけますが、小判のような形が共通しているくらいで、作り方は店ごとに違う例が多いようです。餡が入っている物、よもぎを使用した物、豆を混ぜた物……いろいろですな。一応、コバンモチという木もあります」
ヤナギの説明には迷いがない。
《 ニッキもちがたべたい 》
「……また和菓子か。アスカ・エンパイアの店では扱ってなさそうだが──料理スキルで合成はできそうだ」
呟くクレーヴェルの目つきが、心なしか険しい。
祭り囃子の音が更に近づいてくる。
コヨミが不安げに視線をさまよわせた。
「……あのさ。これ、まさか延々と続くってことない? 実はループに入ってたり……」
「──いや、もうじき終わるとは思う。続けよう」
文字を記して供えた紙はあっという間に消え、次の要求が返ってきた。
《 いそべもちがたべたい 》
醬油で味をつけ、海苔を巻いただけの餅である。これはさすがに和菓子とはいえない。
「……急に簡単になりましたね。これは宵闇通りの露店で見かけました」
紙を読みながら、ナユタは石像の様子を確認した。
表情は当初の泣き顔から一変している。
笑顔になったわけではない。
表情が失われ、感情をまったく見せない能面のような顔つきへと転じている。石像らしいといえばらしいが、少々気味が悪い。
一方で祭り囃子の音は、もはや数歩の距離にまで近づいていた。
演奏者の姿は影も形も見えないが、音だけが間近で鳴っている。
ぴいひゃら、とんとん、しゃらんしゃらんと、賑やかなはずなのに何故か心が浮き立たない。それどころか妙な冷や汗が湧いてくる。
(見えないけれど……囲まれてる?)
いつでも臨戦態勢をとれるよう、ナユタは四肢に力を込めた。
楽器の音がまるで悲鳴に聞こえる。ひそひそとささやき交わす誰かの声もすぐ耳元で聞こえるのだが、何を言っているのかはさっぱりわからない。
恐がりのコヨミがナユタの腰にしがみついた。