一章 三ツ葉の探偵 ⑩

「……な、なんかヤバい気配になってきてる……? これ、ぜったいなんか出るパターンだよね? 耳元に息とかきかけられてるんですけど……!」

「落ち着きなさい。このクエストは……まだ始まってすらいない」


 クレーヴェルがささやくように告げる。

 ナユタたちがこなしている一連の作業は、クエストの発動条件を満たすためのものである。

 発動条件を満たさない限り、《百八のかい》において敵は出てこない。そして発動のしゆんかんには、合図として低いかねの音がひびわたる。けいかいが必要になるのはその後だった。

 クレーヴェルが《いそべもち》と書いた紙を供える。

 紙はすぐに消え、新たな紙が現れた。

 そこにもちの要求はもうない。


《 も照らせば光る。ちようちんいらずの月夜といえど、たまにはしきこの明かり 》


 これまでよりは達者な字で、そんな文章がり仮名つきで記されていた。

 コヨミが不安げにつぶやく。


もちシリーズやっと終わった……はなんか聞いたことあるけど、はりって何?」

「……コヨミさん……は青い宝石で、すいしようのことです。大昔にはどちらもガラスを意味していました」

「仏教では七宝の一つとしてちんちようされていた。金、銀、、しゃこ、さんのうの七つ──宗派によって少し変わるらしいがね」


 コヨミは数度、まばたきをした。ナユタたちが説明しても、今一つぴんと来ないらしい。


「しゃこ? エビみたいなアレ?」

「そっちじゃなくて、シャコ貝のかいがらです。コヨミさん……ちゃんと古文の授業とか受けてました?」


 ナユタのこしにしがみついたまま、コヨミがくちびるとがらせた。


「そ、そんなマイナーな知識がすらすら出てくるなゆさんとたんていさんのほうが変なんだもんっ! 私フツーだもんっ!」

ぐらいは知っていてもいいと思うがね──これはことわざだ。《も照らせば光る》とは、すぐれた人材は光をあてれば目立つという意味だが、ここでは人材でなくこのほこらそのもののことだろう。《この明かり》は、一部の地方においてはぼんむかを意味する言葉だ。そして──てんじようる《雲》の紙は、当たり前だが《その上に二階がある時》にのみるもの。つまりこのほこらにも見えない二階がある。すべてのヒントを合わせると──」


 クレーヴェルが、アイテムリストからダンジョンこうりやくようのランタンを取り出した。

 まぶしい光にを細めつつ、ほこらの上へと設置する。

 一同が息をひそめる中。

 祭りばやたいが、体をふるわすほどに大きくひびわたった。

 思わず耳をふさぐナユタたちの視界で、ランタンからびた光がいなでる風となり、流れにそって金色のびようせんきよだいな立体をえがきはじめる。

 びようせんはあっという間に田の一面をくし、わずかにおくれて全体に色が乗り始めた。

 小さなほこらの上と左右を囲むように現れたのは、あまりにきよだいな金色の城である。

 真正面にははばひろの石段ときよだいな城門、左右にはわたす限りきゆうこうばいいしがきが続き、その上の城に至ってはもはや最上部がやみまれて見えない。


「ひ、ひいっ!?」


 ナユタにしがみついたコヨミが、しようぞくに顔をうずめた。

 城から視線をおろせば、ナユタたちは祭りばやの奏者たちに囲まれていた。

 かりぎぬをまといをかぶった奏者の群は、はんとうめいけている。いずれの顔にも生気はなく、しきさいあわく存在感もうすい。

 それでいてかき鳴らす音はいびつなまでに激しく、まるでおんねんを楽器にぶつけているようだった。

 かれらはほこらの左右にある石段を上り、ナユタたちを無視して城中へっていく。

 整然と行列が進む中、祭りばやの軽快な音色に混ざり、じよかねにも似た異質な低音が一回だけひびわたった。

 それはクエストの発動を告げる合図に他ならない。百八のかいは、百八つのかねの音によって始まる。

 目の前の光景にぼうぜんとするナユタたちへ、クレーヴェルが向き直った。


「──さあ、クエストが発動した。我々も城内におじやするとしよう」


 友人の家にでも招かれたような調子でのたまい、かれはそのきつねがおに気味悪いほどのゆうしようかべる。

 ナユタはうつむき、しばしめいもくした後──ゆっくりとうなずく。

 かくして、クエスト《ゆうれいばや》は、ひとまずその幕を開けた。





 周囲を囲んでいた祭りばやゆうれいたちは、あっという間に城のおくへとまれていった。

 あたりは一転してせいじやくに包まれたものの、目の前にあるきよだいな城の存在感によって、さきほどまでただよっていた田舎いなかじようちよかんなきまでにんでいる。

 元からあった小さなほこらは、左右を石段に、頭上を城にふさがれてきゆうくつきわまりないが、無表情に転じたわらべの石像はどこかそんで、むしろこの城のあるじのようにさえ見えた。

 ナユタのこしにしがみついたまま、コヨミがふるえる声でつぶやく。


「……な、なんだったのかな? 今のゆうれいの団体さん……お城の中に入っていったけど……」


 これだけこわい物が苦手なかのじよが、どうして百八のかいを必死になってプレイしているのか、ナユタにはもう一つよくわからない。ただのこわいもの見たさにしてはぼうに思える。

 たんていが一足先に石段を上り始めた。


「先に進めばわかる。なかなかどうして……私好みのクエストであることはちがいない。このクエストの制作者はしゆがいい」

「えー……たんていさんの好みって?」


 いぶかしげなコヨミの問いに、クレーヴェルはいかにもわざとらしい社交的な作りがおを見せた。


ちからしでは解けないこと。それから、少し頭を使えば解けること──この年になるとね、強い敵をたおすなんていうめんどうくさい達成感よりも、ちょっと気のいたなぞを解く程度の、軽い頭の体操のほうが心地ここちよくなる」


 たんていの後に続きながら、ナユタは首をかしげた。


「そんなにむような年ではなさそうですが……それって単純に、せんとうようのステータスが低すぎて楽しみ方のはばせまくなっているだけなんじゃないですか?」


 クレーヴェルがかたらして笑った。これは作り笑いではない。


「なかなかようしやのないごてきだ。確かにそういった理由もある。何分にも──ゲームの正しい楽しみ方を、忘れてしまったみたいでね」


 うそぶいたたんていは、ひようひようたる足取りで階段を上りきる。

 真正面のきよだいな城門を見上げたヤナギが、ほうっといきらした。


「これはまた……立派なものです。いつぱんの城門というよりは、とうしようぐうようめいもんに似ていますかな?」


 門の向こうが屋内であるという大きなちがいはあるが、シルエットや大きさはほぼ同じといってつかえない。

 コヨミが門のそばった。


「あ、なるほど、なんかなつかしいと思った! 小学校の修学旅行で行ったなあ、につこう……見ざる言わざる聞かざるだよね?」

「……修学旅行……ああ」


 編みがさの下で、ヤナギの顔がわずかにこわばった。

 ナユタ以外の者に気づかれる前に、すぐにかれうつむき、その表情をかくしてしまう。

 一方でクレーヴェルは、油断なく周囲に気を配っていた。


「さて、このあたりで門番でも出てくるかと思ったが──」


 ナユタはふと、ほおなまぬるい風を感じた。

 百八のかいにおいて、この風は多くの場合、敵が出現するまえれとなっている。

 コヨミもしのびがたなはなち、クレーヴェルはヤナギの前へ移動した。とりあえずらいにんたてになるつもりはあるらしい。


「なゆさん! おくから何か来る!」

「はい!」


 きよめられる前に、ナユタはころもをなびかせてんだ。

刊行シリーズ

ソードアート・オンライン オルタナティブ クローバーズ・リグレット3の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ クローバーズ・リグレット2の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ クローバーズ・リグレットの書影