神社は探索したが、寺はその所在すら把握していない。庄屋のものと思しき屋敷にいたっては、探索を後回しにして門前を通りすぎてしまった。
「見落としてました……よくクエスト発動のフラグが立ちましたね」
虎尾が困ったように頭を搔く。
「まあ、運営側としてはそれでいいんだけど……日誌の発見を必須条件にすると、城への突入前にあらかたの流れが読めてしまうからね。制作者もそれは避けたかったようだし、私も同感だ。ホラーでは特に、〝わからない〟ことが重要なスパイスになる。幽霊の正体見たり枯れ尾花、なんて言葉もあるし、理屈や背景がわかってしまうと怖くないもんさ。テストプレイではそうもいかないけれどね」
コヨミがからからと笑った。
「実際あるよねー、よくわかんないクエスト。クリアして報酬も貰ったけど、結局ストーリーはよくわかんなかった、みたいな……で、後から解説読んで納得するの」
クレーヴェルがわざとらしく微笑み、ステッキの先をゲートに向けた。
「それはそれで想像の余地が大きくて、趣深いとも思うがね。さて……そろそろ突入するとしようか。先日より目的も明確になった。まずは《楽器》の探索、しかる後に合流、そしてボス退治──準備はいいかな?」
鳥居型のゲートに進もうとしたクレーヴェルの裾を、コヨミが慌てて摑んだ。
「ちょい待ち、ちょい待ち! もう一個、確認しときたいことがあってさ。狐面の男の子、いたじゃん? なんか道案内してくれそうな気配だったけど、あれって信用していいの? もしかしてあの子がラスボスだったりしない?」
「あのNPCはおそらく味方だ。確証はないが、彼の存在自体が攻略のヒントであり、鍵の一つであることは間違いない。そうでしょう? 虎尾さん」
悠々とした探偵の問いに、虎尾が不思議そうな顔を返した。
「狐面の男の子……?」
「ええ。城への突入直後に出てくる子供です。狐のお面をつけて、絣の着物を着た──」
ナユタが補足すると、虎尾の目元が不自然に歪んだ。
そして彼は、抑揚の消えた声で訝しげに呟く。
「……この《幽霊囃子》に、プレイヤーの道案内をするようなNPCは登場しない。君達は……いったい何の話をしているんだ……?」
虎尾の困惑は一同に伝播し、冷めた沈黙が訪れる。
ナユタは無意識のうちに拳を握り込み、ゆっくりと深く息を吸い込んだ。
──どこか遠くから、まるでノイズのように、侘びしげな祭り囃子の音色が聞こえた。