二章 狐の見舞い ⑫

 たんたんと話しながら、とらは困ったようにかたをすくめた。

 クレーヴェルがその後をぐ。


「実際のところ、VRMMOの制作ツールである《ザ・シード》自体がブラックボックスみたいなものです。素人しろうとにもあつかえるほどの使いやすいツールでありながら、いまだに底が見えない──私も少し使ってみましたが、未来から来たプログラムにれているようなかんがありました。あのツールで作られたクエストに対して、今の技術力で、短期間での完全なかいせきを求めるのはこくだと思います」


 このフォローに、とらが泣き笑いに近いみをらした。


「ははっ……商売がら、そうもいってられないんだけれどねえ……そういうわけで、甲斐がいない我々に代わり、君らに今回の検証の初手を打ってもらうことになる。注意こうをいくつか説明しておこう」


 とらが書類に視線を落とした。


「まず、君らがこれから向かう《ゆうれいばや》のクエストは、通常の《アスカ・エンパイア》からはかくされたテストプレイ用のサーバー内にある。従って街への転送は使えない。HPが0になった場合はこのオフィスへもどってくるし、デスペナルティも発生しない。それから仕様の都合上、プレイヤーデータもコピーしたものを使ってもらう。データの変化は向こうとこっちでそうに反映されないから、その点は先に同意してくれ」


 コヨミがきょとんとして首をかしげた。


「意味わかんない……もっとやさしく。小学生にもわかるレベルで」


 どもあつかいはもんだが、かのじよに対するづかいとしてはそれに近いものが求められる。

 とらけんさえた。


「……よし。要点だけ言おう。テストプレイはコピーしたプレイヤーデータで行う。つまり、道中で手に入ったアイテムや経験値は、今のきみたちのデータには反映されない。クリアほうしゆうも持ち帰れない。あくまで〝プレイできる〟だけだ」


 ナユタはうなずいた。テストプレイである以上、この展開は想定済みである。


「その代わり、向こうで使った消費アイテムもなくならない。いや、一時的にはなくなるけれど、こちらにもどってきた時点でどうぶくろの中身も今と同じ状態にもどる。つまり何も失わず、何も得られない──これで理解できたかな?」


 コヨミもやっとうなずいた。


「あー……今回はヤナギさんがゲームをプレイできればいいわけだし、そこらへんは別にどーでも。つか、だんは貴重なしようもうひんも気楽に使い放題……? あれっ? むしろおいしくない!?」


 クレーヴェルが微笑ほほえんだ。


「その前向きな考え方はらしい。確かにアイテムをしみなく使える分、通常よりこうりやく難度は下がるだろうね。それととらさん、ヤナギさんの件は……」

「ああ、そっちは問題ない。ご希望通りに調整できる」


 ヤナギが不思議そうに首をひねった。


「はて、私が何か……?」


 クレーヴェルがひかえめにうなずいた。


「はい。さすがにレベル1のままでのクリアは無理がありまして……時間さえあれば、最低限のレベリングのために経験値効率のいい別のクエストを消化していただくのですが、今回はあくまで〝業務としてのテストプレイ〟です。そこで、見た目は同じながら、最低限のバランス調整をした別のキャラクターデータをこちらで用意しました。わかりやすくいえば──〝とりあえず、いちげきでリタイアにはならない〟ということです」


 とらが横から補足を加える。


「もちろんテスト用なら、敵のこうげきいつさい受け付けない設定にもできるんですが……そうなると、ゲームというより単なる作業ですからな。お孫さんもそんな遊び方は望まれていないでしょうし、ひとまずご同行のおじようさん方より少し下のレベルに調整しておきました」


 ヤナギがせ、二人に向けて深々とこうべを垂れた。


「それはそれは……おこころづかい、たいへん痛み入ります。足手まといの身ではありますが、何卒なにとぞよしなに──」


 とらあわててヤナギの頭を起こさせた。


「いやいや、レベル1でのこうりやくといったあまりにかたよった条件設定は、テストプレイとしても不適当なもので──これはこちらの都合でもあるのです。どうかご理解ください」


 たんていとらこころづかいに、ナユタもあんする。ヤナギにいちげきの心配がなくなれば、ナユタとコヨミもかれぼうぎよを気にせずに動ける。せんとうはかなり楽になるはずだった。

 そしてとらは、ある意味でさらにかたよった悪例となるクレーヴェルへ向き直った。


「……で、レベルが高いくせになぜか似たような問題をかかえている君のほうは……」

「ああ、私は現状で。特に問題ありません」

「……だろうと思ったから、特に指示はしていないよ」


 とらもさすがにあきれた様子だった。

 初心者のヤナギとちがい、こちらはごうとくだけに安心して見捨てられるものの、ナユタとしては少しばかり疑問も残る。


「いいんですか? たんていさんのステータスこそ、テストプレイには向かないかたより方だと思いますが──」


 とらかたをすくめる。


「一応、〝運が高い場合の検証例〟にはなるからね……レベル1のヤナギさんの場合、検証するまでもなくリタイアの連続でまったく先に進めないとわかるが、このたんていはなんだかんだでけそうな気もする。まあ、ダメな時はダメなんだが……ダメならダメで、後でからかうネタになるから」


 このかんぬしも、どこまで本気かわからないたぐいの人種らしい。

 もっとも、今回のこうりやくにおいてたんていは不在でも特に問題ない。目的はあくまで、ヤナギにこのクエストを体感させることである。

 とらあしもとに歩み寄ったとらねこが、くいくいとはかまを引っ張った。

 わたされたメモにを通し、かれしようひげの生えたあごまわす。


「よし。テストフィールドの準備ができたようだ。そろそろ出発の準備をしてもらおう」


 とらが中空に表示させたコンソールを操作すると、テーブルのそばに赤い鳥居を模した転送ゲートがかびがった。


「イベントフラグはきみたちのデータをそのままいである。城はすでに出現しているから、ほこらへの供え物も必要ない。が──城内で強制的に分散させられる点は、おそらく変わらないだろう。合流に必要なアイテムを入手した者同士に限り、内部で合流できる仕様らしい。ナユタじようすでにそれを所持しているが、他の面々はリタイアしたから、まだ入手していないな」


 ナユタはメニューウィンドウから所持アイテムをかくにんした。

 一昨日おとといとつにゆうに入手したアイテムはいくつもある。その中で、仲間との合流に関係がありそうな未知のアイテムは三つにしぼられた。


「《張り子のねこ》、《はるがすみの横笛》、《ごとの石》──どれのことでしょうか?」


 とらが目を細めた。


「ああ、〝横笛〟だねえ。《ゆうれいばや》にちなんで、合流用のアイテムは楽器になっている。おじようさんが横笛を入手したなら、他の面々はつづみたいこと篳篥ひちりきくほうのしようたたくほうのしよう三味しやみせん、そのもろもろのうち、なんらかの楽器を見つけないといけない。これらの楽器類は、基本的にたんさく葛籠つづらなどから入手することになる。敵をたおす必要はないから、くれ君でもなんとかなるだろう」


 不意にコヨミのが泳いだ。


ゆうれいばや……楽器……なんかこう……うっかりのろいの楽器を装備しちゃって、自分もゆうれいばやの一員としてまれる、的なバッドエンドがかんじゃったんだけど……?」


 とらかたをすくめた。


「むしろ逆かな。それらの楽器は、あの村にほうのうされていた神聖な祭具なんだ。とある化け物がこの祭具をうばい、その力で村人たちたましいを支配し、自らのはやかたに変えてしまった。楽器をもどし、あやかしの城に巣くう化け物を退治するのがきみたちの役目──なんだが、くれ君があっさりとクエストを発動させたせいで、君らはいくつかのプロローグイベントを飛ばしている。寺の本堂やしようしきに、クエスト発動のヒントに加えて、あの村の悲劇を記した日誌があったはずなんだが……」


 ナユタは思わずうめいた。たんていも何食わぬ顔で視線をらす。

刊行シリーズ

ソードアート・オンライン オルタナティブ クローバーズ・リグレット3の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ クローバーズ・リグレット2の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ クローバーズ・リグレットの書影