三章 幽霊囃子 ⑱

 わらべがふと、城の入り口にあたる眼下のいちぐうを指さした。


「おじいちゃんの分は、クリアしたからほこらのロックが外れたみたい。最初のなぞを解いたたんていさんなら、いちいち言わなくてもわかるよね? ぼくは運営の人に動きをふうじられちゃう可能性があったから──本当に大事なものは、あっちにかくしてあるんだ」


 それだけ言って、きつねめんわらべが手をった。


「じゃあね。さようなら」

「あ、ちょっと待って!」


 ナユタはついかれを呼び止めた。去りかけたわらべかえる。


「なぁに?」

「あの……君は、一人でここにいるの?」


 思わず問いかけると、わらべがくすりと笑った。


「──お姉ちゃんはやさしいんだね。だいじよう、ずっと《ここ》にしかいないわけじゃないし……たぶんお姉ちゃんたちが思っているより、ぼくたちは自由に過ごしているから」


 きつねめんわらべが両腕を広げた。


「人間には人間の友達がいるように、人工知能には人工知能の友達がいる──ぼくたちは今、すごい速さで〝成長〟を続けているんだ。といっても……ぼくしんはあんまりそういうのに興味ないんだけど。〝ぼく〟はここにいるけれど、〝ぼく〟の要素を持った別の〝ぼく〟が他の場所に現れることもあるかもしれない。その時はまた──いつしよに遊ぼうね」


 か細いすずの音を残して、きつねめんわらべかすみのようにかき消えた。

 まさにきつねにつままれたような思いで、ナユタはコヨミと顔を見合わせる。


たんていさん、今のって……」

「なになに? どういうこと?」

「私にそれを聞かれても困るが……最後にもう一つ、用事ができた。城の入り口にもどろう」


 きつねめんわらべが去りぎわに示した〝ほこら〟──

 きよふみがそこに大事なものをかくしたと、きつねめんわらべは言った。

 それが何なのか、たんていにはもうわかっているらしい。

 ちょうど花火も終わった。

 だいじやが出てきた城はかいはいきよとなっていたが、ナユタたちがいた足場はまだ残っている。

 下り階段から一方通行のワープゾーンをけて、一行はすぐに入り口へともどることができた。

 とつにゆうには不気味に見えたきよだいな門も、クリアしてみれば張りぼてのように微笑ほほえましく映る。

 その門から下る短い石段の中央には、とつにゆうに〝もち〟を供えたほこらもれていた。

 安置されたわらべの像は、今はすやすやと安らかにねむっている。


「ここで……何をするんですか?」


 訳知り顔のたんていを除き、ナユタたちこんわくしていた。

 たんていきつねほこらを見つめる。


「さて……ここで何を要求されたか。おぼえているかな?」


 この問いにコヨミが首をかしげた。


「ぼたもちでしょ? あとこおりもちとかくずもちとか、もちシリーズをいろいろ──」

「順番は?」

「え」


 たちまちコヨミが言葉にまる。ナユタもさすがにそこまではおぼえていない。

 ヤナギも同様らしく、困った顔で像を見つめていた。

 たんていがくすりと笑う。


「なるほど。あのメッセージを受け取ったのは私だけだったか。順番はこうだ。ぼたもち、くずもち、はぶたえもち、こおりもち、こばんもち、ニッキもち、いそべもち──そして最後に、も照らせば光る、というヒントが出た」


 しばらく考えた後に、ナユタは「あ」と声をらした。

 同時に、たんていが供え物の順番まで正確におぼえていた理由になつとくする。

 コヨミはまだ気づかないらしく、ナユタのそでを引いてきた。


「あ、って何。あ、って。なゆさん、何か気づいたの? もったいぶらないで教えてー!」

「いえ、もつたいぶっているわけでは……あの、かしらです。最初の一文字を続けて読むと、その──」


 答えた後で、ヤナギの前で口にしていいものかどうか、少しだけ迷ってしまう。


かしらって……えと、ぼたもち、くずもち……あ」


 コヨミが真顔に転じた。

 ヤナギもおくれて、白髪しらがまゆを険しく寄せる。


 ──ぼくは ここにいる


 死にゆく者がこのメッセージにめた思いは、決して軽くない。

 たんていはヤナギに向き直った。


「これはきよふみ氏なりの自己主張……死を間近にひかえた上での最後のどうこく、作品にめた自らの切なる思い──と、私は思っていたんですが……そこまで重々しいものではなかったのかもしれません。もっと単純に、〝ぼくにいるから、聞きたいことがあればここに聞け〟という意味合いもあったんでしょう」

「え? あの、それって……」


 予想外のことを言われて、ナユタはまどった。この強いメッセージは、死をおそれ、せめて自らが生きたあかしのこさんとするさけびのように思える。

 かのじよの疑問には答えず、たんていは供え物のへんにさらさらと文字をつづった。


《 やなぎもち 》


 それはヤナギの会社、なぎりゆうぜんどうを代表する全国的なめいだった。

 八種類の味のもちわせた安価な人気商品で、ほぼだれもが知っている。

 供えられたへんはすぐに消え、代わりに一通のふうしよが現れた。

 かいふうするりも見せず、クレーヴェルはこのふうしよをヤナギへとわたす。


「──これは、我々よりもヤナギさんが開けるべき品です。どうぞ」


 ヤナギはかすかにふるえる手で、この手紙を受け取った。

 もちの要求とはちがい、文面はそれなりに長い。



【 この手紙を見つけた人へ


 この手紙は、たぶんおじいちゃんにしか見つけられないと思います。

 もしもちがう人が見つけたら──その時は、気にせず放置してください。

 以下は、おじいちゃんに向けたぼくからのゆいごんです。


 おじいちゃんへ。


 ぼくが言いたいことは、生きている間にもうほとんど伝えました。

 だけど、最後に一つだけ──

 かえしになるかもしれないけれど、どうしても、心から伝えておきたいことがあります。

 おじいちゃんは、生まれつきの病気で長くは生きられないぼくに、最高のりようと最高のかんきようを用意してくれました。

 おじいちゃんたちぼくのことをあわれんでくれたけれど、これはとてもめぐまれたことで──

 世界には、まともなりようを受けられずに死んでいくひとたちがたくさんいます。

 そのひとたちと同じように、もっと早くに死んでいたはずのぼくが、この年まで生きられたのは、おじいちゃんたちのおかげです。


 ぼく寿じゆみようをもらいました。

 パソコンやたんまつも買ってもらいました。

 死ぬまでのゆう期間をもらって、いろんなことを学ぶ機会をもらいました。


 VRMMOの世界では友人もできました。

 スリーピング・ナイツのみんな。

 ラン、ユウキ、メリダ、ジュン、シウネー、タルケン、ノリ、テッチ──

 みんなとの思い出があるから、ぼくは今、自分の死を前にしてもこうかいはありません。


 それにこうして、大好きなゲームのクエストを最後に作ることもできました。

《百八のかい》、クエストの制作を通じて、考えたことがたくさんあります。

 制作を手伝ってくれた人工知能には、ぼくのプレイヤーネームをおくりました。

 悪戯いたずら好きな子なので、もしかしたらおじいちゃんを混乱させたかもしれません。


 クエストの制作は、ランとメリダも手伝ってくれたような気がします。

 二人はもういないけれど──作業をしている間、何故なぜいつしよにいるような気がしていました。

 これからぼくも二人の所にいきます。きんしんかもしれませんが、実はほんの少しだけ、楽しみです。


 VRMMOは、まわりの人から見たら〝たかがゲーム〟かもしれません。

 でもぼくにとって、この数年間は本当に、宝物みたいな時間でした。

 それは全部、おじいちゃんからもらったものです。


 ──おじいちゃん。

 ぼくに〝時間〟と〝可能性〟をくれて、ありがとう。

 何も返せるものがなくてごめんなさい。

 おじいちゃんたちのおかげで、ぼくの人生は本当に、幸せでした。


なぎ きよふみ 】



 ──その場にひざをついたヤナギが、かたふるわせえつかえす。

 ナユタとコヨミが老人の背中をでさする間。

 きつねがおたんていは何も言わず、ただただ満天にかがやく星々をじっと見上げ続けていた。

刊行シリーズ

ソードアート・オンライン オルタナティブ クローバーズ・リグレット3の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ クローバーズ・リグレット2の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ クローバーズ・リグレットの書影