三章 幽霊囃子 ⑰

 ただ、そでり合うも多生のえんなどと言う通り、まったくの無関係とも思っていない。


「……たんていさんは、だれの《ゆうれい》を見たんですか?」


 花火の音に声を消されながら、ナユタは静かに問いかけた。

 たんていまゆをひそめる。


「ん……? 君には話しただろう。以前、SAOの中でくなった親友だよ」

「それは聞きましたけれど……くわしい事情は知らないままです。実はかのじよだったとか、片思いの相手だったとか、くなった時のじようきようとか」


 たんていおどろいたようにナユタを見た。


「君がそんなことを聞くとは意外だ──他人のそういうせんさいな部分には、立ち入らない性格かと思っていた」


 ナユタ自身も、実は意外に思っている。


「もちろん、話したくなければ無視してください。ついさっき……コヨミさんに言われたんです。〝話したいことがあるならぶちまけちゃっていい〟って──でもたんていさんにはそういう人、いなさそうですから、私が聞いてあげます」


 わざと恩着せがましく言ったのは、いやならじようだんとして流しやすいようにというせめてものづかいだった。

 それが伝わったのか、クレーヴェルが鼻先でわらう。


「小生意気なことを言う──まあ、かくすような話でもない。私は……死地におもむかれを止められなかったんだ」


 たんていの声に負のひびきが宿ったことを、ナユタはびんかんに察した。


かれとは大学時代からの友人でね。異性じゃないから、つまらんじやすいは必要ない。おたがいにゲーム好きで、示し合わせてSAOにログインして……そしてあの事件にまれた」


 話を聞きながら、ナユタの胸にもわずかな痛みが走る。


くわしいけいは長くなるから省くが……私は生き残ることを優先し、安全策をとった。だがかれは、現実世界へ早く帰ろうとあせるあまり──無能な上官に引っ張られて前線へみ、そして死亡した」


 ナユタは思わず胸をさえた。


「……たんていさんは……その場に居合わせたんですか?」


 クレーヴェルが首を横にる。


「いいや。後になってせいかんしやからじようきようを聞かされた。だから私が見たかれゆうれいは……ほぼ想像の産物といっていい。かれがどんな顔で死んでいったのか、私は知らない。SAOにとらわれていたからそうしきにすら出ていない。そして今でも──悪夢にうなされる。情けない話だがね」


 たんていの声はあくまでたんたんとしていた。


「死地におもむかれを、止められなかったこと……これが私にとって、これまでの人生における最大のこうかいだ。あの日、しばけてでもかれを街にとどめておけば……やつは生き延びて、私も今とはまったくちがう人生を歩んでいたと思う」


 ナユタはかすかに微笑ほほえんだ。

 重い話ではあるが、このぼうじやくじんたんていにもそんな人間がいたことに、少しばかりあんしてしまう。


「大事な……本当に大事な、お友達だったんですね」


 たんていが大きく深呼吸をして、かたの力をいた。


「そろそろらなきゃいけないと、わかってはいるんだがね。まったく……ヤナギさんのこうりやくを手伝うだけのはずが、思わぬ形で自分のこうかいと向き合う羽目になった。さて──君の番だ。話を聞こうか」


 ナユタはうなずき、じっとを閉じた。

 呼吸を一つ、二つ──

 思考をクリアにしてからを開けると、夜空に大輪の花火がいていた。


「──私が見たゆうれいは、とても身近な人だったんです。今までなんとなく心にふたをしていたんですけれど……でも、このクエストで《ゆうれい》として見て、改めて思いました。〝ああ、本当に死んじゃったんだな〟って──」


 たんていは何も言わない。

 だからナユタは、独り言のようにたんたんと話し続ける。


「私、げていたんだと思います。このクエストのおかげで改めて気づけました。あの《ゆうれい》が出てくるけって……自分だけに見えるげんかくっていうか、夢みたいなものですよね? おくみとか、そういうおおな話じゃなくて、もっと単純な……本人の〝思い〟に呼応した〝何か〟がランダムに見える──基本的には、たったそれだけのけです」


 視線を合わせないまま、クレーヴェルが小さくうなずいた。


「その通りだ。何が見えるかは完全に本人だい──そして運営側は、このことをリスク要因と見なしている。君は──どう思う?」


 ナユタはくすりと微笑ほほえんだ。鹿らしい、とまで言っては失礼だろうが、やはり鹿げた問いに思える。


「人がている間に〝昔の夢を見る〟ことって、リスク要因なんですか?」

「まあ……夢の内容によるだろう。ここはVR空間だから、厳密にはているわけでもないし──」


 ──この言葉は、かれの本心ではない。

 たんていの思いはおそらくナユタと同じである。

 ただ、だからこそ──かれは自分の思いを口にせず、〝ナユタ〟の口からそれを言わせようとしている。

 おそらくは、この《会話》をこっそりとモニターしている運営側の人間に、リアルな〝プレイヤー〟の声を聞かせたがっている。

 そこまで察したナユタは、あえてたんていの望む通りの答えを口にした。


「私は、あのけに感謝しています。どこかで向き合わなきゃいけないことでしたし、何より──夢を見る自由まで人からリスクあつかいされるなんて、大きなお世話です。データとしておくされるのはさすがにいやですけれど、そうじゃないのなら、この仕様はこれからこのクエストをプレイするだれかのために、残してしいとも思います。それがいい結果を生むか、悪い結果を生むかなんて……それこそ本人だいでしょう?」


 花火を見上げつつ、たんていかたらして笑いだした。

 どうやらかれの意に沿う受け答えができたらしい。


「意外に過激なことを言う。その場合、運営は……何かあった時には、どう責任をとるべきかな?」

「本人の見る夢に、別のだれかが責任を取る必要なんてありません。けの情報開示だけでじゆうぶんです。リスク、リスクと言いますけれど、その程度のリスクは……〝ユーザーとう稿こうのクエストを採用する〟リスクに比べたら、誤差のはんでしょう。故人の遺志を守るためにも運営がかんじゆすべきであって、そのかくすらないなら、こんなイベント自体、やるべきじゃありません」


 不意にたんていが、ナユタの頭を気安くぽんぽんとたたいた。

 ナユタはいつしゆん、びくりとかたをすくませる。

 ほとんど無意識の動作だったのか、見ればたんていは笑い転げていた。


「……いや、失礼。らしい。そのしとやかな外見から、そこまで切れ味のするどい言葉が出てくると、ついぎくりとしてしまう。君、やっぱり警察官に向いているかもしれないよ。じんもんの技術を身につけた上で今みたいな切れ味を発揮できたら、なかなかのものになりそうだ」


 ナユタは深々とたんそくした。


「リアルに関しては、体力的にも運動能力的にもきついのはいやなんです。たんていさんの事務所で事務員でもしたほうがまだマシだと思います」


 ひとしきり笑った後、たんていが姿勢を正しながら息を整えた。


「……いや、おもしろかった。ま、今回は恩を受けたし、いずれ必要があれば就職先くらいは相談に乗るよ。うちはブラックらしいからともかく、君なら知り合いのちゃんとしたぎようにもすいせんできそうだ。少なくとも損はさせない」


 みように気前のいいことを言って、クレーヴェルはふと明後日あさつての方向にを向けた。

 ナユタもつられて同じ方向を見る。

 上がり続ける花火に照らされて──

きつねめんわらべ》が、ぼんやりとそこに立っていた。

 ヤナギとコヨミもかれの出現に気づき、ゆっくりとそばへ歩み寄る。

 かれはナユタたちを見上げ、みようとおった声をつむいだ。


「──おめでと。ちゃんとクリアできたね」


 たんていうなずき、かれあくしゆを求めた。


「ああ。君のおかげだ。いろいろとヒントをくれて……感謝している」


 人工知能の少年が首をかしげた。


「必要以上のことはしていないと思うけど……まぁいいや。クリアした人みんなに、ってわけじゃないんだけど、きよふみを知っている人には、かれからの伝言があるんだ。〝遊んでくれてありがとう〟だって」


 コヨミがうなる。


「そ、想像以上にざっくりしたコメント……え、それだけ? 私は知り合いとかじゃないけど、他になんかないの?」


 きつねめんわらべが視線を花火へ向けた。


「んー……個別のプレイヤーへのメッセージならいくつかあるんだけど、お姉さんたち向けのじゃないから言えないや。ごめんね。ただ……」

刊行シリーズ

ソードアート・オンライン オルタナティブ クローバーズ・リグレット3の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ クローバーズ・リグレット2の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ クローバーズ・リグレットの書影