三章 幽霊囃子 ⑯

 丸みを帯びた……というよりはほぼ球形に近いフォルムには、確かに見覚えがある。が、それを《楽器》としてあつかうことには少なからずていこうがあった。

 つややかなこうたくを放つその表面を、たんていがゆっくりとたたき始める。


 ぽく、ぽく、ぽく、ぽく、ぽく……


「……木魚ですよね、それ」


 心を落ち着かせる豊かな低音をかなでつつ、たんていゆうゆううなずいた。


「私が見つけた合流用の《楽器》だ。もっとも……これらの楽器が真価を発揮するのは、むしろ合流後らしい」


 クレーヴェルが得意げにうそぶく。

 棒立ちで木魚をたたたんていの姿はなかなかにシュールだったが、それを笑うゆうあきれるゆうもないまま、〝変化〟は着実に起きはじめていた。

 せんとうのBGMと化していた《ゆうれいばや》の演奏が、木魚の音にあわせてしぼんでいく。

 ヤナギのにより復帰したコヨミが、たちまち気づいてかんだかい声をあげた。


「おはやが弱くなって……あれ!? 私の楽器も……!」


 アイテムリストから取り出したコヨミのしようは、共鳴するようにあわい光を発していた。

 つられて取り出したナユタの横笛、ヤナギのつづみも、同様に光り始めている。

 たんていが人を化かすしようかべた。


きみたちも演奏するといい。とらさんが言っていただろう? は本来、村を守っていた祭具だ。あのだいじやがこれらの楽器をうばったせいで、村人たちたましいかれ、だいじやはやかたとして利用されるに至った。つまり──あのだいじやに力をあたえているのは村人たちの祭りばやであり、それを無効化するのがこの祭具、というけだ」


 得意げな説明を聞きながら、ナユタはき口にくちびるえた。

 息をむと、空気のふるえが音色を生む。

 音色が《ゆうれいばや》へ届くと、かれらは自身の演奏をめ、祭具の音に耳をます。

 そして《ゆうれいばや》の演奏が止まると──また大蛇おろちは活力をうしない、じようきようの変化にまごつき始めた。

 たんていを細めてわらう。


だいじやはやかたを求めたのは、自身を強化するため。その障害となる祭具を村からうばい、城内に安置し支配することで、城のあるじたる自らを〝神〟の立場においた。だが、かんじんの祭具は我々によってぬすまれ……今度は我々がその力を利用している。さあ、形勢逆転といこう」


 宣言通り、ほんの数秒での逆転劇をげたたんていは、たんたんと木魚をたたき続ける。

 ナユタとしてはどうにもしやくぜんとしないが、このけに気づかなかったのは事実だけに、今は何を言っても言い訳にならない。

 幸い、八つ当たりすべき対象が、目の前に八ぴきもいる。

 ナユタは笛を手にしたまま、だいじやたちの正面へんだ。

 さきほどまでとちがい、弱っただいじやの反応はにぶい。

 一応はきばくものの、勢いはさきほどの戦いに遠くおよばず、もはやただのきよだいな的と化していた。

 そんなかれらに、ナユタはようしやなくけんげきをぶちむ。

 コヨミも後に続き、ツートップでのせんめつせんが始まった。


「なゆさん! こっちの半分は任せちゃっていいから! ヤナギさんサポートよろ!」

うけたまわりました。どうやら……勝機が見えましたな」


 つづみたたきつつ二人のサポートに回るヤナギは、数日前まで素人しろうとだったとは思えないぎわで、回復や細かなえんしていた。

 だいじやたちのHPゲージが順調に減っていく中、ナユタはちらりとたんていかえる。

 クレーヴェルはせんとうには加わらない。

 前線に出られても足手まといになるだけに、それはそれで構わないが、いいように使われているようでしやくぜんとしない。

 ただ、かれが楽器を使わなければだいじやに負けていたのも事実である。そもそもかれがいなければ、こうしてテストプレイという形でこうりやくを進めることもできなかった。

 その意味では、ヤナギが最初にかれらいんだことは、せきてきな導きだったようにも思えてくる。

 ナユタたちとうばつ風景を楽しげに見守るたんていの、すぐそばに──

 かのじよはふと、きつねめんわらべまぼろしを見た気がした。





 クエスト《ゆうれいばや》のエンディングは、夜空に打ち上がる大量の花火でめくくられた。

 幼生のまた大蛇おろちを退治すると同時に、《ゆうれいばや》としてとらわれていた村人たちこんぱくは、次々に天上へとのぼっていき──あるじを失った城は、空へけるようにかいし始めた。

 あわせて上がり始めた花火を見物しつつ、ナユタはだつりよく気味のためいきらす。


「……なんだか結局、たんていさんにおいしいところを持って行かれた気がします」


 弱体化する前のだいじやを相手に、ぶんたちがしたあの苦労はなんだったのか──

 それを思うと、自身のかつさがなげかわしい。キーアイテムの使用は基本中の基本だが、くだんの楽器については《合流用の品》というにんしきに引っ張られ、しようそうえいきようして使用のタイミングを見失っていた。

 花火を見上げるクレーヴェルは、さしてほこる様子もなくうなずく。


「制作者の好みを推測すれば、おのずとこうりやくほうも見えてくる。ほこらにぼたもちを供えた時、君も感じたはずだ。〝こんな楽な解き方でいいのか〟とね」


 ナユタははっとした。

「ぼたもちが食べたい」という要求から始まった一連の供え物は、がいとうアイテムをいちいち用意せずとも、紙に文字を書いただけで代用品として認められた。

 もしもせいこうほうがいとうアイテムを探していた場合、大変な労力と時間をいられたことは想像にかたくない。


「……難しく見えても、楽な解き方がちゃんと用意されている……それが、このクエストの制作者の方針ってことですか」


 物思いと共に花火見物をするヤナギには、二人の会話は聞こえていない。

 たんていが息をいた。


「そう。ヒントに気づくか気づかないか。たったそれだけのことで、難易度が大きく変化する──それがこのクエストのとくちようだった。おそらくはヤナギさんに対するはいりよだろう。低レベルでも、気づきさえすればクリアできるように、と──もっとも、運営側の難度調整が入ったせいで、少々やつかいなことにはなったがね」


 ナユタはかれの言葉にみようかんを持つ。

 表向きはかのじよに話すりをしているが、その実、まるで〝ナユタ以外のだれか〟に伝えるかのように口調がかたい。


「運営へのうらごとですか?」


 たんていわらう。


「いいや? おかげで私はひともうけできたわけだし、そんなつもりはない。ただ……このクエストに、きよふみ氏の遺志が強く反映されていることは事実だ。もしもかれの遺志をねじ曲げるなら、運営にはそれなりの誠意とはいりよ、そして理由が求められると思う。このクエストが〝とう稿こうされた作品〟である以上……作者の思いは、それがよほどゆがんだものでもない限り、最大限に反映されるべきだ」


 ナユタはたんていの回りくどい言葉をしんちようくだく。


「つまり……あまりいじり回さずに、早く再配信するべきってことですよね?」


 たんていかたをすくめる。


「それを決めるのは私じゃないけれどね。個人的な感想としては、まあ……そんなところだ」


 ──再配信の障害は、まだ一つ残っている。

 そもそも配信停止のきっかけとなった、《データに存在しないはずのゆうれい》。

 このあつかいをどうするのかは、今回のテストプレイの結果を精査しつつ、運営側がこれから判断していくのだろう。

 そしてたんていも、このゆうれいからんで何かを迷っている節がある。

 ナユタはかれのことをまだよく知らない。なやみを推測できるほどの付き合いもなく、深入りするつもりもない。

刊行シリーズ

ソードアート・オンライン オルタナティブ クローバーズ・リグレット3の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ クローバーズ・リグレット2の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ クローバーズ・リグレットの書影