火炎ブレスを紙一重にかわす。
氷結ブレスが装束をかすめる。
毒の息を浴びて解毒に追われ、麻痺に陥ったところを豪風に弾き飛ばされ、地に伏したまま硬化した蛇の体当たりを食らい、危ういところで体力回復は間に合ったものの、必死の反撃は邪眼による幻惑で空振りに終わる──
特殊攻撃を駆使する巨大な大蛇の群を前に、ナユタ達は完全に翻弄され、苦しい防戦を強いられていた。
八つの頭にはそれぞれダメージを与えているが、集中的に叩くには手数が足りず、未だ一つも潰せていない。
「……はあっ……! ……はあっ……!」
ゲームの中とはいえ、疲労感はリアルに襲ってくる。
ナユタは激しく肩を上下させつつ、大蛇の体当たりをかわし、頭を蹴りつけて別方向へ跳んだ。
その先にいた別個体の鼻先へ気合いの拳撃を見舞うものの、襲ってきた強風に体勢を崩し、更に別方向から火炎ブレスの直撃を受けてしまう。
「くぅっ……!」
「ご、ご無事ですか、ナユタ殿!?」
いつの間にか、ヤナギが背後まで駆け寄っていた。
火炎の直撃とほぼ同時に、ナユタの視界は白い光に覆われた。間一髪のところでヤナギの法力《金剛結界》が間に合ったらしい。
ただ、ダメージは大幅に軽減されたものの、元々の防御力が低いために軽傷とは言い難い。
「……ヤナギさん、あまり前線には……!」
「そうもいきませぬ。回復を急ぎますゆえ──」
錫杖を添えてヤナギが回復の法力を施す間、コヨミが苦手な火遁を駆使してどうにか大蛇達の眼を逸らす。
忍らしく俊敏に跳び回ってはいるが、限界が近いことはナユタにも見てとれた。
(このままじゃ勝てない……! 一度退いて、出直すしか……)
──理性はそう訴えている。しかしナユタは、決断を躊躇ってしまう。
疲れているのはナユタとコヨミばかりでなく、目の前の老僧も同じだった。
既にプレイ開始から数時間を経ており、ここで撤退すれば一時解散となるのは目に見えている。
また明日、ゲームができる状態ならばそれでもいい。
しかし現実には──ヤナギの容態はおそらく、そうした予断を許さない。
コヨミの臨時休暇も一日限りだろうし、状況は更に厳しくなると見ていい。
どうしても今日、このままクリアにつなげたい──気力を振り絞り覚悟を決めて、ナユタは再び身を起こした。
「……ヤナギさんは回避と防御に徹してください! まずは頭を一つでも潰せれば、後半はどんどん楽になっていきますから──」
この対八岐の大蛇戦は、その特性上、序盤の猛攻をどうしのぐかが最大の鍵だった。
頭を半分も潰せば、敵の手数も半分になり、味方の攻撃も残った頭に集中させやすくなる。
この不利な状況でコヨミが泣き言を言わず戦い続けているのも、この特性を直感で理解しているからに他ならない。
だが今のままでは──一匹も倒せないまま、リタイアに追い込まれる可能性も高い。
「ふにゃ───っ!」
BGMと化した祭り囃子の演奏が続く中、妙に動物じみたコヨミの悲鳴が響き、小さな体が鞠のようにはね飛ばされた。
広い連絡通路の上を二転三転した後、手すりに引っかかって彼女は動かなくなる。
「コヨミさん!? ヤナギさん! 回復をお願いします!」
「は! すぐに──!」
通路の端に転がったコヨミの元へ、ヤナギが一目散に駆けていく。
心情的にはナユタも駆け寄りたかったが、今はコヨミの回復が済むまで囮を務めなければならない。
(ヤナギさんの法力もいつまでももたない……! はやく、はやく突破口を開かないと──!)
気ばかりが焦るまま──
ナユタは失策を犯した。
囮役として敵の眼を引くことに集中するあまり、彼女は大蛇達の包囲の《中心》に飛び込んでしまう。
前後左右に頭上──八つもの頭によってすべての方向を塞がれれば、いかに彼女でも避けきれない。
(しまっ……!)
日頃ならば有り得ない類のミスに、致命傷を覚悟した直後──
見当外れの方向で、閃光がきらめいた。
破裂音と共に火花が散り煙が舞い、大蛇達の視線が一斉にそちらへと向く。
(隙ができた! 今なら……!)
わずかな間隙を突いて、ナユタは大きく飛び退いた。
そんな彼女の背は、先ほどまでなかったはずの〝障害物〟に接触する。
世界観にそぐわぬインバネスコートと鹿撃ち帽を身につけた狐が、人を小馬鹿にした笑顔でナユタを見下ろしていた。
「やあ、お嬢さん。どうやら苦戦しているご様子だ」
「た、探偵さん!?」
狐顔の青年探偵、クレーヴェルのあまりにわざとらしいウィンクに、ナユタは思わず正拳を加えそうになった。
相手は年長者だけに辛うじて思いとどまり、代わりに氷結ブレス並の冷たい眼差しを向ける。
「あんまり合流が遅いから、リタイアしたものとばかり──この騒ぎの中、いったい何処で迷子になっていたんですか?」
「迷子とは人聞きの悪い。こうして土産も持参しただろう?」
探偵は懐から火薬玉を取りだし、天高く放り投げた。
先程と同じ炸裂が起き、大蛇の群がまた一様に同じ方向を見上げる。
まるで催眠にかかったかのようなその仕草は、猫じゃらしを見つけた時の猫にも似ていた。
探偵は余裕綽々で眼を細めている。
「なかなかいい効き目だ。この《蛇花火》は火薬庫からの拾い物でね。大蛇の意識を逸らすための特殊アイテムなんだが、幸運値が高くないとなかなか手に入らない貴重品だ。これがテストプレイじゃなければ、君らにもプレゼントするところなんだが」
ナユタは荒い呼吸を整えながら、誇らしげな探偵に小さな疑問をぶつけた。
「……あの。蛇花火って、燃えかすがうねうねと蛇みたいな形になるものだと思うんですが……」
クレーヴェルが嗤った。
「花火セットの定番だね。あれを見ている時のなんともいえない空気感は嫌いじゃない」
ボス戦の最中でも飄々とした態度を崩さないこの青年に、ナユタは少しばかり安堵してしまう。
ともあれ、呼吸を整え冷静になる程度の時間稼ぎはできた。
大蛇達が向き直るのに合わせて、ナユタはまた身構える。
「……恥ずかしながら、ご覧の通りの惨状です。探偵さんは戦えないと思いますから、後ろでヤナギさんと──」
「いや、手伝おう。君達に任せていたら、虎尾さんに残業手当が発生する」
心底呆れたように呟き、クレーヴェルはステッキの先で足下を叩いた。
「……ええ……? あの、探偵さんのステータスでちょこまかされても……」
邪魔なだけ、と言い掛けたナユタを、探偵は薄笑いで遮った。
「五秒……いや、三秒か」
「はい?」
「私なら、三秒であの大蛇を骨抜きにできる。君はそこで見ているといい」
自信満々に言い放つ態度は、人を馬鹿にしているのか化かしているのか、今一つよくわからない。
相手が八岐の大蛇だけに、八塩折之酒でも入手したのかと思えば──
探偵はおもむろに、アイテムリストから木製の打楽器と布を巻いたバチを取り出した。
ナユタは眼を疑う。