三章 幽霊囃子 ⑮

 えんブレスをかみひとにかわす。

 氷結ブレスがしようぞくをかすめる。

 毒の息を浴びてどくに追われ、おちいったところをごうふうはじばされ、地にしたままこうしたへびの体当たりを食らい、あやういところで体力回復は間に合ったものの、必死のはんげきじやがんによるげんわくからりに終わる──

 とくしゆこうげき使するきよだいだいじやの群を前に、ナユタたちは完全にほんろうされ、苦しい防戦をいられていた。

 八つの頭にはそれぞれダメージをあたえているが、集中的にたたくには手数が足りず、いまだ一つもつぶせていない。


「……はあっ……! ……はあっ……!」


 ゲームの中とはいえ、ろうかんはリアルにおそってくる。

 ナユタは激しくかたを上下させつつ、だいじやの体当たりをかわし、頭をりつけて別方向へんだ。

 その先にいた別個体の鼻先へ気合いのけんげきうものの、おそってきた強風に体勢をくずし、さらに別方向からえんブレスのちよくげきを受けてしまう。


「くぅっ……!」

「ご、ご無事ですか、ナユタ殿どの!?」


 いつの間にか、ヤナギが背後までっていた。

 えんちよくげきとほぼ同時に、ナユタの視界は白い光におおわれた。かんいつぱつのところでヤナギのほうりきこんごう結界》が間に合ったらしい。

 ただ、ダメージはおおはばに軽減されたものの、元々のぼうぎよりよくが低いために軽傷とは言いがたい。


「……ヤナギさん、あまり前線には……!」

「そうもいきませぬ。回復を急ぎますゆえ──」


 しやくじようえてヤナギが回復のほうりきほどこす間、コヨミが苦手なとん使してどうにかだいじやたちらす。

 しのびらしくしゆんびんび回ってはいるが、限界が近いことはナユタにも見てとれた。


(このままじゃ勝てない……! 一度退いて、出直すしか……)


 ──理性はそううつたえている。しかしナユタは、決断を躊躇ためらってしまう。

 つかれているのはナユタとコヨミばかりでなく、目の前のろうそうも同じだった。

 すでにプレイ開始から数時間を経ており、ここでてつ退たいすれば一時解散となるのは目に見えている。

 また明日、ゲームができる状態ならばそれでもいい。

 しかし現実には──ヤナギの容態はおそらく、そうした予断を許さない。

 コヨミの臨時きゆうも一日限りだろうし、じようきようさらに厳しくなると見ていい。

 どうしても今日、このままクリアにつなげたい──気力をしぼかくを決めて、ナユタは再び身を起こした。


「……ヤナギさんはかいぼうぎよてつしてください! まずは頭を一つでもつぶせれば、後半はどんどん楽になっていきますから──」


 このたいまた大蛇おろちせんは、その特性上、じよばんもうこうをどうしのぐかが最大のかぎだった。

 頭を半分もつぶせば、敵の手数も半分になり、味方のこうげきも残った頭に集中させやすくなる。

 この不利なじようきようでコヨミが泣き言を言わず戦い続けているのも、この特性を直感で理解しているからに他ならない。

 だが今のままでは──一ぴきたおせないまま、リタイアにまれる可能性も高い。


「ふにゃ───っ!」


 BGMと化した祭りばやの演奏が続く中、みように動物じみたコヨミの悲鳴がひびき、小さな体がまりのようにはね飛ばされた。

 広いれんらく通路の上を二転三転した後、手すりに引っかかってかのじよは動かなくなる。


「コヨミさん!? ヤナギさん! 回復をお願いします!」

「は! すぐに──!」


 通路のはしに転がったコヨミの元へ、ヤナギが一目散にけていく。

 心情的にはナユタもりたかったが、今はコヨミの回復が済むまでおとりを務めなければならない。


(ヤナギさんのほうりきもいつまでももたない……! はやく、はやくとつこうを開かないと──!)


 気ばかりがあせるまま──

 ナユタは失策をおかした。

 おとりやくとして敵のを引くことに集中するあまり、かのじよだいじやたちの包囲の《中心》にんでしまう。

 前後左右に頭上──八つもの頭によってすべての方向をふさがれれば、いかにかのじよでもけきれない。


(しまっ……!)


 ごろならば有り得ないたぐいのミスに、めいしようかくした直後──

 見当外れの方向で、せんこうがきらめいた。

 れつおんと共に火花が散りけむりい、だいじやたちの視線がいつせいにそちらへと向く。


すきができた! 今なら……!)


 わずかなかんげきいて、ナユタは大きく退いた。

 そんなかのじよの背は、先ほどまでなかったはずの〝障害物〟にせつしよくする。

 世界観にそぐわぬインバネスコートと鹿しかぼうを身につけたきつねが、人を鹿にしたがおでナユタを見下ろしていた。


「やあ、おじようさん。どうやら苦戦しているご様子だ」

「た、たんていさん!?」


 きつねがおの青年たんてい、クレーヴェルのあまりにわざとらしいウィンクに、ナユタは思わずせいけんを加えそうになった。

 相手は年長者だけにかろうじて思いとどまり、代わりに氷結ブレス並の冷たいまなしを向ける。


「あんまり合流がおそいから、リタイアしたものとばかり──このさわぎの中、いったい何処どこで迷子になっていたんですか?」

「迷子とは人聞きの悪い。こうして土産みやげも持参しただろう?」


 たんていふところから火薬玉を取りだし、天高く放り投げた。

 さきほどと同じさくれつが起き、だいじやの群がまた一様に同じ方向を見上げる。

 まるでさいみんにかかったかのようなその仕草は、ねこじゃらしを見つけた時のねこにも似ていた。

 たんていゆうしやくしやくを細めている。



「なかなかいい効き目だ。この《へびはな》は火薬庫からの拾い物でね。だいじやの意識をらすためのとくしゆアイテムなんだが、幸運値が高くないとなかなか手に入らない貴重品だ。これがテストプレイじゃなければ、君らにもプレゼントするところなんだが」


 ナユタはあらい呼吸を整えながら、ほこらしげなたんていに小さな疑問をぶつけた。


「……あの。へびはなって、燃えかすがうねうねとへびみたいな形になるものだと思うんですが……」


 クレーヴェルがわらった。


「花火セットの定番だね。あれを見ている時のなんともいえない空気感はきらいじゃない」


 ボス戦の最中さなかでもひようひようとした態度をくずさないこの青年に、ナユタは少しばかりあんしてしまう。

 ともあれ、呼吸を整え冷静になる程度のかんかせぎはできた。

 だいじやたちが向き直るのに合わせて、ナユタはまた身構える。


「……ずかしながら、ご覧の通りのさんじようです。たんていさんは戦えないと思いますから、後ろでヤナギさんと──」

「いや、手伝おう。きみたちに任せていたら、とらさんに残業手当が発生する」


 心底あきれたようにつぶやき、クレーヴェルはステッキの先であしもとたたいた。


「……ええ……? あの、たんていさんのステータスでちょこまかされても……」


 じやなだけ、とけたナユタを、たんていうすわらいでさえぎった。


「五秒……いや、三秒か」

「はい?」

「私なら、三秒であのだいじやほねきにできる。君はそこで見ているといい」


 自信満々に言い放つ態度は、人を鹿にしているのか化かしているのか、今一つよくわからない。

 相手がまた大蛇おろちだけに、おりさけでも入手したのかと思えば──

 たんていはおもむろに、アイテムリストから木製の打楽器と布を巻いたバチを取り出した。

 ナユタはを疑う。

刊行シリーズ

ソードアート・オンライン オルタナティブ クローバーズ・リグレット3の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ クローバーズ・リグレット2の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ クローバーズ・リグレットの書影